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02.聖女と過去

 グレイシア・ルベリオ19歳、職業聖女。

 これは私が『筋肉聖女』と呼ばれるようになるまでの話。


 私が聖女と呼ばれているのは、生を授かると同時に神から魔法を授かったから。

 幼い頃は随分と持て(はや)されたものだ。

 色んなパーティに連れていかれて、知らない大人たちに囲まれて、みんなが私に媚びてくる。

 正直悪い気はしなかった。

 私は表に出て褒められに行くだけ、それで父は貴族としての位をどんどん上げていったから。

 やがて王の息子リュカ・ノーブルとの婚約を言い渡された。

 聖女と王子の婚約、誰も止められる者はいなかった。

 リュカとは月に一度ほど会っていた。


「お前聖女になれてよかったな。王子の俺と結婚できるんだからな」


(とんでもねークソガキですね)

 しかし遠い未来のことなど興味はなく、父が喜んでいるから良いかと婚約を容認した。

 そうして幼少期は過ぎ、遂に魔法を御披露目することになった。

 私が授かったのは身体強化の支援魔法ということだけが分かっていた。


『聞き届け我が信仰、授かりしは操力の加護』


 一人の兵士に協力を仰ぎ、魔法を詠唱した。

 光に包まれ、変化が訪れる。

 数瞬後、兵士はムキムキになった。


「「「え?」」」


 その場にいた全員が戸惑った。ついでに私も混乱した。

(え……こんな魔法だったんですか? 私の知ってる身体強化魔法じゃないですこれ……)

 身体強化の魔法と聞き及んでこれからの戦に期待が高まっていた。

 しかし蓋を開けて見ればこの惨状。

 確かに身体強化だ、間違いなく屈強な戦士にしか見えない。

 だがこれは……。


「いくら強くなるって言ってもなぁ」

「遠慮したいよな……」


 この国の男達は美意識が高いらしい。

 兵士は私を避けるようになった。見初められた奴は怪物に変身させられるぞ、と。

 私は孤独になった。

 使えない魔法を授かった聖女と国からも失望され、私は家から一歩も出なくなった。

(なーんもやる気出ないですね……まあどうせ誰にも求められてませんし……)


 そんな私が変わるきっかけとなるのは、新たな剣聖が誕生したという報せだった。

 私が12歳の頃、最年少で剣聖に抜擢されたという19歳の青年の話を聞いた。

 剣聖と言えば国軍の最高戦力として与えられる称号だ。

 聖女と同じ国で唯一の存在、でも私と違ってその人は間違いなく必要とされている。

 素直に羨ましいと思っていた。

 思っていたらいつの間にか剣聖と面会する機会を設けられた。

 閉じ籠った私を何とかしたいと思った父が我が家に呼んだのだ。

 そして仕組まれたように二人きりにされる。

(お父様、これは何の仕打ちですか? 初対面の男性と二人きりとかニートにはキツすぎるんですが……)

 突然過ぎて動揺を隠せなかった。しかし無言の私に彼は語りかけてくれた。


「嬢ちゃんは聖女らしいな。国からのプレッシャーも凄いだろうに」

「別に……私なんて何もできてませんから……」


 事実、生まれてから聖女として役に立ったことは一度もなかった。

 自分の言葉でより暗くなる私。

 すると彼は思わぬ提案をしてきた。


「なら俺に使ってみないか? その身体強化の魔法」

「え、嫌です」


(しまった、反射的に拒否ってしまいました。でも……)

 あの魔法は使えない、使えばこの人にまで嫌われてしまうかもしれない。

折角優しく話しかけてくれているのに。


「どうしてダメなんだ?」

「……剣聖様を怪物にはできません」

「そうか……分かった。無理強いはしない」


 諦めを口にし、剣聖は席を立つ。

 これで本当によかったのだろうか。

 過去を恐れて何もできず、歩み寄ってくれた人も拒んでしまう。

(ああ、私もう誰とも関われないのかもしれませんね……)


「でも一つだけ覚えておいて欲しい」


 不意に耳に届く声。

 立ち去ると思っていた男が私に声をかけたのだ。


「例え不細工でも、人を助けるために尽力できるやつが一番カッコいいと俺は思うよ」

「不細工でも……カッコいい?」

「ああ、現に大してイケメンでもない俺が鍛練し続けて強くなったから剣聖として認めてもらえた。結局大事なのは力と、正義の心だよ」


 男の言葉に、私は体か熱くなるのを感じた。

 心が揺さぶられ、興奮が増してゆく。

 誰も私の魔法を認めてくれる人がいなかった。だから無価値な聖女だと言われてしまった。

 でもこの人は認めてくれる。

 私が欲しかった言葉をくれた男から目を離せなくなる。

 

「剣聖様、私と結婚してくれませんか?」

「……え? なんでそうなった?」


 幼い私はチョロかった。

 唯一私を認めてくれる存在、そう思い込んで盲目になってしまった。


「だって私の魔法褒めてくれる人、他にいないです……」

「そ、そうか。うーむ……」


 男は迷ったようにしばらく唸り、やがて向き直って答えてくれる。


「そうだ……俺は強い女性が好みだ。結婚したかったら俺より強くなってくれ」


 凄まじい無茶ぶりだった。剣聖より強い女性なんているはずがない。

 でも逆にこうも思った。

(普通に考えて剣聖に勝てる女なんているわけない……でも、私ならもしかして……)

むしろ自分にしかその可能性はないのでは?とまで思った。


「分かりました。頑張ります」


 そう答えたときの剣聖のきょとんとした顔は今でも忘れない。

 その出会いが私の転機。その日から私は鍛練を始めた。

 強くなった私が自分に魔法を使えば、剣聖でも越えられるかもしれない。

 結果自分が醜い姿になっても彼ならきっと受け入れてくれる。

 今まで努力とは縁遠かった私が鍛練を続けられたのも彼のおかげだ。


 彼を想う度に心臓が高鳴る。

 血流が迸り、鼓動が筋肉にまで伝わる。

 私の筋肉が力を求めて高揚するのだ。

 この感覚を忘れないためにも、私はこの身体現象を筋肉の喜びと名付けた。


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