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INNOCENT STEAL -Last GAMBIT-  作者: 豹牙
二章 薔薇の諜戦
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儚き背徳 -Vestige- ①

 3008年。

 正義の名の下に戦う英雄たちが登場する漫画や映画に憧れて、強くなることを志す子供が増えていた、この年。

最大の領土を持つジェノマニア王国では、そんな少年たちの夢を叶える職業『祓魔師』ができた。


 祓魔師は、ジェノマニア王国軍の元帥キング=アルマクを筆頭として発足した。

人々の安全を脅かす悪魔と戦う、まさに英雄のような職業だった。

祓魔師はジェノマニア王国の首都クレアラッツの中心に本部、通称美術館を構え、そこで『宝石』を管理し始めた。


 悪魔は魔力権さえなければ人間と瓜二つで、見分けることすら難しい。

いくら英雄でも、当時は悪魔を倒せたら上出来というレベルだった祓魔師は、悪魔との連戦で敗北を続けていた。


 相次ぐ敗戦とキングの引退で、祓魔師に憧れた子供は減り続けていた。

しかし、祓魔師が結成されてから五年経った3012年。

遂に祓魔師は、悪魔だけのものであった魔力権を、悪魔の血を練り混ぜた薬バレットによって手に入れた。

そしてマキア鉱山の悪魔たちに対し、美術館は一人の祓魔師にバレットを投入、初めて悪魔を倒すことに成功した。

この戦果に期待した祓魔師たちは次々にバレットを服用し、魔力権を得た。

祓魔師の養成所『エルクロス学園』を創立したジョフェン=エルクロスは、全ての候補生にバレットを飲ませた。

それでも敗戦を続けたことには変わりなかったが、祓魔師は一人の悪魔を倒せるレベルまで強くなった。


 それから祓魔師を志す子供は著しく増えた。

悪魔を倒すこと、市民を守ること、超能力を得ることなど、祓魔師には子供が憧れる要素が大量に含まれていた。

七歳の少年、ハミル=スレンダもその一人だった。


 ハミルは父親のミストが警察であったこともあり、正義を貫く仕事である祓魔師になることに関しては一切の反対を受けなかった。

祓魔師が命を落とす危険性のあるものだということは、全く眼中になかった。

母親エミュに武器は危ないと言われて早速格闘術を習い始め、終わってからも物足りず鍛練を続けた。

格闘術がない日も、学校が終わってから河川敷へ行き鍛えた。


 もしハミルが鍛える場所に河川敷を選ばなければ、また未来は変わっていたことだろう。

十七歳になったハミルは河川敷に腰を下ろして、十年前の自分、そして彼との出会いを時々思い出す。


***


 ある秋の日、おれはいつものように河川敷で鍛えていた。

最近では河川敷を通る近所の人とも仲良くなり、将来の有望な祓魔師だと期待されている。

必要以上に褒められて、当時のおれは自分が一番強いと自負していた。


 この頃のおれの鍛える方法は、橋から吊るした軽い砂袋を叩くというものだった。

何度も叩いた砂袋には、既に小さな拳の跡がついている。

手には、普通の子供には見られない殴りだこがいくつもできていた。


「あっ」


 この日、偶然か、その砂袋を吊るしていた糸が切れた。

砂袋は大きく宙を舞い、おれの数メートル手前で落ちた。

おれはそれを拾おうとした。

そこで、ふと橋の柱の横で蹲っている年の近い少年を見つけた。


「ん?」


 先程まで柱の影になっていて見えていなかったらしい。

少年は声もあげずにすすり泣いていた。

何があったのだろう、もしかしたら同じ学校かもしれない、とおれは近づいた。

だが、そのみすぼらしい外見は見たことのないものだった。


 少年は裸足で、すごく細い手足をしていて、肩に傷を負っている。

当時銃というものを知らなかったおれはこれが銃痕だと気づかず、転んで怪我をして泣いているのだと思い込んだ。


「ころんだ?」

 と、聞いてみる。

少年は頭を上げて、おれを見た。

髪は男にしては伸びきっていて、毛先にいくにつれてくすんでいた。


「ごめん、おれ、ばんそうこ持ってないや。あと十分ぐらいで母ちゃんが迎えにくるから、ばんそうこもらってくるよ。それまでがまんだ」


 おれは笑って頭をかく。

少年は先程まで泣いていたとは思えない、真剣な表情をして見据えていた。

おれは、何も言わない少年を不思議に思った。


「どこの学校? リム小?」


 この辺りの子供は皆リム小学校だ。

おれはそのことをほとんど常識のように捉えている。

だが、少年はまた何も言わなかった。


「もしかして外国人?」

 と、聞く。

言葉が通じてない、としか思えなかった。


「だれ?」


 少年は初めて口を開いた。


