独身貴族は確認する
『転生貴族の万能開拓』書籍2巻が本日発売です。
またコミカライズも連載開始されました。
よろしくお願いします。
「えっ、もしかしてジルク様!?」
「えっ、本当なの?」
「本当よ! ほら!」
「ふわぁー、背も高くてカッコいい……」
ルーレン家の工房に入ると、作業している女従業員の幾人かが黄色い声を上げた。
どうやら俺のことを知っている奴等らしい。不審者扱いされないのはいいが、これはこれで居心地が悪い。というか、作業をそっちのけで来客者に気を取られるとはどういう意識なのだろうか。
「やあ、兄さん」
とりあえず、移動しようとすると目的の人物であるアルトが奥から出てきた。
女たちの黄色い声でわかったのだろう。
「工房にまで足を運んでくれてありがとう。ここに来るのは一年半ぶりくらいかな?」
「それぐらいだな。というか、また従業員を増やしたのか……」
「兄さんの作り出した魔道具を量産するためには、たくさんの人手が必要だから」
「だからといって多すぎだろう」
フロアを見渡すと、かなりの人数の魔道具師がいた。中庭で作業をしている者も加えると、軽く六十人は超えている気がする。
「技術交流の一環として貴族の子弟なんかも混ざっているから」
そう言いながらアルトが視線を向けたのは、先程黄色い声を上げた一団だ。
他の従業員に比べると明らかに佇まいが違うし、身に纏っている衣服の質が違った。
恐らく魔道具師の家系の貴族なんだろう。
それらの存在もあってか今は従業員が多いようだ。
「そうか。それより、さっさと本題を済ませるか。奥の部屋に行くぞ」
奥の部屋に向かおうとするがアルトはまったく動く素振りを見せない。
「どうした?」
「えー、兄さん、それは冷たいよ。せっかく、ルーレン家の長男が久しぶりに実家の工房に顔を出したんだからさ。ほら、見てよ。皆、兄さんの言葉を待ってるよ?」
アルトにそう言われて改めてフロアを見渡してみると、全員が作業を止めていた。
中庭で作業をしていた奴等や、先ほどの少年、少女も窓から覗いてきている。
全員がキラキラとした視線を向けてきていた。
これは何かしら声をかけてやれということか? 俺のせいで作業が止まってしまうというのは申し訳ないし、仕事効率の低下に繋がってしまう。
適当に言葉をかけて仕事に戻らせてやるか。
ちょうど目の前には教卓のような場所があるのでそこに移動。
大勢の視線が一挙手一投足を見逃さないとばかりに突き刺さるが、それで俺の言うことが変わるわけでもないので気にしない。
「アルトの兄のジルク=ルーレンだ。ルーレン家の工房で働いているからにはお前たちは魔道具師、あるいは魔道具師を目指す卵なのだろう。そんなお前たちに言いたいことがある。便利になる魔道具を作れ。あらゆる出来事を面倒くさがり、それを楽にするためにはどうすればいいか考えろ。それがどれだけ突拍子のないものでも構わない。自分や他人の知識をフルに使って、実用できるように模索しろ。以上だ」
そのように述べると、一斉に拍手の音が鳴り響いた。
感心したように頷いている者や、感極まったように涙を流していた者もいて驚いた。
俺はそれ以上、その者たちを見ないようにしてアルトの後をついて奥へ移動。
「大袈裟な反応だな」
「ほぼ全員の従業員は兄さんに強い憧れを抱いているからね。言葉を貰えただけでも嬉しいんだよ」
「知りもしない奴からそんな感情を抱かれてもな」
「えー? 嬉しくないの?」
「他人からどう思われようが興味ない」
そのせいであのような言葉を述べるハメになったのだ。俺にとっては迷惑でしかなかった。
「でも、その割には良い事を言ってくれたよね。僕もビックリしたよ」
俺のことをよくわかっているアルトは、もっと適当な言葉を放つと思っていたのだろう。
どこか驚いたように言う。
「もっと生活が便利になる魔道具を作ってくれないと俺が困るからな」
そこに便利な魔道具があれば、誰が作ろうが構わない。俺は喜んでそれを買って、使うだろう。
俺が快適な独身生活を送るためにも、ルーレン家の魔道具師にはもっと頑張ってもらう必要がある。
「なるほど、兄さんの本心ってわけだね。それなら兄さんも部下を増やして、弟子を作ればいいのに……」
「部下に関しては使える奴がいれば増やすつもりだ」
「使える奴って、トリスタンさんレベルだよね?」
「ああ、最低でもあいつくらいできないと話にならん」
それなりにできる奴であればいいが、そうでもないものを入れてしまえば全体の作業効率が落ちるだけでなく、俺の時間も減ってしまう。
そのことを考えると、下手な者を入れるよりも現状でやり続ける方がマシだ。
「彼、魔石の加工や魔力の均一化、すごく上手いよね? 今はまだ見習いだけど、そこらの工房なら十分に主力級だよ」
「冗談だろ? あいつはまだまだ半人前だ。簡単な魔道具こそ作れるが、魔道回路の組み方は雑だし、効率化もロクにできていない」
ここ最近はようやく基本ができてきたが、安心して魔道具の製造を任せられるかと言われると否だ。
俺がそのように述べると、アルトが呆れた顔をしていた。
「兄さんの要求レベルは相変わらず高いねぇ」
「そうか?」
それぐらい当たり前だと思うが、アルトはそう思わないようだ。
「ちなみに弟子については?」
「論外だな」
魔道具師の技術は基本的に一子相伝だ。自らの技術を外に漏らすことはほとんどない。
すなわち、身内以外で弟子をとるということは、他者と家族に匹敵するほどの繋がりを作るということだ。
何となく結婚にも似ているその制度が俺は大嫌いだ。そういう煩わしさが嫌で独身生活を送っているというのに、どうしてそれを受け入れなければいけないのか。
「まあ、兄さんはそういうのが苦手だもんね」
「わかってくれているようで何よりだ」
家族の中で、一番に俺のスタンスを理解しているのはアルトだ。
母さんやイリアであれば、ぐちぐちと小言を言ってくるところであるが、アルトはそのようなことをあまり言ってこないので楽だな。
なんて風に話しながら歩いていると、アルトの私室に案内された。
「ミルがそれぞれ十セット置いてあるから確認して」
うちの工房の応接室のような部屋。大きなテーブルの上にはアルトが作ったであろうコーヒーミルがそれぞれ並んでいた。
「わかった。確認する」
俺はミルを手に取って、それぞれ確認していく。
形状や色合いは当然のこと、軽く解体をして刃の形や魔道回路までしっかりと確認。
それだけでなく実際に豆を挽いたり、動作確認も念入りに行う。
「どうかな?」
最後のミルを確認し終わると、おずおずと尋ねてくる。
「問題ない」
「……よかったぁ」
俺がそのように告げると、アルトがホッとしたように胸に手を当てる。
「こんな簡単な仕組みのものでどうして緊張する?」
「いや、兄さんにチェックしてもらうっていうのがどうしてもね……」
俺が確認するとどうして緊張するのか。やはりこの顔つきが悪いのだろうか。




