19 金髪の狂気、仇
「グロウが育てた? あいつを? ……まあ、腹黒そうな奴だとは思ってたけどよ。ったく、てめえらの手はそこら中に回ってるんだな。じゃああいつはてめえらの仲間ってわけか」
「それは微妙なところっすね。あいつは未来が見える分セビっちより厄介っす。前にあいつの真意を知る為に刺客を送り込んだんすけど、ことごとく殺されたっすよ」
「へえ。あいつも立派な殺人鬼だな。何で解放したんだよ」
シンクは自分で言った言葉に疑問を抱く。
どうして今『あいつも』と言ったのだろう。
まさか、親近感でも覚えたのだろうか。
セヴィスより断然腹黒い、あいつに。
同じなのは、髪の色だけだと思っていた。
「ベルクの思考回路はイノセント・スティールとかなり近いんすよ。だから、例え栄光の翼がなくなっても、あいつは似たようなことを成し遂げると思うんすよ」
イノセント・スティールって何だよ、とシンクは思った。
ナインの話でシンクに伝わったのは、モルディオが内に秘めている、自分と似た狂気ぐらいだ。
「ウィンズは、自分らの命より悪魔の全滅を望んでるのか?」
「まあ、根本的にはそうなんすけど、ベルクがイノセント・スティールに賛同しない可能性も高いっすからね。やっぱりあの時、ハミルが来る前に排除しておけばよかったっす」
上に向いた銃口を、シンクは右手で下ろさせる。
「最後に一つ聞かせろ。何でてめえは洞窟を抜けてグロウなんかの手下になった? グロウってのは、悪魔の全滅を企んでるんじゃねえのか?」
「自称長老のグランフェザーより栄光の翼が正しいと思ったから、それだけっすよ。さっ、お喋りはもう終わりっすよ」
そう言って、ナインはもう一度機関銃の銃口をシンクに向けた。
「そこにいるミルフィを庇うようなら、死んでもらうっすよ」
どうしてミルフィを連れ去る必要があるのだろう。
グロウの計画もまた、アフター・ヘヴン所持者を必要とするのだろうか。
それとも、ここで殺すつもりなのか。
ミルフィを匿ってくれとセヴィスに頼まれた時点で、戦闘は覚悟していた。
「ここじゃ目立って面倒っす。ミルフィを連れてあそこの丘に来るっすよ」
そう言って、ナインは先に歩いて行った。
シンクがまだ動いていないにも関わらず、一度も振り向かずに歩いていく。
「馬鹿かあいつ」
シンクは小さくなったナインに背を向け、電話を手に取る。
「何するの?」
「通報すんだよ。あいつが場所を指定した時点で、何かあるに決まってる」
と言って、シンクは電話についた赤いボタンを押し、耳にあてる。
この赤いボタンを押すと、電話が祓魔師本部へと繋がるようになっている。
クレアラッツの電話器では当たり前のようについているボタンだ。
「こちらクレアラッツ祓魔師本部です」
電話の向こうから、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
この単調な喋り方、間違いない。
「よう殺人鬼。今度は美術館勤務の祓魔師でも殺したのか?」
「冗談も大概にしてください。担当の祓魔師がトーナメントの準備で手を離せないので、僕が代理をしています。要件は、ウル牧場付近の丘でB級悪魔ナインの討伐でしょうか?」
「ああそうだよ」
シンクが電話してくることを予め知っていたのだろう。
今思えばモルディオは恐ろしい能力を隠していたものだ。
「先程祓魔師を二人派遣しておきました。悪魔の数は三十程ですが、S級がいるので大丈夫です。店長は現場でミルフィを守ることに専念してください。ミルフィが殺されることだけは避けたいんです。僕はここにいないといけないので、お願いします」
シンクの返事を待たず、電話は切れた。
「行くぞ、ここにいたら撃たれるかもしれねえ」
シンクが立ち上がっても、ミルフィは心配そうな表情をして座っている。
セヴィスとシェイム、この国にいるS級の共通点はやたらミルフィを守ろうとしていることだろうか。
「心配すんな、S級が来てるらしいから大丈夫だ」
「えっセビが来てるの?」
「いや、多分シェイムだろ」
予告状を出した以上、セヴィスは準備で来れないはずだ。
シンクの予想では、もう一人はタッグを組んだハミルだろう。
***
ナインが歩いて行った道の先の草原では、既に戦闘が始まっていた。
シンクの予想通り、シェイムがバトンと風を使って乱舞し、ハミルが下で戦っている。
この短時間で落ちている『宝石』は十個程だ。
それならシンクが加わる必要もなさそうだが、唯一気がかりなのは、ナインが見当たらないことだ。
そんなことを考えていると、シンクの方に一人の男悪魔が剣を片手に走ってきた。
「死ねぇっ!」
「てめえが死ぬんだよ」
悪魔の剣が届く前に、シンクは悪魔の腹に蹴りを入れた。
落ちた剣を拾い、そのまま悪魔の心臓の位置に突き立てる。
「ミルフィ!」
聞こえたシェイムの声に反応してシンクが振り返ると、数メートル先でナインが銃口を向けていた。
「っ!」
今の悪魔は、シンクの意識を惹きつける囮だった。
庇うか、いや、間に合わない。
「危ないっ!」
ナインが引き金を引くと同時に、ミルフィの元にハミルが飛び込んできた。
銃弾は先程ミルフィが立っていた場所を通り抜けた。
だが、ナインはすぐに銃口を下に向ける。
ハミルは覆いかぶさったまま動かない。
「邪魔だクソったれ!」
ハミルがここに来たことにより、彼が相手していた悪魔が全員シンクの元に向かってきた。
シェイムも一度に五人相手していて、余裕はなさそうだ。
「そこをどかないと、死ぬっすよ」
「撃つなら撃てよ! おれが盾になる!」
ハミルは立ち上がり、ミルフィを庇うように両手を広げた。
恐怖のあまり、ミルフィは何も言えなくなっている。
「馬鹿かてめえは! ナインの奴、マジで撃つぞ!」
シンクは伸ばした薙刀を振り回しながら言う。
それでもハミルは動かない。
ナインは確実に射殺する為に近づいてくる。
「じゃあ、仕方ないっすね」
「先輩!」
シェイムの叫び声もむなしく、ハミルは目を閉じた。
すると、
「ぐぁあっ!」
聞こえたのは、銃声ではなくナインの悲鳴だった。
全員が同時にナインの方を見る。
ナインが口から血を吐いて膝をつく。
その背中には赤いナイフが刺さっていた。
だが急所は外れている。
「セビっち、すか……」
ナインの後ろの木から、セヴィスが飛び降りてきた。
シンクは周辺に群がる悪魔を片付けると、ハミルと共に無言で見届ける。
「死んでくれ、ナイン」
電撃が迸り、ナインはあっさり事切れた。
「ミルフィさん、大丈夫ですかっ」
「あたしは大丈夫、ありがとう」
『宝石』を回収しているシェイムをよそに、ハミルはミルフィに話しかけている。
大丈夫とか言える立場か、セビが来なかったら死んでただろ、とシンクは思った。
セヴィスは呆然としてナインの『宝石』を見つめている。
「親の仇、取れたじゃねえか」
と言って、シンクはセヴィスの背中を軽く叩いた。
「……ああ。でも、俺も急所を外すなんて甘いな」
ナインの『宝石』は黄色だ。
セヴィスはそれを拾うと、ハミルの方に視線を向ける。
そこへ大量の『宝石』を抱えたシェイムがやって来た。
「先輩、もしかしてやきもち」
「違う」
そう言って、セヴィスは一人で帰って行った。