独身貴族は礼の品を贈る
ルードヴィッヒの工房で炭酸水を移し終えて外に出ると、ちょうど空が茜色に染まっていた。
ルードヴィッヒと世間話をしていたせいで思っていた以上に時間が経過していた。
しかし、バーが開店する時間に向かうには良い頃合いだろう。
魔道ランプによって照らされた人気のない通りを進んでいくと、いつも通り目立たない場所に置かれた『アイスロック』の立て看板があった。
今日も絶妙に斜めに立っている。酒を作ることに関しては真面目なエルフであるが、こういったところへの意識は低いようだ。
微妙な角度のずれがどうしても気になった俺は、きっちりと位置を直してから階段を降りていった。
「いらっしゃい」
「おお、ジルク!」
扉を開けると、エルシーの涼やかな声で迎えられる……はずが余計な男の声が付いていた。
カウンター席にはエイトがおり、隣には妻であるマリエラが座っている。
「またお前か……」
「またって言い方は酷いな。基本的な生息地が被っているんだから出くわすのは仕方がないだろう?」
生息地って、俺たちは魔物ではないのだが……。
「ほら、ここはジルクのお気に入りの席だろ? ちゃんと空けているぜ」
一番端に置いてあるイスをぽんぽんと叩くエイト。
そう言われると、何故か反抗心がむくむくと出てきて、違う席で呑みたくなった。
「いや、一人で呑む」
「そう言うなよ。マリエラと会うのも久し振りだろ? 一緒に呑もうぜ」
「そうそう。一緒に呑もう?」
離れたイスに座ろうとしたがエイトとマリエラに手首を掴まれ、半ば無理矢理のように連行された。
エイトとマリエラを見た瞬間に、こういう展開になることは予想できていたので、諦めていつもの席に座る。
「久しぶりだね、ジルクさん」
「そんなに久しぶりってほどでもないだろ」
「えー、久しぶりだよ。だって、会うのは結婚式以来でしょ?」
「そういえば、そんな気がするな」
実際マリエラに会うのは三か月ぶりくらい。
それとなくエイトに三人での食事を提案されていたが、ずっと辞退していたからだ。
ただでさえ他人と出かけるのが億劫なのに、結婚したばかりの夫婦と出かけるなど面倒でしかないからな。マリエラと会う回数が減ったのは必然だ。
「なにか飲む?」
三人分の水を注いだエルシーが、ちょうどいいタイミングで声をかけてくれる。
「ダイキリを頼む」
「わかったわ」
注文するとエルシーはホワイトラム、フレッシュライムジュース、シュガーシロップを取り出し、カクテルグラスやシェイカーを用意する。
エルシーは氷魔法で作り出した氷をシェイカーの中にたっぷり入れて混ぜる。
それからホワイトラム、フレッシュライムジュース、シロップを適量注いでいく。
ダイキリはシンプル故に、奥が深く、バーテンダーの腕が試される。
甘みと酸味の絶妙なバランスが味の決め手になる。わずか一㏄の違いで味が大きく変わるため、高い技術と繊細さが求められるのだ。
それを軽量することなく、感覚で入れていくとは中々に肝が据わっている。
何度も作っているだけあって慣れているのだろうな。
シェイカーの蓋を閉めると、エルシーは両腕を使ってシェイキング。
静かなバーの中に氷、空気、液体の混ざり合う音が響き渡る。
エルシーの身体は華奢だが、シェイキングしている姿は実に堂に入ったもので、いつもよりも姿が大きく見えた。
やがて、シェイキングが終わるカクテルグラスの中に回し込むように注いだ。
「ダイキリよ」
静かな言葉と共に差し出されるグラスを受け取った。
一口の飲むと、ライムジュースの香りと酸味が広がる。甘みと酸味の割合が絶妙であり、毛羽だった感じはまったくしない。
清涼な味わいでするりと喉の奥へと入っていく、込み上がってくる熱い感触がアルコール度数の高さを認識させる。
「……美味い。絶妙なバランスだな」
「ありがとう」
賞賛の言葉を送ると、エルシーは少しだけ表情を緩めた。
感情をあまり外に出さない彼女であるが、美味しいお酒を呑んだ時とカクテルを褒められた時は感情が大きめに出るようだ。
「にしても、行きつけのバーにこんな綺麗な女性がいるなんて聞いてないんだけど」
「そうかい? 別に言う必要はないと思ったんだけど」
若干拗ねた様子を見せるマリエラに、エイトはちょっと慌て気味だ。
