独身貴族は魔物を撮る
ギルドの掲示板で生態状況を確かめた俺は、王都の東に位置する森にやってきた。
まずは深く深呼吸。
「……久しぶりにやってくると空気が美味い」
先ほどまで混雑した空間にいたせいか、なおさら空気が美味しく感じられた。
誰もいない空間というのは最高だ。
天気はすこぶる快晴だが鬱蒼と生い茂った木々が見事に日差しを遮っている。そのお陰で直射日光はあまり当たらず、想像よりも暑さはマシだった。
日陰が多くて風通しがいい分、王都よりも涼しいかもしれない。
森の空気をたっぷりと吸い込むと、俺は【マジックバッグ】から【写し出す世界】という宝具、もといポラロイドカメラを取り出した。
カメラの調子に異常がないことを確認すると、ストラップを装着して首から引っ提げる。
これで準備は完了だ。あとは撮影対象となる魔物を気ままに探すだけだ。
青臭い草を踏みしめて森の中を進んでいくと、三体ほどゴブリンがうろついているのを見つけた。
反射的に腰に引っ提げている剣に手をかけてしまうが、今日の目的は討伐ではなく撮影だ。撮影対象を討伐するわけにはいかない。
鞘から手を離すと、木の裏へと移動してカメラを構えた。
棍棒を手にして歩いているゴブリンたちをフレームに収めると写真を撮る。
宝具が静かな音を立てて写真を現像した。
気配に敏感ではないゴブリンだから問題ないが、気配に敏い魔物を至近距離から撮影するのは難しそうだな。
などと考えながら現像された写真をケースに収納。
すぐに成果を確認したいが、生憎とポラロイド式なのでくっきりと写るまで時間がかかってしまう。現像に時間がかかるのも乙だが、こういった一枚一枚の成果をすぐに確認したい時は少し不便だな。
いい写真が撮れているか不安だ。
そもそもさっきの写真はゴブリンという魔物を表現できた写真なのだろうか?
一度、カメラを構えるのはやめてゴブリンという魔物について考えてみる。
ゴブリンは残虐な魔物だ。
自分よりも弱い生き物に容赦がなく、食べるなどの目的もなく、己が快楽のために暴力を加えたりする。
さっきの写真でそんな一面はまったく見えていない。
もう少しゴブリンらしい行いをしているところを撮影したい。
ただ遠くから撮影するなら冒険者なら誰でもできることだ。
そんなわけで俺はゴブリンの後をつけることにした。
ゴブリンの後ろをついていくと、ゴブリンたちの足が止まった。
ゴブリンに気配を悟られたわけではない。なにかを見つけたようだ。
彼らの視線の先を辿ると、少し開けた場所で木の実を食んでいる鹿がいる。
ゴブリンたちはどうやらあの鹿を狩りたいらしい。
ゴブリンたちは一言、二言小さく言葉を交わすと、一体だけが迂回するように回り込んだ。
どうやら挟み撃ちをしたいらしい。
魔物としての強さは大したことのないが、それなりに知恵が回るのがゴブリンの特徴だと言えるだろう。
一体のゴブリンが反対側に回っていくと、程なくして二体のゴブリンが茂みから飛び出していった。
ゴブリンの奇襲に驚いた鹿は、すぐに反対方向へと駆け出す。
しかし、そこにはさらにゴブリン。
待ち伏せしていたゴブリンは正面からやってきた鹿に棍棒を振り下ろす。
鹿は跳ねるようにして右に躱すが、後ろから追い立てていたゴブリンの一体が投擲した棍棒が頭に直撃した。
鹿は立ち上がろうとするが頭部にクリーンヒットしたせいで脳震盪を起こしているのかすぐに立ち上がることができない。
そんな鹿に対してゴブリンたちは容赦の欠片も見せずに棍棒を叩きつけた。
シャッターチャンスの到来を感じ取った俺は、すぐに【擬態外套】を羽織って傍にまで近づいた。ゴブリンたちは獲物に夢中で背景に溶け込んだ俺に気付くことはない。
二体のゴブリンが鹿に棍棒を叩きつけ、もう一体のゴブリンも棍棒を回収するとすぐに加わった。
バコバコと乾いた打撃音が響き渡る。一撃ごとに鹿は甲高い悲鳴を上げる。
そんな獲物の揚げる悲鳴すら愉悦なのか、ゴブリンたちさらに表情を歪めて棍棒を叩きつけていた。
そんなゴブリンたちに俺はカメラを向けていく。
フレームいっぱいにゴブリンの醜悪な表情が収まると、シャッターを切っていく。
……いい顔だ。この醜悪な表情こそがゴブリンと言えるだろう。
すぐに現像されないが、今撮っている写真はきっといいものであるという確信があった。
それぞれのゴブリンの表情と生気を失っている鹿の目が実に対照的であり、外の世界の厳しさを教えているようでもあった。
満足のいく写真が撮れると、俺はゆっくりとゴブリンたちから離れていく。
気配に鈍い魔物とはいえ、さすがにここまで近いと気付かれる可能性があるからな。
鹿に意識が向いている内に距離を取ると、ゴブリンの悲鳴らしき声が上がった。
振り返ると、緑色の体表をした狼がゴブリンたちへと襲いかかっていた。
森狼だ。ゴブリンの声を聞きつけて、獲物を奪いにきたのだろう。
狩りの成功を喜んだ瞬間の蹂躙。
「見事な漁夫だ」
