心の檻と優しい手
どれほど言葉を重ねても、どれほど温もりを与えても、人の心から「闇」を完全に消し去ることはできない。
誰だってそうだ。
親切な同僚への羨望、自分だけが報われない理不尽への怒り、愛されたいと願う歪んだ執着――蓋をして見ないふりをしているだけで、誰もが胸の奥にドロドロとした黒い澱を抱えて生きている。
柔らかな自然光が差し込む一室で、逢坂 真白は目の前で肩を震わせる青年の手を、両手で優しく包み込んだ。
白のオーバーサイズニットから覗く細い指先。その陶器のように白い肌と澄んだ琥珀色の瞳は、傷ついた人間の警戒を一瞬で溶かしてしまう。
「本当は…あいつのこと、消えてしまえばいいって思ってたんだ。死んでしまえばいいって…僕みたいな奴が魔物になるんだ…。」
青年の瞳からはとめどなく涙が流れ、その顔は恐怖と悲しみで歪んでいた。
真白は心配そうに青年を見つめると、青年の手を撫でて優しく微笑む。
「…それだけ君が傷つき、耐えてきた証拠だよ。だから、もう一人で抱え込まないで。」
真白の指先から、淡く温かい光が青年の胸へと染み込んでいく。
青年の表情から強張りが消え、憑き物が落ちたように穏やかな安堵が広がった。
「…すごく、心が軽くなった気がする…ありがとう、真白先生」
青年は少し落ち着いたように笑った。
その言葉に真白は安心したように微笑むと、青年の頬についた涙をそっと指で拭い微笑んだ。
「無理はしないで。少し休めば、きっと楽になるから。」
深々と頭を下げて去っていく青年の背中を、真白は慈愛に満ちた笑顔で見送る。
(―大切なのは、その闇をどう扱うかだ。闇に呑まれて化け物になる者もいれば、その痛みを力に変えて世界を救う者もいる…兄さんのように。僕にも、少しでも兄さんの手助けが出来れば…。)
風に揺れるカーテンを眺めながら、ペンをクルクルと指で回しながら真白は溜息を着いた。
コンコン
ドアをノックする音がして、真白は入室を促す返事をしながら振り向いた。
「兄さん!」
入ってきたのは真白の兄、逢坂御影だった。
「どうしたの?もう討伐は終わったの?」
先程までの少し大人びた表情が変わり、まるで子犬のように嬉しそうな笑顔で兄に駆け寄る。
「…あぁ。終わったよ」
少し疲れたように、それでも大事な弟に向けて御影は僅かに笑みを浮かべると静かに答えた。
「こっちに来て。」
兄の手を引き椅子に座らせると、真白は先程青年にしたように、兄の手を握り優しい光で包み込んだ。
「……」
何か言いたげに口を開いた御影は、だがしかし何も言うことはなく口を閉じた。
「…また、自分を責めてるの?」
悲しそうに呟いた真白に、御影は何も言わず立ち上がるとドアの方へ歩いていってしまった。
「兄さ……」
「少し休んでくる。」
真白が何かを言う前に、御影はそう言って部屋を出てしまった。残された真白は、ただ御影が出ていったドアを見つめ悲しそうに俯いた。




