独身貴族は仕事の打ち合わせをする
「ジルクさん、少しだけお時間いいでしょうか?」
工房の給湯室でハーブウォーターを飲んでいるとイスカが声をかけてきた。
集中力が持続している状態で話しかけられるのはあまり好きじゃないのだが、イスカはトリスタンやパレットと違って、無駄口を叩く性分ではない。きちんとした用件があるのだろう。
「なんだ?」
「父が昨日から王都に滞在しており、ジルクさんの都合が合えば食事がしたいと申しております」
「なるほど」
イスカの父であるナルシスとは、前に写真展の時から顔を合わせていない。
写真展の開催とクーラーの販売に向けて互いに忙しかったからな。
「父は一週間ほど滞在しており、ジルクさんのご都合に合わせるとのことです」
ちょうどナルシスも王都にいるようだし、こちらもクーラーの製作こそ忙しいが業務は落ち着いている。ここまで合わせてくれているのなら会わない理由はないな。
「……明日の夜でどうだ?」
「かしこまりました。そのように父に伝えます」
そのように言うと、イスカは軽く頭を下げると速やかに業務へと戻った。
それと入れ違いになる形でトリスタンとパレットが給湯室に入ってきた。
「ジルクさん!」
「話しかけるな。あっちにいけ」
「いきなり酷い!」
「イスカとは話していたのに何で私たちはダメなんですか!?」
会話を拒否したにも関わらず、トリスタンとパレットは食い下がってくる。
俺は話したくないと言っているのに、なんで続けて話しかけてくるんだ。
「お前たちの要件は業務とは関係ないからだ」
「どうしてそう思うんですか?」
きっぱりと告げると、トリスタンが視線を逸らし、パレットが目を丸くして尋ねてくる。
「フロアからルージュがハーブウォーターについて語っているのが聞こえていた。ミーハーなお前らのことだ。なんとなく興味を持ったから俺のやつで味見をしたいとか考えてきたんだろう?」
「そ、その通りです」
「やば! ジルクさんってうちの母さんより鋭いんですけど」
「俺が鋭いというより、お前たちが単純なんだ」
周囲の情報を集め、従業員のそれぞれの性格を把握すれば、どのように動いてくるか推測はできるものだ。
はぁ……イスカとの会話は一分で済んだのに、コイツらとの会話は何倍もの時間がかかってしまっている。これは追い返すよりも受け入れてやった方が早いな。
「飲みたいのなら好きにしろ」
諦めの境地でハーブウォーターの入ったボトルを渡すと、トリスタンとパレットは釈然としない顔をしながらもグラスを用意し始めた。
●
翌日の朝。工房にやってくると、イスカが声をかけてきた。
「本日の夕方。父が馬車でお迎えに上がるとのことです。お店についても父が手配しております」
「わかった」
どうやらナルシスが迎えにきてくれるようだ。お店についてもナルシスが手配してくれているようなので心配する必要はないな。
予定が曖昧だとモヤモヤするのでスッキリすることができた。
これで仕事に集中することができる。
必要な業務連絡をルージュから聞き、本日の仕事を割り振ると、いつも通り仕事にとりかかることにした。
いつも通りに仕事をこなしていると、あっという間に夕方となる。
窓から差し込む夕日でそのことに気付いた俺は、早めに仕事を切り上げてデスクの周りを片付けることにした。
片づけが終わり、出かける準備ができた俺はイスカの方へと視線をやった。
イスカは俺とトリスタンが部品を加工した小型のクーラーを組み立てる作業に没頭している。
集中していて時間に気付いていないのだろうか。
イスカに話しかけても問題ないタイミングを計って、こちらの気配に気づくように近づく。
「イスカ、そろそろ時間だ」
「すみません。言い忘れていました。僕は父より仕事に専念するように言われております」
てっきり三人で食事をするものと思っていたが、イスカは同席しないらしい。
父親が息子を同席させないことを望んでいるのであれば、こちらが無理に連れていく理由はないな。
「そうか。作業中に話しかけて悪かった。後の業務はトリスタンに仰いでくれ」
「わかりました」
イスカにそのように指示を与え、工房内を掃除しながら時間を潰していると、ナルシスの使いらしき執事が工房内に入ってきた。
サーシャが立ち上がって対応をしようとするが手で制して座らせる。
用件がわかっている上に俺が向かえば、すぐに終わることだ。
わざわざ従業員の作業を止めるまでもない。
