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「——上手い」
誰かの声が聞こえた。
拍手はあった。評価も、きっと悪くはない。
けれど、きっと、それだけ。
私は舞台の中央に立ったまま、ゆっくりと息を吐く。
音は外していない。いつも通り、正確に歌えた。
——それでも。
(……私の歌は、何も残らない。)
照明が落ち、私は一礼して、袖に下がった。
すれ違いざまに小さな声が聞こえる。
「綺麗だよね、あの子の歌」
「うん。でも……」
“でも”の先は、 聞かなくてもわかる。
楽屋に戻り、スマートフォンを開く。
通知がいくつか溜まっていた。
同世代の子役仲間だった子たち。
ドラマの主演決定、グループデビュー、舞台の主演。
どれも、私が一度は並んでいたはずの場所。
(……別に、羨ましくなんか)
指が止まる。
画面を閉じた。
——嘘だ。
「高瀬さん、お疲れ様」
スタッフに声をかけられて、私は顔を上げる。
「今日、良かったよ。安定してた」
「……ありがとうございます」
それも、よく聞く言葉だった。
安定している。
——でも、選ばれない。
帰り道。
事務所から渡された資料を、もう一度開く。
新作乙女ゲーム——『秘密の歌姫』。
その中に、私が受けた役の名前がある。
セレナ・ルクレツィア。
優等生で、才色兼備で、完璧で。
——そして、負ける役。
(……でも)
指先で、その名前をなぞる。
(この子、好きだな)
正しくて、努力して、報われない。
——なんとなく、自分を見ているみたいで。
小さく笑った、そのとき。
足を踏み外した。
一瞬だった。
手すりを掴み損ね、世界が反転する。
階段。
衝撃。
音。
(ああ)
まだ——
痛みより先に、思ったのは——
(まだ、私はできるのに。)
視界が暗くなる。
遠くで、誰かの声がした気がする。
——だから。
“歌って”
誰の声?
そして、何も聞こえなくなった。
「セレナさん」
意識がぼんやりと戻ってくると、その声が、最初に届いた。
月の光みたいに、静かで、冷たい声。
「セレナ・ルクレツィアさん」
知らない名前のはずなのに、
なぜか、胸の奥がわずかに揺れる。
私は、かすれた声で答えた。
「……はい」
その瞬間、ばたばたと足音が近づく。
「意識が戻りました!」
「よかった……本当に……!」
誰かが私の肩に触れ、体を起こそうとして、すぐに止めた。
「ご無理はなさらないでください。先生も、そうおっしゃっていました」
「……先生」
その言葉を、反芻する。
先生。
さっきの声の主。あの、静かな声。
そのまま、また意識が沈んでいく。
(……もし)
(今度こそ、私の歌が歌えるなら)
それでもいい、と。
私は思った。
そして、暗闇に落ちた。