「……安心して。私とエイトにそんな関係はなかったから」
「そうなの?」
「そうなのって酷いな。俺は誰かれ構わずに声をかけたりしないさ」
「でも、声をかけられれば、拒否はしなかったよねー」
マリエラのじっとりとした視線を向けられて、エイトが気まずそうに視線を逸らした。
長い間パーティーを組んでいただけあって、旦那がどういった行いをしていたかはよく知っているようだ。
「……長いことバーをやっているけど、私を口説こうとしなかったのはエイトとジルクくらいよ」
「エルシーさんがそこまで言うなら信じる」
エルシーの言葉を聞いて納得したように頷くマリエラ。
同じ同性ということもあって信じられる何かがあったようだ。
「というか、ジルクさん。こんなに綺麗な人でも声をかけないんだ」
感心半分、呆れ半分の視線がマリエラから向けられる。
「俺は美味しいお酒を呑みにきているだけだからな」
俺は女を漁りにきているわけじゃない。そもそもそういう目的ならば、そういう店に行けばいい。
「……褒めてもおつまみしか出ないわよ」
コトリと目の前に差し出される平皿。そこにはスライスされたチーズが入っていた。
塩気とコクのあるチーズとダイキリがとても合う。
「……そういえば、ホムラの店に行ってきたのね? いつもは飄々としている彼が泣き言を漏らしていたのは面白かったわ」
「ああ、いい酒をたくさん買わせてもらった」
くすくすと笑うエルシー。
どうやら俺が店に行った後に、ホムラはここにやってきたようだ。
「お礼としてこんなものを持ってきたんだが、どうだ?」
マジックバッグの中から俺は炭酸水の入ったポーション瓶を取り出す。
「おっ、炭酸水じゃないか!」
しゅわしゅわとした泡で気付いたのだろう。エイトが嬉しそうな声を上げた。
「……少し飲んでも?」
「口の中で弾けるような刺激があるから注意してくれ」
「え、弾けるような刺激があるの?」
飲んだことのないマリエラが驚く中、エルシーは瓶を手にとった。
プシュッと炭酸の抜ける音がし、コップへと注がれていく。
一つは自分、もう一つはマリエラへと差し出した。
マリエラは軽く頭を下げて礼を伝え、エルシーは頷くと自分のコップへと視線を向けた。
「見た目は綺麗な水だけど、泡が上ってるわね」
立ち昇る泡を興味深そうに眺める中、二人はゆっくりと口をつけた。
「わっ! 口の中がしゅわしゅわする! ちょっと痛いかも?」
「はじめはそうだけど、慣れると面白いぜ? 特にウイスキーを炭酸で割ったハイボールってのが最高で何杯でもいける!」
マリエラの感想を聞いて、エイトが熱弁する。
よっぽどあの時のハイボールがハマったらしい。
飲んだことのないマリエラはわからないだろうが、嬉しそうに語るエイトを微笑ましそうに見つめていた。
「……味はないけど、飲み口がとても爽やか……味や風味は薄れるかもしれないけど、合わせようによってはいいカクテルにもなる?」
一方、エルシーの方は炭酸水を見つめてブツブツと呟いておる。
「どうだ? これは使えるだろ?」
「……使えるなんてレベルじゃない。これがあれば、カクテルの幅がかなり広がるわ。どこで手に入れたか聞いてもいい?」
「宝具で生み出した」
マジックバッグから【泡沫の酒杯】を取り出してみせて、俺は発動キーワードを唱えて炭酸水を沸かせてみせる。
すると、エルシーの瞳が怪しく光った。
「……欲しい。いくらで譲ってくれる?」
「残念ながらいくら金を積まれても売れないな」
「……当然よね。バカなことを聞いたわ」
表情がかなり本気だったが、有用性が大きいだけに価値を理解しているようだ。
「ダンジョンから出てきたものだ。確率はかなり低いが、網を張っていればどこかで手に入るかもな」
「……エイト、マリエラ、獲ってきて」
「宝具を狙って獲ってくるなんて無茶が過ぎるぜ」
「ただでさえ、宝具なんて中々出てこないのに……」
エルシーの無茶ぶりにエイトとマリエラが呻く。
ゲームのように気軽にリポップでもしてくれればいいが、この世界の宝具は甘くはない。
ダンジョンの深い階層に潜れば潜るほど出てくる確率は上がるらしいが、それは命を賭ける危険な行為だ。いくら命知らずだといわれる冒険者でも好んでやるものは少ないだろうな。




