独身貴族は実家の工房へ向かう
「よし、これで俺のノルマは終わりだな」
「ジルク、ちょっといい?」
作業がひと段落して背筋を伸ばしていると、ルージュがおずおずと声をかけてきた。
伺うような態度からどうやら話しかけるタイミングを待っていたようだ。
「なんだ?」
「アルト様が、コーヒーミルを完成させたから確認に来てほしいって仰っていたわ」
「そんなもの必要ないだろ? あれぐらいの物ならアルトでも問題なく作れる」
手動ミルも自動ミルもどちらも難しくない代物。
アルトの技量なら作れないはずはない。
パーティーの帰りの馬車で設計図を見せてやり、口頭で補足説明するだけで理解していた様子だった。別にわざわざ俺が確認に行くまでもないだろう。
「いや、あたしにそんなこと言われても困るわよ」
「それもそうだな」
ルージュはアルトではない。ただ頼まれて伝えているだけだ。彼女にそのように言うのはお門違いだろう。
「納品するのがブレンド伯爵だし、万全を期しておきたいんじゃないかしら? 縁を繋ぐためとはいえ、ジルクが振った仕事なんだから確認くらい行ってあげなさいよ」
「……わかったわかった。今から行ってくる」
これ以上、ルージュに小言を言われては堪らないので、俺はデスクを片付ける。
●
中央区にある送り馬車を捕まえた俺は、王都から離れたところにあるルーレン領の屋敷にやってきた。
俺が屋敷に戻ってくると、メイドたちが驚いたように目を丸くして頭を下げる。
食事会以外でこちらに顔を出すのは余程珍しいと思われているのだろうか。
「あっ、おじさんだー!」
玄関をくぐると大きな声を上げながら少女が走り寄ってくる。
「確か……」
イリアとルードヴィッヒの娘なのはわかるが名前が出てこなかった。
この間、顔を出した時は覚えていた気がするが忘れてしまった。
俺が言葉を濁していると、少女のクリッとした瞳がうるうるとする。
「もしかして、セーラの名前忘れたの?」
「忘れていない。セーラだろ?」
「おー! おじさん、覚えてたんだー」
俺がそのように言い当てて見せると、セーラはにっこりと笑う。
コイツが妹に似てアホで助かった。
なんて思っていると執事のギリアムがやってきた。
「お帰りなさいませ、ジルク坊ちゃん。今日はどうなさいましたか?」
小さいセーラを一人で野放しにしているはずがないので、わざと遅れて出てきたのだろう。
さっさと出てくればこんな面倒なやり取りをする必要もなかっただろうに。
「仕事の件でアルトに呼ばれていてな。あいつはどこにいる?」
「アルト様でしたら、工房の方で作業をしていらっしゃいます」
工房というのはルーレン家の者や従業員が作業をしている場所だ。
屋敷から少し離れた大きな建物の中で、アルトたちは普段作業をしている。
「すぐに戻ってくるか?」
「お戻りになられるのは夕方頃になるかと……」
どうやらアルトがこちらに戻ってくるにはかなり時間がかかるらしい。
その間、ずっと屋敷で待っているというのも退屈だし、時間の無駄だな。
なにより、ここにいるとセーラの相手をさせられそうな気配をヒシヒシと感じる。
まるで新しい玩具を見つけたかのような目をしているのだ。
ルーレン家の工房にはあまり行きたくないが、背に腹は代えられない。
「そうか。なら、俺が工房に行ってやるか」
「ええー! おじさんもそっちに行っちゃうの!? おじいちゃんもおばあちゃんも、パパもママも皆、そっちにいってつまんない!」
そう呟くと、こちらを見つめていたセーラが不満げな声を上げた。
家族が皆、働きに工房に出ているので構ってもらえず退屈なのだろうな。
どうやら妹のイリアと同じく寂しがりな性格を引き継いでしまっているようだ。
これだから子供というのは面倒なんだ。
「ギリアム、こいつを餌に勉強でもさせておけ」
「こちらは?」
「燻製ナッツだ。燻製したサバーナが好きなら、これも食べられるだろう」
「イリア様と同じように上手くいくかはわかりませんが、やってみましょう」
どうやらギリアムにはお見通しだったらしい。
俺も昔、イリアに絡まれた時は、適当なお菓子を上げて静かにさせていた。
同じ血を引き継いでいるので一定の効果はあるだろう。
「あっ、くんせいの匂い! おいしそう! 食べたい!」
「では、私が出しますクイズに答えられたら差し上げることにしましょう!」
「うん、わかった! 答える!」
なんて思っている間にも早速燻製ナッツに釣られるセーラ。
効果は抜群のようだ。
セーラの意識がギリアムと燻製ナッツに向かっている間に俺は玄関を脱出した。
「ジルク様、馬車を出しましょうか?」
