22 ローズの確信
ミストの声を聞いた直後、入り口の五メートル程前方で、フレグランスが着地した。
「追跡しろ! 奴がフレグランスだ!」
ミストが二階の窓から命令を下す。
下にいた巡査たちが一斉に走り出す中、ローズはその場にいなかった。
ローズは腕を組み、フレグランスが通ると思われる別館入り口の前の一本道、その中心に立っていた。
そして予想通り、コレットと同じ顔をした男が前から走ってくる。
フレグランスはローズに気づき、足を止めた。
「このわたしから逃げられると思って?」
そう言ってローズは両腕を交差させる。
刹那、十字型の衝撃波がフレグランスに飛ぶ。
フレグランスは左に動いて避けた。
「魔力権……悪魔か?」
フレグランスの方から、微かに低い声が聞こえた。
「悪魔ですって? わたしは警察側の人間、ただそれだけ」
ローズはフレグランスを指差し、得意げな表情を作る。
ローズの目的はたった一つ。
警察が来るまでの僅かな間、フレグランスの足止めをすることだ。
「大人しく捕まりなさい」
ローズは両腕を振り、フレグランスに向けて衝撃波を放つ。
「捕まえられるもんなら捕まえてみな」
フレグランスはローズの後ろに瞬時に回りこみ、小石を指で弾く。
凄まじい速さだった。
小石はローズの頬を掠め、さらに遠くまで飛んでいった。
「普通の警察じゃないのか」
「黙りなさい、今すぐその化けの皮を剥いであげるわ」
ローズは連続で攻撃を繰り出していく。
だが、フレグランスのスピードはそれを上回っていた。
「どけ、ビッチ」
「誰がビッチですって?」
ローズの頭に虫唾が走った瞬間、フレグランスは香水をかけてきた。
ローズは腕で顔を覆う。
芳しい香りのする液体が袖に付着した。
それを確認してすぐに腕を下ろすと、目の前にフレグランスはいなかった。
「じゃあな、クソビッチ」
声と共に、風がローズの右側を通り抜けた。
後ろを見ると、フレグランスが逃げていく姿がある。
しかし、その走り方には違和感があった。
「っ!」
ローズははっとしてフレグランスの後ろ姿を凝視する。
「足、引きずっていた?」
***
それから五分も立たないうちに、フレグランスを見失ったという連絡が入ってきた。
「くそっ! あとちょっとだったのに!」
別館前にやって来たミストは煙草を地面に叩きつけ、踏む。
トイレに閉じ込められていたコレットは救い出したが、特捜課はいつも以上に悔しがっていた。
「課長の部下に化けることによって、わたしの仕掛けた監視カメラから逃れるなんて。ベルクは関係なかったのでしょうか。
でも、これは大きな進歩です。フレグランス、やはり男でしたね」
ローズは一人微笑を浮かべて、戻ってきた。
自身が仕掛けた警備があっさり破られたにも関わらず、彼女は笑っていた。
「フレグランスが男であったことは認める。でもお前のその笑いが気に食わん。何がおかしいんだ」
「課長、安心してください。フレグランスの正体は明日、白日の下に曝されます」
「えっ!?」
全員の視線がローズの方を向く。
「どういうことだ」
「先程の逃走の際、フレグランスは不自然に足を引きずっていました。あれは怪我をしたに違いありません。そうでもなければ、わたしたちに男であることを簡単に明かすでしょうか」
自信に満ちたローズの表情を、ミストたち特捜課は訝しげに見つめる。
「フレグランスは祓魔師です。明日トーナメントに行けば、正体が分かるはずです」
「しかし、何を根拠にフレグランスが祓魔師だって言うんだ?」
とミストは尋ねる。
「まず、こんな『宝石』ばかり盗っている人間が、悪魔に襲われないはずがないんです。もしフレグランスが戦う技術を身につけていなければ、今頃悪魔に襲われて死んでいるでしょう。そして予想通り、フレグランスは戦闘技術を持っていました。
それに悪魔の出没情報と討伐状況を見ると分かるんですが、あれはフレグランスに好都合すぎるんです。フレグランスの逃走経路に出没した悪魔は、大抵別の祓魔師に殺されるんですから。
さらにフレグランスはベルクと話せる環境にあるんです。確実です」
「言っていることがよく分からんぞ。ベルクは祓魔師か?」
「課長。明日、トーナメントに行きましょう。そこで足を引きずっている祓魔師がいたら、間違いなくフレグランスです」
ローズは堂々と断言した。
「オレは明日重要な会議があるから、部下に任せる」
「フレグランス特捜課は会議に参加する為にあるんですか? 違うでしょう。フレグランスを捕らえる為じゃないんですか?」
「オレじゃないと駄目なのか」
「これはハミル君の為でもあります。トーナメントに来たら、ハミル君の応援もできるんですよ。聞くところによると、課長は一度もトーナメントに行っていないとか」
確かに、ハミルの応援は今まで一度も行っていない。
ハミルは何も言っていないが、ラジオでのトーナメントのニュースを聞かせてくるところをみるとやはり来てほしいのだろう。
「分かった。足を引きずっている男祓魔師を探せばいいんだな」
ミストは何も考えず、トーナメントに赴くことにした。




