独身貴族は偵察をする
「結構な数の写真が撮れたな」
木陰で現像された写真をチェックしながら呟く。
森狼を撮影した俺は、その後も探索を続けてコボルド、キラービー、ダンゴロンといった魔物の写真を撮影することに成功していた。
ブレが激しかったり、ピントがずれているものも多いが、宝具の活用により思っていた以上にいい写真が撮れたので非常に満足だ。
写真の成果に満足しつつも、少しだけ気がかりなことがある。
それは普段現れることのない魔物がいくつか出現していたことだ。
森狼やコボルド、キラービー、ダンゴロンなどはもっと森の奥地に棲息している魔物だ。
こんな森の中腹に出現する魔物ではない。そういったイレギュラーは魔物だけでなく、動物なども含まれていた。
一種類や二種類の魔物の出現であれば、棲息圏内からはぐれた個体だったり、餌を求めて狩りにやってきた個体という推測ができるが、ここまで数が多いとそのような推測は破綻する。
つまり、奥地に棲息していた魔物たちが中腹にやってこらざるを得ない状況があったというわけだ。
考えられる状況は自然災害などがあるが、今日の天気は快晴だ。昨日も普通に晴れだったので雨風などによる災害はあり得ない。山火事なんてものも起きた様子はないし、地震による地割れの気配もまるでない。
原因が自然災害でないのだとすると、奥地にいた魔物たちを脅かすほどの強者の誕生。
大きな魔物の群れの形成や上位種の出現だ。
かき集めた情報と冒険者としての勘がそれだけ告げている。
「……面倒だな」
知らんぷりをして帰りたいが、もし上位種の出現や大きな群れの形成であれば、発見の遅れが思わぬ被害を出すことになる。
俺がだんまりを決め込んだせいで他の冒険者が死んだら寝覚めが悪いし、近くを探索していた俺にギルドが追及をしないとも限らない。
無視して帰った方が大きな面倒事になりそうだ。
「それなりの貢献は見せておく必要があるか……」
ため息を吐きながら俺は立ち上がった。
なにも魔物の群れや上位種を討伐しなくともいい。
偵察として情報を持ち帰るだけで十分だ。
幸いにも俺にはカメラがある。
どんな魔物がいるか、魔物たちがどこにいるか写真に撮ってギルドに提出してやるだけで十分な貢献となるだろう。
そんなわけで俺はカメラを首から引っ提げると、森の奥地に向かって探索を始めることにした。
いつもより少し静かな森の中を歩いていると、ノシノシと地面を踏みしめる音が聞こえた。
擬態外套を羽織って木陰に身を隠すと、豚の頭をした太った人型の魔物が歩いている。
オークだ。討伐ランクはC。
三体のオークはそれぞれが離れることなく、ピッタリとくっついて巡回している。
普通のオークはこのように三体で巡回などはしない。つまり、それを指示できるほどの知能を持った上位種がいる証明だ。
少し遠めの位置からカメラを構えて、俺は三体で巡回しているオークたちの写真を撮っていく。
巡回するオークの写真を撮ると、そいつらに構うことなく奥へ進む。
俺の役目は偵察だ。
無暗に手を出して、奥に潜んでいる奴等に情報を与える意味はない。
そんな風に三つほど巡回をかいくぐって進むと、洞窟を見つけた。
入り口には一体のオークが立っている。
どのような場所なのかわかるように、周りの風景を入れて写真を撮る。
巣のようにも見えるが、オークの群れが生活するには小さすぎるように思える。
「……少し探ってみるか」
消臭剤を振り撒き、俺は遮蔽から遮蔽へと移動しながら近づいてみる。
しかし、洞窟の前は開けており遮蔽となるものがない。
ここからは【擬態外套】を頼りに素通りしてみるしかない。
【擬態外套】を羽織った俺は足音を消して、ゆっくりと洞窟へと近づいていく。
入り口を警備しているオークとの距離は五メートルもない。
少し鼓動が早くなるのを感じながらそのまま進んでいくと、あっさりと横を通ることができた。
オークは森狼ほど嗅覚や聴覚に優れてはおらず、俺の気配に気づくことはなかった。
安堵の息を吐きそうになるのを我慢し、洞窟の中を進んでいく。
洞窟は奥へ行くごとに広くなっており、たくさんのオークとハイオークが棲息していた。
数はざっと見ただけで二十から三十はいる。完全に群れだな。
写真を撮りながらオークの横を通り過ぎ、さらに奥に進んでいくとそこには褐色色の肌をし、武装しているオークが立っていた。