「ジルク=ルーレンだ」
「ナルシス様の使いの者です。お迎えに上がりました」
「馬車に案内してくれ」
「かしこまりました」
老齢の執事は無駄なやり取りをすることなく、最低限の言葉のみで案内をしてくれた。
無駄な会話をしたくない俺の意図を汲み取ってくれて助かる。
工房の外には一台の馬車が停まっていた。
執事に扉を開けてもらって中に入ると、そこには優しげな笑みを浮かべたナルシスが座っていた。
「お久しぶりです、ジルク様」
「久しぶりだな、ナルシス」
「お店は手配しております。お話についてはそちらでゆっくりといたしましょう」
促されて対面の席に腰を下ろすと、扉を閉めた執事が御者席へと移動。
鞭をしならせて馬車を動かした。
整備された道を馬車が進んでいく。王都の中は人が多いので思うように速度は出せない。ゆっくりと背景が流れていく。
馬車の中では本当に何も話すつもりはないのか、ナルシスは無言で窓の外の景色を眺めていた。
ああは言いつつも雑談を挟んでくる輩が多いので、本当に話しかけてこないことに感心した。ジッとしているだけで目的地に着くのなら楽でいい。
「ジルク様、到着いたしました」
「ああ」
目を瞑って依頼されていた魔道具の構想を練っていると、ナルシスから声をかけられた。
気が付けば馬車は停まっており目的地に着いたようだ。
執事に扉を開けてもらい外に出ると、見慣れた裏通りの光景が飛び込んできた。
アイスロックの立て看板が見えている。
「まさか、ここか?」
「いえ、違います。こちらです」
動揺を隠しながら尋ねると、ナルシスは一つ隣にある店を示した。
隣で雑に置かれた立て看板とは違い、きっちりと向きを揃えて置かれている立て看板には『シンフォニーレストラン』と描かれていた。
ナルシスが先導するように階段を下るので後ろをついていく。
木製の扉をナルシスが開けて、店内に入ると木と煉瓦で構成された店内が広がっていた。
地下に位置しており薄暗いことも相まってか、隠れ家的な雰囲気が漂っている。
落ち着いた内装をしているが、アイスロックほどシックな雰囲気ではない。少しカジュアルさが混じっており、いい意味で親しみがあった。
内装を眺めていると、奥にあるステージが目についた。
そこにはピアノをはじめとする数多の楽器や音響を調節する魔道具が設置されていた。
「……もしかして、ここはピアノの生演奏が聴けるレストランか?」
「その通りです。このレストランは芸術家、音楽家、様々なクリエイターが集まり、作品を披露する場なのです」
「いいじゃないか」
さすがはナルシス。芸術一家だけあって店選びのセンスがいい。
これなら今日の夕食はかなり期待できそうだ。
「本日は貸し切りにしておりますのでお好きな席へどうぞ」
好きな席を選んでいいと言われたので、俺は中央の卓にあるイスに座った。
ゆったりとするならソファー席だが、せっかく貸し切りにしているのならわざわざ端っこに座る必要はない。
俺とナルシスが席に座ると、店員がメニューを持ってやってくる。
「料理と酒の選択は任せる」
「わかりました」
基本的に食べるものは自分で決めることが多いのだが、ナルシスのセンスと観察眼は確かなものだ。ナルシスのおすすめならば悪いものは出てこないだろう。
すべてを丸投げにすると、ナルシスは店員に言伝をして下がらせた。
すると、程なくしてトマトとバジルのブルスケッタや、彩り野菜のバーニャカウダといった前菜料理は出てくる。食事の共になるのは赤ワイン。悪くないチョイスだ。
「乾杯をする前にBGMとなる演奏をお願いしましょうか。今日はジルク様のために新進気鋭の奏者を呼んであるんです」
「ほう、それは楽しみだ。早速、演奏を頼みたい」
せっかく生演奏が聴けるのであれば、是非ともお願いしたい。
ナルシスが太鼓判を押すほどの奏者とやらがどんな人物で、どんな演奏をするかとても気になる。
ナルシスが手を挙げると奥からコツコツとヒールの音が響き、ステージに青いドレスを纏った金髪の女性がヴァイオリンを手にして登場した。
ん? 気のせいか? あの髪色にシルエットをした女性に見覚えがある気がする。
女性はドレスの端を摘んで優雅に一礼をすると、ゆっくりと顔を上げた。
それにより奏者の顔が正面からハッキリと確認でき、バッチリと視線が合った。
「げっ!」
ステージに上がった奏者はアパートの隣人であるカタリナだった。




