独身貴族は見抜く
ホムラの後について行って奥の部屋に入ると、そこには大きな冷蔵庫がいくつも並んでいた。棚にはいくつもの種類の瓶が並んでいる。
「なるほど、ここに清酒を保存してあるのか」
一部屋を埋め尽くすほどの清酒は圧巻だ。
「そういうこと。君はエルシーの紹介だから大丈夫だけど、基本的にこっちは一見さんお断りだから注意してね?」
「わかった。むやみに広めたりはしない」
ホムラが大人数に清酒を売りたくないことはわかっている。
仮に連れてくるようなことになれば、きっちりと信用のおける奴限定だ。
もし、そいつが問題を起こせば俺までも出入り禁止になってしまうからな。
そう思うとここを紹介したエルシーには感謝だな。今度、炭酸水でもプレゼントすることにするか。
「清酒の種類についてはわかるかい?」
「ああ、大まかに知っているから大丈夫だ」
「そうかい。清酒の説明はちょっと面倒だから手間が省けて助かるよ」
のんびりやっているだけあってホムラの営業も自由だ。
まあ、清酒の種類や厳密な区分けは少し煩雑だからな。
「自由に見て、選んでも構わないか?」
「どうぞ」
ホムラから許可を貰えたので、俺は冷蔵庫の中を覗いてみる。
大型冷蔵庫の中にはしきり板が挟まれており、清酒瓶が四段ほどに分かれて鎮座している。
酒造所によって瓶の色が違ったり、長細かったりするのが面白い。
ラベルには色々な銘が書いてあるが、どれも知らないものばかり。
しかし、冷蔵庫の横には小さな紙が置かれており、そこに清酒の種類や特徴がしっかりと書かれていた。
ふむ、こちらを先に読んでから手に取るべきだな。
開けてじっくり眺めていては氷魔石の燃費が悪くなるし、内部の温度も上がってしまう。
適当に練り歩いて銘柄の説明書きを眺めてみる。
『楽星』
すっきりと呑める清酒。
淡泊な料理からこってりとした料理にまで合う。
呑み慣れていない方でもするりと呑める。
『黒松』
どっしりとした旨みとあざやかなキレが特徴。
辛口好きな貴方にオススメ。
ふむ、前世で知っている日本酒と似たような銘柄の名前があるが微妙に違うな。説明書きを眺めては奥へ奥へ進んで行く。
『花菱』
優しく穏やかな香りに瑞々しい旨み。
『赤龍』
すっきりとした中に感じる味わい深さ。
『十三代』
量を飲んでも飽きない綺麗な味。
「……む?」
先程の説明書きに比べて、こちらにある清酒の説明は酷く簡素だ。
銘柄は前世で希少価値の高いものととても似ている。
「ど、どうかしたのかい?」
思わず唸り声を上げると、ホムラが声を上げた。
その声は若干震えており、明らかに様子がおかしい。
「いや、なんでもない」
そのように言ってその場所を離れてみると、ホムラがホッとしたような表情を見せる。
それで確信に至った俺はすぐに切り返して、先ほどの場所に戻り、『花菱』『赤龍』『十三代』を手に取った。
「よし、こいつらにしよう」
「ほ、本当にそれでいいのかい? 他にも清酒はたくさんあるよ?」
瓶を手に取ると、ホムラが焦ったように声をかける。
「いや、これがいい」
「どうしてだい?」
「多分、ここにあるのは清酒の中でも美味いやつだ。俺の勘がそう言っている」
本当は前世でもあった有名な銘柄を参考に手に取っただけだ。本当にこれらが美味しいかはわからない。
「他にも美味しいお酒はあるよ?」
「これでいい。というか、ここに置いてあるのは希少な酒だろう?」
「くっ、どうしてわかるんだい?」
「お前の慌て具合がそれを物語っている。それに説明書きが他のものに比べて簡素過ぎだ。まるで手に取ってほしくないみたいにな」
俺がそのように指摘してみせると、ホムラが悔しそうにする。
「……正解だよ。まさか、うちの中でもトップレベルのものを初見で三つも手に取るなんて。というか、一本十万ソーロぐらいだけどお金は大丈夫なのかい?」
「思っていたよりも安いな。それならこっちにある『谷間』『島鍋』なんかも三本ずつ買ってしまおう」
「ちょっと待てくれ! 君、なんで名酒中の名酒ばかり手に取るんだい? 実は僕と同じ極東人なのか?」
「いや、髪と瞳の色を見ればわかるだろう。ハーフでもない生粋の王国人だ。極東には行ったことすらない。む? 『伝酒』か……これも良さそうだ。三本いっておこう」
「ちょちょちょ、勘弁してくれ! そんなに名酒ばかり狙い打ちにしないでくれ! せめて一本ずつに……ッ!」
「個数制限は書いてないのだが……まあ、仕方ない。一本ずつにしておこう」
ホムラが泣きそうな顔になっていたので、俺は仕方なく諦める。