「なーんだ。喋れるじゃん。あっごめんごめん。おれはハミル=スレンダ。おまえは?」

「え?」

「おまえの、なーまーえ」


 おれはゆっくり言った。


「セヴィス=ラスケティア」

「へえ。ここにはよく来る?」


 自尊心に溢れていた当時のおれは、鍛える時の相手になってもらう為に、このひ弱な少年セヴィスを友達の一人に加えたいと考えた。


「分からないけど、また、来れるかもしれないよ」

 と、セヴィスは言った。

この頃のセヴィスはまだ普通の人間だったのかもしれない。

獰猛かつ一途な細い目つきだけがおれの闘争心を掻き立てていた。


「ハミル、帰るわよー」


 後ろから母親エミュの声が聞こえた。


「おれ帰らないと。じゃあ、今度遊ぼうぜ!」


 おれは絆創膏を貰うのを忘れ、そのままおふくろと一緒に階段を駆け上がってしまった。


「母ちゃん、今日友達が増えたんだ」

「あらそうなの? お母さんの知ってる子かもしれないわね。何ていうの?」 

「セヴィスっていうんだ! おれの新しい友達だ!」


 夕日に染まる帰り道で、おれは得意げにあいつの名前を言った。


***


 それからおれが再びセヴィスに会ったのは半年後の春だった。

友達と遊ぼうとおれが河川敷にやって来た時、セヴィスは小石を川に投げていた。

それを見たおれはすぐに半年前に会ったあいつのことを思い出した。

この謎めいた暇つぶしが、後の彼の礎となるのは誰も知る由がない。


「セヴィス、何してるんだ?」


 おれは首を傾げて尋ねる。

おれの友達は、誰だこいつ、という目で見ていた。

この時のセヴィスの服はあまり汚れていなかった。

当時のおれは何とも思わなかったが、それが友達に疑われるのを辛うじて防いでいた。


「暇だったから、石投げてたんだ」

「あ、水切り? おもしろいよね」

 と、友達が言う。


「水切りって?」


 セヴィスは地面の石を三つ拾って聞き返す。


「こんなやつ」


 友達はセヴィスの持っている石を一つ取り、川に向かって投げた。

石は二、三回水面で弾んで落ちた。


「それが水切り? 俺がやってたのとはちょっと違うな」

「あれ? ちがった。じゃあ何してたの?」

「あそこに、二匹のカエルがいるだろ?」


 この返答に、二人は怪訝な顔をした。

おれからすれば、そもそもカエルがいるのかも分からない程の距離だった。

セヴィスの視力はゲームばかりしている友達を卓越していたらしく、緑色の点がある直線上を見据えていた。


「それに当てて、水に落とすんだよ。結構難しいんだよね」


 何言ってんだ、こいつ。

最初に浮かんだ言葉はこの一言だった。


「無理だって。遠くて届かないって」

 とおれが言うと、セヴィスは手に持っていた石を二個同時に投げた。

するとそれは、いとも簡単に二つの緑色の点に当たった。

おれたちが落ちた、と判断したのはカエルが落ちた水の音からだった。


「やった、二つとも当たった。初めて成功したよ」


 やった、とは言っているがセヴィスの表情は一切変わらない。

その様子におれたちは唖然として言葉を失った。


「おもしろい? それ。カエル落として、おもしろい? カエルだって命があるんだよ」


 友達は、完全に敵を見る目で言った。

両親や学校で道徳を学んできた二人は、生き物を虐げるセヴィスはおかしいと判断した。


「つまんないよ。ハミルもやってみれば分かるよ。本当につまんないからさ」

 と、セヴィスは平然とした表情で答えた。

じゃあやるなよ、と思いつつもおれはセヴィスが名前を覚えていたことに少し驚いた。

現在と比べると、この頃のセヴィスはよく喋る。

口調はどちらかというと現在のモルディオに近い。


「じゃあ何でそんなことするの?」

「生き物をいじめて笑うやつがいるから、おもしろいのかなって思ったんだ。でも全然面白くなかったよ」


 この年代の子供たちにとっては、そんなことをしようと考える人間などいないと考えるのが常識。

何も知らないおれたちから見れば、セヴィスは背徳の変人でしかなかった。

おれがこの『生き物をいじめて笑うやつ』の正体をウィンズだと知るのは、十年も後のことだ。


「こんな変なやつ、ほっとこうよ。行こう、ハミル」

「あ、うん」


 おれは何度も振り返りながらその場を後にする。

この時、おれはセヴィスという背徳の変人に興味を持った。

その理由は、他と違うから、ただそれだけだった。

それがまた、後の命運を変えたと言っても過言ではない。

この『儚き背徳 -Vestige-』はハミル視点から書いた過去編です。

元々一章に入れる予定の話でしたが、あまりストーリーに関係なかったのでAfter HEAVENの番外編と同じような形式で入れてみました。

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