第七十八話 反撃、復讐開始
やられた……完全にやられた。
石造りの冷たい地下牢は、湿った空気と鉄錆の匂いに満ちていた。
俺たちは全員、同じ巨大な檻の中に押し込まれている。鉄格子は人の腕ほどの太さで、床には古い血痕と鎖の擦れた痕が残っていた。
魔力妨害の手枷は、冷たく皮膚に食い込む。触れているだけで体内の魔力がざらつき、流れを無理やり止められているのが分かる。
星界律も使用できず、配下への呼びかけも届かない。ヴルドの声すら途絶えている。
思えば変だった。
アスタロトや俺の好物、そして俺たち二人の名前だけ──そこだけやけに詳しく調べ上げられていた。他の配下に関する情報は、雑に“魔王ヴェノム御一行”とまとめられていた。
最初から狙われていたのは、俺たち二人だけ。そう気づけたはずなのに。
「我が君……」
静かな声でサマエルが近づいてくる。鉄格子に映る彼の顔は、薄暗い牢の中でも分かるほど曇っていた。
「来るな。今はいい………もう、、」
押し殺した声で言うと、サマエルは胸を痛めたように眉を寄せ、シドウの元へ戻っていった。
他の配下たちも皆、目を伏せている。心配しているのが痛いほど伝わる。
そして──アスが奪われた。
俺の友達が。
それなのに……胸に刺さってくるのは、イーサンへの裏切られた感覚だった。
俺たちを狙っていたなんて、思いもしなかった。
どうする……ここから……負けか?
その時、目の前に眩い光が現れる。
「よっ!ライト!」
地下の薄闇が一瞬で明るくなったような明るい声が響き、目の前にクレアが現れた。まるで扉など関係ないような自然さで、ふわっと立っている。
「え?なんでいるんだ?」
理解が追いつかず、声が漏れた。
「サタンに頼まれたんだ〜監視してって、
出そうか?」
いつも通りのクレアの調子で、俺の手枷に軽く触れる。その瞬間だった。
カチン、と小さな音と共に手枷が外れる。
同時に、クレアの手が触れた瞬間、激流のように“記憶”が流れ込んできた。
知らない誰かと話している声。
空を裂くように放たれる膨大な魔法の光。
魔法を使う者たち。
森の中を走り回る幼い俺──隣にはアスがいた。
そして、小さなクレアも笑っている。
「どうしたの?」
クレアが覗き込むように顔を近づけ、不安げに首を傾げる。
「いや、何でもない……お前ら」
言いかけて配下達の方を見ると──
あいつらの瞳が、完全に“怒りの炎”になっていた。
これはヤバい。直感が叫ぶ。
《お前の配下達怖いな、》
途絶えていたヴルドの声が脳内に響く。
……圧倒的安心感。
「行きましょう!主人」
シドウが鋭い眼光で俺を見つめて言う。迷う理由など無い。
俺たちは即座に牢を抜け、アスを取り返しに向かった。
イーサン、昔の勇者を目指した仲であり友達だろうが何だろうが、俺の今の1番を取ったんだ。
許しはしない。
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ライト達がいた薄汚れた牢とは対照的に、王室は眩しいほど豪華だった。
壁には金細工の紋章が並び、床には深紅の絨毯が敷き詰められ、天井から巨大な水晶のシャンデリアが光を降らせている。
その中央──
イーサン、緑髪の女性である戸破心音が立っていた。
三人の前の豪奢な椅子に座らされているのは、アスタロト。
「アスタロト、目を覚ませ、」
イーサンが低く、しかし優しげに囁くように言う。
アスのまぶたがゆっくり開き、ぼんやりとイーサンを見つめ──
「えっと、主人様……」
その言葉に、イーサンは口元を歪め、満足げにニヤリと笑った。
「ああ、僕が君の主人だ。」
「順調そうだね」
心音がアスタロトの顔を覗き込みながら言う。
その目には研究対象を見るような冷たい輝きがあった。
「ああ、思いのままさ。洗脳魔法が上手くいった。これで僕たちの勝利は確定だ。」
イーサンは余裕そのものの声で言い放つ。
「そうだね。念の為死相も配置したし兵達も大丈夫だよ。」
緑髪の女性が淡々と付け加える。
その時──
重い扉が勢いよく開き、兵士が駆け込んできた。
「あの、牢に誰もいません!」
それを聞き、イーサンは深く舌打ちをした。
その表情に浮かんだ苛立ちは、ほんの一瞬だけだが鋭く、殺意の色を帯びた。
「……本当にめんどくさいのは変わらないな。仕方ない、ここでけりをつける。」
イーサンはゆっくりと微笑み、アスタロトへ視線を向けた。




