独身貴族はパーテーションを設置する
『転生して田舎でスローライフをおくりたい』書籍11巻発売中です。
「ジルクさん、何やってるんですか?」
「パーテーションを設置してるんだ」
工房でパーテーションを設置していると、トリスタンに声をかけられた。
「何のためにです?」
「外部情報を遮断することで作業効率を上げるためだ。後は――」
続けて説明しようとしていると、工房の出入り口が開いた。
「こんにちは」
「あら、ノイドさん。こんにちは」
来客としてやってきたのはアルバートの執事であるノイドらしい。
ルージュがにこやかに対応する中、俺はすぐにパーテーションの裏に身を隠す。
「今日は皆様にご報告があって参りました。パーテーションの裏に隠れているジルク様もお話を聞いて頂ければと思います」
「…………」
「残念ながらパーテーションを設置する時の会話が聞こえていました」
「ジルク、観念なさい」
ノイドがそう言い、ルージュが呆れた声を飛ばしてくるので仕方なく姿を現した。
「ちっ、ギリギリ間に合わなかったか……」
「集中力云々は建前で面倒ごとを回避するのが目的だったんですね!?」
前回だけでなく今回もノイドの訪問をやり過ごすことができなかった。
もう少し早く設置していればやり過ごすことができたかもしれない。
「そう警戒なさらないでください。本日はパーティーやお茶会の誘いではありませんから」
「なら聞こう」
それらの用件でなければ俺にとってそれほど悪い用件ではあるまい。
「一週間後にアルバート様の経営する喫茶店を開店いたします」
「それって前から計画していたコーヒーを提供する喫茶店ですよね?」
「はい。既にコーヒー豆の供給体制は整っており、以前のようなことにもならないかと」
ルージュの質問にしっかりとノイドが返答する。
開店をできるだけ急ぐように相談をしたのが約一月前。
アルバートが領内で栽培しているコーヒー豆のブレンドや、ロンデルからの技術供与などの問題があったが、この一か月ほどでそれらをクリアしたらしい。
「ようやくか……」
「つきましては、コーヒー事業にご尽力いただいたお三方に喫茶店の入場券をお渡ししたいと思いまして」
そう述べながらチケットを渡してくるノイド。
そこには『ブレンド喫茶』と喫茶店の名称らしきものが書かれており、ブレンド伯爵家の紋章が入っていた。
「開店二時間前は、優先客のみで営業いたしますので混雑することはありません」
ふむ、その二時間は少人数での貸し切りということか。
どのみち一度は顔を出すことになるんだ。
それならストレスの少ない時期に顔を出す方がいいだろう。
「わかった。当日は三人でお邪魔させてもらうことにしよう」
「ありがとうございます。主人も大変喜ぶでしょう」
そう伝えると、ノイドは嬉しそうに笑って工房を出ていった。
「ブレンド伯爵の喫茶店楽しみですね!」
「ええ、今から待ち遠しいわ」
ノイドがいなくなると、トリスタンとルージュが賑やかに会話し出す。
二人ともかなり楽しみにしている様子だ。
俺は大勢の客を呼び込むタイプの喫茶店より、ロンデルの店のような静かで雰囲気のいい喫茶店の方が好きだ。
しかし、アルバートがどのような喫茶店を作ったのか楽しみな部分はあった。
「当日はどんな服を着て行こうかしら」
「え? いつもの格好じゃダメなんですか?」
「優先客のほとんどは、ブレンド伯爵と親しい貴族や商人だろう。結婚式のようにドレスコードを気にする必要はないが、それなりの格好で行かないと浮くぞ」
小首を傾げるトリスタンにしっかりと説明しておく。
当日、だらしのない格好で来たりしたら、同席する俺たちが恥ずかしい思いをするからな。
「な、なるほど。気を付けます」
トリスタンは日ごろ、彼女を作ろうと躍起になっているだけあって、それなりにオシャレな服も持っている。
エイトの結婚式でも問題なく着こなしてきたので、細かい心配はいらないだろう。
●
ノイドが工房にやってきた一週間後。
今日はアルバートの喫茶店の開店日だ。
招待チケットを貰った優先客である俺たちは、午前の開店時間よりも早い入場だ。