しかし、この辺りに森狼が出現するとは珍しい。
普段はもっと森の奥に棲息しているものなのだが。
そんな疑問が頭をよぎるが、撮影チャンスを逃さないために意識を切り替え、すぐにカメラを構えた。
無防備な状態から奇襲を受けてしまったゴブリンたちは、なすすべもなく森狼に食いちぎられた。
咄嗟にシャッターを切ったがあまりにも速かったためにピントが合っている自信がない。
森狼たちは口に咥えたゴブリンを不快そうにしながらすぐに捨てた。
ゴブリンは非衛生的なせいかとても臭く、肉も筋張っていて美味しくないらしいからな。
あくまで森狼たちの目的は鹿のようだ。
森の中を我が物顔で闊歩する森狼の姿は気高いな。
狩りを終えて周囲を警戒している森狼たちもフレームに収めていく。
ゴブリンたちと違って見た目がいいので実に写真映えする被写体だった。
「グルル?」
カメラが写真を現像する音に気付いたのか、森狼の一体が怪訝な声を上げた。
森狼の一体がこちらへ近づいてくる。
俺は息を潜めると、すぐに宝具を発動できるように準備だけしておく。
森狼は俺の近くを確かめるように徘徊すると、ハッとこちらに顔を向けた。
そして、首を傾げた。
匂いはそこにあれど存在がないことを不思議に思っているのだろう。
擬態外套は周囲の背景に溶け込むことで目を欺くだけで、完全に透明になれたり、気配を消せるような万能な宝具ではない。消臭剤で極限まで匂いは消しているが、完全に匂いを消すことは不可能だ。その微かな痕跡で違和感を抱かれてしまったらしい。
姿は見えないものの、なにかの匂いはする。
森狼は自らの嗅覚を信じることにしたらしく前脚を伸ばしてくる。
後ろに動いても気配で確実にバレるし、動かなくても羽織っていた外套がずれて姿が見える。
どうせバレるなら油断している隙に至近距離での撮影をしてしまおう。
森狼に外套を剥がされる瞬間、俺はカメラを構えて超至近距離での写真を撮ってやることにした。
「グルル!?」
伸ばされた前脚によって外套がずれ、俺の姿が露わになると森狼が目をまん丸にする。
シャッターを切ると、そんな音に驚いたのか森狼は跳ねるようにして後ろに下がった。
「今のは面白い写真が撮れただろうな」
現像された写真をケースに仕舞い、カメラをマジックバッグに放り込む。
突然、姿を現した人間に森狼たちは驚きつつも、すぐに襲いかかってきた。
「被写体が近づいてくるのなら結構だ」
森狼の群れが一斉に飛びかかってくるのに対し、俺は宝具を起動した。
頭上から青い光の膜が現れ、俺を包み込むように球状の結界が生成。
飛びかかってきた森狼たちは結界にぶち当たっていく。
中には鼻先をぶつけてしまったのか悶絶している個体もいた。
これは【結界指輪】という宝具で魔力をチャージしておけば、防御用の結界を起動できる。魔法よりも発動が早く、意識さえあれば任意で発動ができるので非常に使い勝手がいい。
発動の速さに重点を置いているために他の防御用の宝具よりも結界の強度は劣るが、森狼のような低級の魔物であれば攻撃は一切通すことはない。
森狼たちは結界を突破しようと必死に体当たりをしたり、噛みつこうとしたり、爪で引き裂こうと試みている。
「これは臨場感が出そうだ」
なにせ魔物が目の前にいて、こちらに殺意を向けて襲いかかっているのだ。
迫力がないわけがなかった。
慌てて俺はカメラを構えて、森狼たちをフレームに収めていく。
獰猛な息遣いが聞こえそうなほどの顔のアップや、跳躍して上から襲いかかってくる姿などを撮影していく。
そうやって撮影に夢中になっていると、突然森狼たちの攻撃が止んだ。
フレームを覗くのをやめて顔を上げると、森狼たちが一定の距離を取っていることに気付いた。
「おい、どうした? もっと襲ってこないか」
挑発するような声を上げてみるも、森狼たちはこちらに視線を向けるも襲いかかってくることはない。しょげたように座り込んだり、漁夫で得た鹿を食べ始めたりと自由な振る舞いを始めた。
宝具の結界があまりにも硬いせいで攻略することを諦めてしまったらしい。
さすがに十分も攻撃して割れる気配がなければ仕方ないか。
結界を纏いながらくつろいでいる森狼たちに近づいてみると、視線こそ向けられるものの襲いかかられることはなかった。
俺のことは食べることのできない生き物だと認識したらしい。
こちらから危害を加えない限り、特に攻撃を仕掛けたり、逃げたりするといったことはなさそうだ。
試しにカメラを向けてみると、森狼たちは胡乱げな視線や警戒の視線を向けてくるものの逃げたりはしない。
素っ気ない視線が好きにしろとでも言っているようだった。
こうして大人しい姿を見ていると、大型犬のようだ。
獰猛な姿を写真できないのは残念だが、こうやってのんびりとした姿を撮影するのも悪くない。さっきの写真と合わせるといい対比になりそうだ。
俺は襲われないことをいいことに好き勝手にカメラを向けて撮影を続けるのだった。