オークジェネラルだ。
討伐ランクはB。オークの上位種として君臨する魔物だ。
となると、今回の群れはオークジェネラルの出現によるものか。
森の異変はオークジェネラルの出現による群れの拡大。そう判断していいだろう。
オークジャネラルの写真を撮ると、俺はすぐに洞窟を出ることにした。
「これだけあれば十分だろう」
オークの住処、オークとハイオークの数、そして上位種であるオークジェネラル。
俺の撮った写真を見れば、それらの情報は一目瞭然だ。
「後はこれをギルドに提出すれば……」
現像された写真を見てそんなことを考えていると、洞窟とは別の方から気配を察知した。
俺はすぐに【擬態外套】を深く羽織ると、木立の裏へと身を隠す。
やってきたのは三体のハイオークだ。
ハイオークたちは洞窟へ入っていくと、程なくして食料を手にして出てきた。
それから別の方角へと歩いていく。
あそこがハイオークの住処なのであれば、わざわざ食料を運び出す必要はない。
つまり、食料を運び込む住処がまた別にあるということだ。
「しょうがない。もう少し偵察するか」
精度の甘い情報を持ち帰ったなどと文句を言われるのも面倒だからな。
俺は食料を運び出したハイオークの後ろを付けていくことにした。
しばらくハイオークを尾行していくと、森の北側にある山の麓にまでやってきた。
そこにはぽっかりと大きな穴が空いており、入り口には武装したハイオークが二体ほど立っていた。
明らかにさっきの洞窟よりも大きく、警備体制も厳重だ。
ということは、こちらがオークたちの本拠地であり、先ほどの洞窟はあくまで食料をかき集めるための貯蔵庫的な役割を果たす場所だったのだろう。
ハイオークたちが入り口に近づくと、警備とは別の大きなオークが姿を現す。
黒い肌に発達した大きな牙。上半身を包み込むような漆黒の鎧を身に纏い、手には大きな肉斬包丁を手にしている。オークジェネラルよりも体は一回りほど小さいが、内包されている魔力はこちらの方がより濃密で強烈な存在感を放っている。
間違いない。討伐ランクAのオークキングだ。
オークジェネラルよりもさらに上位種であるキングがいるのであれば、オークたちの統率された動きも、住処を分けるというリスク回避をしていることにも納得だ。
面倒くさがらずにちゃんと確認しておいてよかった。
カメラを構えると、オークキングをフレームに入れる。
やや距離は遠いが、さすがに宝具があってもオークキングの傍に近寄るのは危険だからな。
このくらいの距離感でも写真を見れば、オークキングだとわかるだろう。
シャッターを切ると、カメラから写真が出てくる。
カメラへと意識が向かった瞬間、俺の第六感が激しい警鐘を鳴らした。
撮った写真をすぐに胸ポケットに仕舞って、身を伏せた。
すると、俺の頭上を巨大な肉斬包丁がザンッと通り過ぎた。
肉斬包丁は俺が身を隠していた木立をあっさりと切断しただけでなく、後ろにあった木々も粉砕していた。
写真を撮る際に出てしまう僅かな音に気付いて投げつけてきたらしい。
恐るべき反応とパワーだ。
そのまま身を伏せたまま状態でジッとしていると、配下らしいハイオークが肉斬包丁を取りにきた。その際に周囲を確認するが、幸いには【擬態外套】を羽織った俺の姿を看破することはできず、肉斬包丁だけを回収して戻っていった。
ハイオークとオークキングの気配が完全に無くなったことを確認すると、俺はようやく身を起こした。
「ふう、武器を取りにきたのがハイオークで助かったな」
面倒くさがらずにオークキングが回収にきていれば、バレていたかもしれない。
腕にはそれなりに自信のある俺だが、さすがに群れの真っただ中でオークキングと戦うの面倒だからな。
「……さすがにあの巣の中に忍び込むのは難しそうだな」
あの洞窟の中にどれだけのオークがいるのか気になるが、気配に敏感なオークキングがいるので侵入は不可能だろう。
オークキングが存在するとわかっただけでも大きな収穫だ。
ここらで帰りたい気持ちもあるが、オークキングがいる以上は他にも巣がありそうだ。
「……もう少し他にも巣がないか確かめて帰るか」
オークキングの巣穴から離れると、俺は他にも巣がないか確かめるために偵察を続けることにした。
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