独身貴族と道具屋商店街
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エルシーから清酒を売っているお店を教えてもらった翌日。
俺は早速、そのお店に向かうことにした。今日は仕事をする日ではあるが、午後から工房に向かえば問題はないだろう。
やってきたのは北西区画にある道具屋商店街。
ここは料理道具、厨房道具のすべてが揃うと言われている場所だ。
食の宝庫ともいわれる王都にはたくさんの料理人がおり、道具通りにはそういったプロの使い勝手に相応しい道具がそろっている。
近年では多くの職人が集まる区画になっており、料理道具だけでなく雑貨や陶器や細工物なんかの店も増えており、実に賑わいをみせていた。
俺やエイトの持っている大人の鉄板もここにある店で買った。
中央区と同じぐらい人の活気があるが、どこか雑然としている。
商売人や職人が多いからだろうか威勢のいい声が飛び交っていた。
前世で例えるなら中央区は東京のようなイメージで、道具屋商店街は大阪の下町のようなイメージだろう。
大通りにはたくさんの店が並んでいる。
包丁屋、皿屋、陶器屋、人形屋、酒器を専門に扱うお店など。職人が拘りぬいた一品が陳列されていた。
勿論、大通り以外の通りも全てそういうお店だ。見渡す限り道具店が立ち並んでいる光景が見られるのは、広い王都の中でもここだけだろう。
そんな風にお店を眺めながら進んでいると、陳列されている包丁に目を奪われた。
「……綺麗な包丁だ」
白銀の輝きを放つ包丁に吸い寄せられる。
家には用途に合わせた包丁がいくつもあるが、やはり職人の作った包丁はどれも美しく見えるものだ。
包丁を眺めているとシャッシャッシャッシャッと何かを擦るような音がした。
視線をやると店内の奥で職人らしき男性が包丁を研いでいるようだった。
砥石で包丁を研ぐ。ただそれだけの動作だが、あまりに滑らか。
「…‥プロの技だ」
包丁に見惚れていた俺だが、次は職人の技に見惚れてしまい吸い寄せられる。
俺がするすると近づいたことに気付いたのか、男性はチラリと視線を一瞥。
「見学させてもらっていいか?」
「勝手にしな」
素っ気ない言葉ではあったが声音は優しい。
それから俺の存在を気にしないことにしたのか、男性はまたしても研ぎを再開する。
淀みのない腕の動き。無駄な力は一切入っていない。
大きなストロークで包丁を砥石の上で滑らせている。
職人の手により包丁が洗練された姿になっていくのがわかる。目に見えてわかるその工程が楽しく、俺はジーッと見続けた。
「料理人でもない癖に見ていて楽しいか?」
二本目の包丁を研ぎ終わると職人が唐突に口を開いた。
こういった店で包丁を熱心に見続ける者は料理人が多い。本来、そういった者たちが集まる店だからだ。
そんな中、明らかに料理人でもないのに熱心に研ぎ作業を観察し続ける俺の存在が不思議なのだろう。
「ああ、職人の洗練された技を見るのは楽しいな」
「けっ、口の上手い奴だぜ。商売人か?」
俺の誉め言葉をセールスか何かだと勘違いしているのだろう。
「いや、ただの魔道具師だ」
「そうか。どちらにせよ変わった奴だな。包丁は持っているか?」
そのように答えると、どこかバツが悪そうにながらも尋ねてきた。
疑ったことへの罪滅ぼしだろうか。
「外で使う用なら」
マジックバッグに入っているアウトドア用の包丁を差し出すと、職人はホルスターを丁寧に開けると包丁を手にしてじっくりと眺める。角度を変えながら鋭い眼差しですみずみと。
「……素人にしては悪くない。が、まだまだ荒い。少し研ぐぞ」
「頼む」
彼の言葉に頷くと、俺の包丁を研ぎ始めた。
店内に包丁を研ぐ音がリズムよく響き渡る。
その動きは俺の知っている研ぎ方とそれほど違うようには見えない。
だけど、職人が腕を動かす度にドンドンと輝きを増しているのを感じた。
「こんなもんだな」
「正直、自分のやっている研ぎ方と何がどう違うのかよくわからないな」
「まあ、こういうのは感覚だな。それに簡単に素人に真似されちゃ、俺たちは食っていけねえよ」
「間違いない」
いくら前世で仕入れた知識があろうとも、ずっとその道を究めてきた職人に敵うはずもない。少し見ただけで真似できるはずもなかった。
やがて俺の包丁が研ぎ終わると、職人は水で洗って綺麗な布でそれを拭う。
「……綺麗だ」
差し出された包丁を眺めてみると、恐ろしく均一になっているのがわかった。
こういった細かなように見えて大きな差が他にもきっとあるのだろうな。