そういうわけで出勤時間よりも早めに中央広場で集合することになっていた。
中央広場にやってきた俺は周囲を見渡す。
トリスタンとルージュの姿はまだない。どうやら俺が一番のようだ。
とはいえ、二人ともすぐにやってくることだろう。
何をするでもなく突っ立っていると中央広場では多くの人々が佇んでいた。
その多くは若い男女であり、恋人同士かそれよりも前の初々しい関係性。
中央広場は王都で生活する人々の目印であり、わかりやすいデートの待ち合わせスポットでもある。
使いやすくて便利な場所であるが、この何とも言えない甘ったるい雰囲気が苦手だった。
「ねえ、お兄さん。もしかして、一人? 暇だったら私たちと遊ばない?」
暇つぶしに魔道具の構想を練っていると、見知らぬ女性が声をかけてきた。
派手な化粧に落ち着きのない装い。にじみ出る表情や声音といい品性の欠片もなかった。
名前も素性も知れない男を遊びに誘うなど理解ができないな。情欲の混じった視線が不愉快だ。
「興味ない」
「ええっ」
冷たい視線を向けると、声をかけてきた女たちはビクリと肩を震わせ呆けたような顔をした。
自分たちがそのような塩対応を受けるとは思ってなかったらしい。どれだけ自信過剰なのか。
「どこかに行ってくれ」
いつまでも目の前で突っ立っていられると邪魔なので率直に告げると、女たちは顔をこわばらせて去って行った。
「うわー、ジルクさん。相変わらず女性に手厳しいですね」
女たちと入れ替わるようにしてやってきたのはトリスタン。
オリーブのジャケットに灰色のパンツといった綺麗目な格好をしている。
「すまん。トリスタンに紹介してやればよかったな」
「いや、さすがに俺も今のは勘弁です」
「お前にそんな分別があったとは……」
「ジルクさんは俺を何だと思ってるんですか!?」
そのように言ってみせると、トリスタンが憤慨した態度を見せる。
正直、若い女であれば誰でもいいのかと思っていた。
「そう思われるのは、日頃の行いのせいじゃないかしら?」
そう言いつつやってきたのはルージュだ。
ダークブルーのワンピースに白のミニバッグといった装いだ。
大人の女性の色香を醸し出すルージュには、落ち着いた服装も非常に合っていた。
「酷いですよ、ルージュさん。俺にも選ぶ権利くらいあると思うんです」
「それもそうね」
「全員揃ったことだ。喫茶店に向かうぞ」
全員が揃ったところで俺たちはアルバートの喫茶店に向かう。
場所は中央区の中央通りと非常にわかりやすく距離も近い。
そういうわけで五分もかからない内に目的の場所にたどり着いた。
「うわー、まだ開店前からたくさんの人が並んでますね」
大きなレストランを改装して作ったと思われる喫茶店。
その前には開店していないにも関わらず、外に列ができていた。
既にその長さは通りを圧迫するまでとなっており、従業員らしき者が列の整理をしている模様だ。
「お店の宣伝もきちんとできているみたいね」
ここまで大勢の客が詰めかけているということは、しっかりと宣伝をしている証だろう。
初日は大盛況となるに間違いない。
普通であれば列の最後尾に並ぶのであるが、俺たちは招待客。わざわざ長い列に並んで待つ必要はない。
「あっ!」
長い列を横目に悠々とした足取りで入り口に向かうと、素っ頓狂な声が傍で上がった。
思わず視線をやると、列の半ばにカタリナがいた。
その隣にはローラもおり、俺と視線が合うなり気まずそうにカタリナの背に隠れた。
「……ジルク、知り合い?」
「知り合いといえば知り合いだが、特に気にする必要はない。行くぞ」
カタリナとローラが列に並んでいようが、俺に関係は全くない。
知り合いだろうとそうでなかろうと招待チケットがなければ、中には入れないのだから。
カタリナたちから視線を切って歩き出す。
「すごく綺麗な女性でしたね! ジルクさん!」
「片方は貴族でもう片方は商会の娘だ。ちょっかいをかけるのはやめておけ」
「……世の中って世知辛いですね」
意図を理解して釘を刺すと、トリスタンはがっくりと肩を落とした。
独身貴族の2巻は1月28日発売予定。




