03.聖女と聖戦
剣聖様との出会いから5年、私は悩んでいた。
(折角鍛えたのですから、どこか力を試す場所はないものでしょうか)
毎日欠かさず続けた鍛練、魔法なしでもそれなりに筋肉が身についた。
だがどれだけ鍛えても比較対象がないと強くなれているのか分からない。
私は目標達成のためにも強さの証明が欲しかった。
「お父様。私、聖戦に出ます」
聖戦。国の領地拡大のための戦争だ。
戦争と言っても戦うのは人じゃない。
不浄の大地に住まう実体ある亡霊、『ナイトメア』。
それらは廃都に群れることから、その地で死した住民達の霊だと言われている。
好戦的なナイトメア達を掃討すればその地を領地として占領できるため、聖戦はどの国でも行われている。
「何を馬鹿なことを!」
父は激昂した。それは娘を想っての怒りなのか、それとも国の一貴族として聖女を失う損失を考えてのことか。だが反対されることなど想定済み。
(心配してくれるのは嬉しいし申し訳ない気持ちもありますが、ここは強気にいきます)
「他国でも聖女が聖戦に参加することくらい珍しくないですよね?」
「他国の聖女は魔法による遠距離攻撃か軍の支援をしてるんだ。一兵士として前線に出ようとしてるグレイシアとは訳が違う」
淡々と諭すように語る父。その言葉に間違いはないと思う。
しかし本来聖女が国で重要視されるのは、聖戦で大きく貢献することを期待されているからだ。
何もできない私のままじゃ聖女の存在意義が問われる。
「では私の支援魔法を軍に活用してもらえますか?」
「それは……」
「兵士達は嫌がるでしょうね。だから私が前線に出るのです。聖女としての責務を果たすために」
「……分かった。ただし護衛はつける」
父は折れてくれた。閉じ籠った私の過去を知っているからこそ、私を縛り付けるのは良くないと思ってくれたのだろう。
そうして参加した聖戦は……想像を絶するものだった。
「あ……あ……」
繰り広げられる乱戦、ナイトメアと必死に戦う兵士達。私が鍛練で得た力などちっぽけな物だった。
(ずっと一騎討ちを想定して鍛練したのに、こうも数が多くては……背後を疎かにして回りの人に助けてもらってばかり……!)
「何しに来たんだよ聖女様は……」
「足だけは引っ張らないでくれよ」
兵士達からも蔑みの声が漏れる。悔しい、けれど鍛えた筋肉が思うように動いてくれない。
護衛に守られるばかりで、何も活躍できていない。
やはり聖女として活躍するなら……聖女らしく戦うしかない。
魔法を使わなければ私に価値なんてない。
『聞き届け我が信仰、授かりしは操力の加護』
詠唱、初となる自分に向けての魔法発動。
体が熱い、力が漲る、何もかも小さく見える。
周囲で一番小柄だった私が、今や最も大きな体躯を有している。
これが私の身体強化魔法。
「ん? 聖女さ……ひっ、化物!」
回りからはそう見えているらしい。
でも私は気にしない。剣聖様がくれた言葉があるから。
化物というのなら、化物らしく戦ってやる。
そして聖戦終了後、私は満たされていた。
力一杯剣を振るい敵を薙ぎ倒す快感。
馬鹿にされ続けていた魔法は凄まじいものだった。
あれだけ非力だった私ですらこんなにも強くなれるなんて。5年かけた鍛練が馬鹿らしく思えた。
これほどの力があれば剣聖様もきっと……、
(……違う)
剣聖様の顔を思い浮かべて私は思考を止めた。
彼が求めたのは力と正義の心、それらを合わせて強さと表現したのだ。
魔法に頼った不誠実な強さじゃダメなんだ。
何より私の身体が『筋肉の喜び』を求めている。
鍛練すれば彼への気持ちが想起され、より鍛練に打ち込める。
鍛練はもはや至福の時間とも言える。
だから辞める理由なんてない。
聖戦から帰って数日、私を取り巻く環境が変わった。
化物の如き力を振るった私に対し、称賛するものがいれば非難する者もいた。
父は嘆いていた。でも私の顔を見て少しだけ笑ってくれた。
そして一番私を卑下したのは……。
「愚か者! 王子の婚約者たる自覚を持て!」
(うわ出た……)
王の息子であり、私の婚約者でもあるリュカ・ノーブルだった。
正直彼の存在はしばらく忘れていた。
「お言葉ですが殿下、私は聖女としての責務を全うしたまでです」
「泥臭く戦う輩のどこが聖女か。あまつさえ怪物の如き醜態を兵士の前で、この恥さらしが!」
罵倒を止めないリュカに対面し、私は軽く絶望していた。
結局こいつも有象無象と同じ、上っ面を気にして本質的な強さを理解できない男の一人か。
やはり私を理解してくれるのは剣聖様だけだ。
でもこの男と婚約関係にある限り、剣聖様との結婚は叶わない。
こんな下らない男のせいで……そう思うと無性に腹が立った。
「……殿下は余程筋肉がお嫌いのようで」
「ふんっ。筋肉など力の誇示にしかならぬ醜いもの、王族や聖女にとっては忌むべき存在で……」
「五月蝿いですね。あなたも筋肉ダルマにしてあげましょうか?」
「ひっ……」
思わず脅迫めいたことを口走ってしまう。
王子は本気で恐怖を感じたらしく逃げていった。
婚約者の機嫌を損ねてしまったから、またお父様に怒られるかもな。
でも私を理解してくれない人のことなんてどうでもいい。
私が信じられるのは剣聖様と、この身の筋肉だけだ。
そうして筋肉聖女の名は広まった。