「料理店で使うにはちと足りないが、それ以外の用途で使うならお前さんの手入れでも十分だ。それでも納得できなけりゃ、俺のところに持ってこい。また研いでやるよ」
「ああ、そうさせてもらおう」
やはり、定期的に職人によるメンテナンスは必要だな。
●
「しまった。いつの間にか昼だ」
朝早くに家を出たはずなのに気が付けば太陽が中天に昇っていた。
それなのに俺は未だにエルシーの紹介された店にたどり着いておらず、道具屋商店街の中にいた。
「いかん。いい加減目的の店に向かわないとな」
午後からは工房に行ってコーヒーミルを作る予定だ。
まだまだ眺めたいお店がたくさんあるが、これ以上スケジュールをずらすのも嫌なので切り上げることにする。
手に取っていた陶器の清算を済ませると、俺はメモを頼りに店に向かうことにした。
大通りから三つほど外れた小さな通りに足を踏み入れると、人の流れはほとんどなくなる。
この辺りにもチラホラと店は並んでいるが、小さなお店ばかり。活気は少なく、やっているのかやっていないのかも不明。
どちらかというと住宅街のような印象。建物がぎっしりと詰まっているからだろうか日陰になっている場所も多い。
「……ここか」
エルシーの手書きの地図を頼りに歩いていくと、『東屋』と書かれた看板が見えた。
小さな一階建ての木造民家。民家に紛れるように建っているので気を抜いていると、普通の家だと思って通り過ぎてしまいそうな気配の薄さだ。
白い暖簾をくぐり中に入ると、檜のような優しい香りがする。
店内は薄暗くそれほど広くはないが、陳列棚には徳利やぐい呑み、おちょこといった清酒に関係の酒器などがずらりと並んでいた。
壁にはうちわや扇子、狐のお面といった和風テイストな小物が飾られている。
やはり、ここは極東文化のものが売られているようだ。
しかし、気になるのは清酒がどこにも並んでいないということだ。
店の奥に行けばあるのだろうか?
「いらっしゃい」
清酒を探していると、奥の部屋から男が出てきた。
漆黒の長髪にそれと同じ色の瞳。紺と白を基調とした着物を身に纏っている姿は、紛れもない極東人の証だった。
やはり、清酒を仕入れられるのは極東人だろう。予想していたことなのでそれほど驚きはしない。
極東人が店を開いたというのは聞いたことがなかったが、このような目立たない場所ならば噂が出回っていないのも納得だ。
「お客さんは極東文化が好きな人かな?」
にこやかな笑顔を浮かべながら、男にしてはやや高めの声を放つ店主。
なんとなく店に入ってきた客だと思っているのだろう。
「エルシーの紹介でやってきた。ここでなら清酒を売ってもらえると」
エルシーのサインが入ったメモを見せながら言うと、店主は驚いたように目を見開き、笑った。
「エルシーがそんなことをするなんて珍しい。彼女は長生きしているエルフだけど、あまり人に深入りしないから。君のことがよっぽど気に入ったんだろうね」
「いや、そんなんじゃない。酒に合う特別な料理を卸すことを条件に教えてもらった」
なんとなく店主から邪推されたような気配を感じたので、きっぱり否定しておく。
「酒に合う特別な料理?」
「こういうものだ」
首を傾げる店主に燻製したチーズを渡してやる。
「チーズなのにやたらと香ばしいね」
店主はチーズの匂いを嗅ぐと、その場でパクリと口にした。
「ッ!? 確かにこれはお酒に合うね。清酒でもいける」
もぐもぐと口を動かしながら満足そうに頷いた。
「邪推して悪かったね。僕は『東屋』の店主をしているホムラだ」
「ジルク=ルーレンだ」
「おや、貴族様かい? 知らなかったとはいえ大変失礼いたしました」
「別にそんな風にかしこまらなくていい」
「そうかい? 正直、こっちの文化にはまだ疎くてね。そう言ってもらえると助かるよ」
貴族であるとわかったのにホムラの態度に変わりはなく、飄々としている。
こういった相手への対応も慣れているようだ。
「にしても、どうしてこんな目立たない場所にあるんだ? 極東の店が出店したとなれば、多くの客を呼び込めそうだが……」
「確かにそうだけど、この店は半ば趣味みたいなものだからね。大勢の客に寄ってこられても困るんだ。極東との国交はまだ不安定だし、毎回安定して仕入れられるわけでもないしね」
それもそうか。一気に詰め寄られてしまっては売れる商品もなくなる。
一部の客に希少な品を売るだけでも十分儲けが出るだろうな。
「それよりも清酒だったね。奥の部屋にあるから付いておいで」