名酒ともなれば、いつ売れてしまうかわからないし、次に手に入るかも不明なので蓄えたかったのだが、店主が困っているようだしな。
他の複数手に取っていた清酒も元の棚や冷蔵庫に戻しておく。
すると、ホムラが安心したように息を吐く。
「ふう、君は別の意味で出禁にしたいよ」
「自由に選んでいいと許可をとって選んだのに酷い言い草だ」
俺はただ好きに清酒を選んだだけだというのに。
「本当にジルクが極東人じゃないっていうのが信じられないよ。極東人の酒好きしか知らない名酒ばかり狙い打ちしてくるんだから」
前世の銘柄を頼りに選んでいたが、どうやらそれは正解だったらしい。
だとしたら、ホムラが焦ってしまうのも納得だな。
「最後にもう一本……」
「まだいくのかい!?」
「いや、料理に使いやすい清酒を見繕ってもらいたい」
さすがに料理酒として使うには、これらの清酒は上質過ぎるからな。
「ああ、それならこれなんかがオススメだよ」
「わかった。それも頂こう」
ホムラが持ってきてくれた清酒。特に知らない銘柄であるが、彼がオススメするのだから問題はないだろう。
「次は酒器だな」
これ以上は荒らしになりかねないので酒はこの辺にしておこう。出禁にはなりたくない。
「そ、そうだね。オススメのものがあるから紹介するよ」
俺がそのように呟くと、ホムラがいそいそと移動する。
この清酒蔵から俺を引き離したい意思が透けてみえた。
素直についていって、最初に入ってきた酒器のフロアに戻る。
「まずは清酒を入れる容器、徳利とおちょこだね。どれも有名な陶芸家に作ってもらったものさ」
真っ白な徳利に浮かんでいる青い笹のような葉が描かれている。おちょこには青で描かれた円が二重に描かれている。
白と青を使っているのは透明な清酒を注いだ時に、液体が映えさせるための色合いだろう。
そのようなオーソドックスなものから黒一色の徳利、青一色の徳利などと様々な色合いのものがある。
前世のような機械成形ができないので、どれも手作りだろう。
それでこの綺麗な色合いや形を出せるのは、職人の技として言いようがない。
「この二つを頂こう」
「ありがとうございます」
ホムラが出してくれたものの中で、俺は笹が描かれたオーソドックスなもの、少しざらつきのある黒の徳利とおちょこを買うことにした。
「他にも清酒グラスもあるけどどうだい?」
そう言って、清酒用の透明なグラスが二つ出してくる。
清酒は勧めてこないが、酒器については営業精神が高いらしい。
「割れやすいけど透明だから清酒の色が見えやすい。それにガラスだから匂いが移ることもないんだ」
ほうほう、清酒といえば徳利やおちょこで呑むイメージが強いが、グラスも悪くはなさそうだ。
「飲み口も随分と薄いな」
「左の方は一.五ミリ。右の方が一.三ミリさ。飲み口が薄ければ薄いほど繊細の味を感じられるからね」
そういった工夫はバーで使われるグラスと同じだ。
左側の方が飲み口が大きく、鼻がすっぽりと入ってしまうほどだ。こちらは香りがよく感じられるだろう。
右側は飲み口が小さくて香りが少し立ちづらいが、グラスが薄いこともあり味や口当たりを感じやすいだろう。
どちらもそれぞれの良さがあるものだ。
「こっちは両方とも頂こう」
「ありがとうございます」
ガラス製のグラスを二つとも買うことを告げるとホムラが布で包み、木箱に収納した。
「他に気になるものはあるかい?」
「大いにあるな。米、醤油、味噌だ」
俺がそのように告げると、ホムラはビクリと肩を震わせた。
「な、なんのことかな?」
「清酒の原料は米だ。極東人であるお前が主食である米を持ってきていないはずがない。それと醤油や味噌といった調味料も持っているはずだ」
前世の日本と酷似した文化を持つ極東なら絶対にそれらの食材もあるはずだ。
極東からやってきたホムラが、それらを持っていないはずがない。
醤油や味噌はないにしろ、絶対に米は持っているはずだ。
「……君はやっぱり極東人じゃないのかな?」
「いいや、王国人だ。それよりどうなんだ?」
「仕方がないね。少しだけだよ?」
真剣な目で尋ねてみると、ホムラは観念したように頷いた。
まさか清酒だけでなく米、味噌、醤油まで手に入るとは言ってみるものだ。
ああ、和食を食べられるなんて何年ぶりだろう。
「ぬか漬けや漬物なんかもあれば頼む」
おっと、激しく興奮していたが故に忘れていた。ご飯のお供といえば、漬物だ。
きっとそれもあるに違いない。
ついでのように頼んでみると、ホムラが勢いよく振り返って指をさした。
「そんな郷土料理まで知ってるなんて、やっぱり君は極東人だ!」
だから、違うと言っているだろうに。