「大丈夫だ。自分で歩いていく」
使用人の提案を辞退して、俺は自分の足で敷地内を出ていく。
王都からここまで来るのにずっと座りっぱなしだったからな。少し自分の足で歩きたい気分だった。
敷地内を出て真っすぐに歩くと、実に長閑な田舎道だ。
この一本道はルーレン家が頻繁に使用するために整地されているが、少し道を外れれば完全の野道。周囲には草原が広がっており、小川が流れていた。
特別な特産品もない普通の領地ではあるが、このあり触れた牧歌的な光景が何となく落ち着く。
ここ最近は工房にこもってミルの生産作業をしていたからだろうか。こうやって外をのんびりと歩くのが清々しい。
穏やかな日差しが降り注いでいて実に散歩日和だ。
何も考えることなく歩いていると遠目に大きな建物が見える。
あれがルーレン家の所有する工房だ。
父であるレスタ、母であるミラをはじめとするルーレン家が揃って魔道具の開発をする場所であり、多くの従業員である魔道具師を抱えている。
王都とは違って土地も広いし、余っているお陰で工房はかなり大きい。というか、ルーレン家の屋敷より大きくなっているな。
普通の貴族であれば、工房が屋敷よりも大きいなどあり得ないなどと考えて屋敷も改築するところであるが、モノづくり一家のうちにはそんな考えをするものなど一人もいないだろうな。
のんびりと景色を楽しみながら歩くと、工房へとたどり着いた。
工房の敷地に入ると、中庭などでは魔道具の作動実験などが行われている。
子供から大人ともいえる様々な年代の人間が集まっており、魔道具の研究を行っているのだ。
うちの領では魔力が豊富な者や、魔法の才能がある者をルーレン家がスカウトし、工房で働いてもらっている。
彼らのほとんどは魔道技師ではないので魔道具を作ることはできないが、魔石に魔力を注入したり、魔道具の作動実験を行うことはできる。
勿論、ほとんどは本格的に魔道具師としての修行を行い、資格を取るものがほとんであるが、資格をとらなくてもその辺の職に就くよりも稼げることは間違いないだろう。
「おいおい、兄ちゃん。なにしてんだ? 危ないぜ?」
「……こ、ここはルーレン家の工房なので関係者以外立ち入り禁止です」
「問題ない。俺もルーレン家の一員だからな」
「はあ? 兄ちゃん、なに言ってんだ?」
声をかけてきた少年と少女は最近入ってきたばかりで、俺のことを知らないようだ。
明らかに怪しい者を見る目だ。
俺のことを知らない奴を相手に顔パスしようとしても無駄か。
「面倒だ。お前たちの上司を連れてこい」
「なに言ってんだよ兄ちゃん、急にやってきて偉そうに……」
「待って、クルト。どこかのお客様かもしれないし、ひとまず言う通りにしてみよう?」
「まあ、フレンがそう言うなら、そうしておくか。ちょっと、待ってろよ。兄ちゃん」
少年と少女はそのように言い残すと、工房の中に入っていく。
すると、程なくして二人よりも年齢が上の十五歳くらいの少年が出てきた。
「ジ、ジルク様!?」
そいつは俺の顔を見るなり驚いたように固まる。
こちらはまったく名前や顔を知らないが、相手は俺のことを知っているようだ。話が早くて助かる。
「……ジルクって、誰だ?」
しかし、少年はまだピンときてなかった。
「バカ! アルト様の兄上で冷蔵庫や魔道コンロ、ドライヤーと数多の魔道具を生み出したお方だ」
「うええ! 皆が言ってるスゲーやつじゃん!」
「この人があのジルク=ルーレン? 私たちと同じ年で冷蔵庫を開発した天才の?」
大袈裟な様子で驚く少年や少女の反応見て、辟易とする。
そう、こっちの工房に来るとこういうのが多いので嫌なのだ。
転生した事により前世の記憶を持っている俺は、その知識や経験を活かして、幼い頃から様々な魔道具を作り出していた。
すべては快適な独身生活を送るため。だったのだが、そんなことを知らない周囲は俺の功績を偉業のように称えるのである。
彼らのその気持ちに特に悪意はないとわかっているのだが、それがとてもやりづらい。
「あ、あの知らなかったとはいえ、すみません」
「ご、ごめんなさい!」
顔を真っ青にしながら頭を下げる少年と少女。
こちらの工房に顔を出していない上に、相手は新人ときた。
高級店の従業員なら失格であるが、ここは田舎の工房。相手は小さな子供だ。
それくらいで目くじらを立てる俺ではない。
「別に気にしていない。それよりも中に入れてくれ、アルトに用事がある」
「かしこまりました。ご案内します」
俺がそのように言うと、少年たちの上司に当たる男は、大慌てで中へと案内した。




