独身貴族は婚活市場を語る
「ねえねえ、パレットさんって恋人とかいるの?」
黙々とカルビを焼いていると、ルージュが唐突に尋ねた。
「ええっ! 急にどうしたんですか?」
「いやー、あたしとサーシャは結婚していて子供がいるけど、パレットさんはどうなのかなって思って」
「この年になると、知り合いは既婚者ばかりでそういった恋愛話は聞きませんからね」
「そう! それそれ! だから、若い子のフレッシュな恋愛事情を聞きたいなーなんて」
などともっともらしいことを述べる二人だが、単なる好奇心であることは明らかだった。
前世であれば、セクハラだとか騒がれる質問であるが、異世界にはそのようなハラスメントだとかいう概念は存在していない。
よって、あり触れた会話だ。
「それでどうなの?」
「え、えっと……いません」
その瞬間、トリスタンの身体が大きく震えた。
わかりやすい反応をする奴だ。
「えー? そうなの!? それだけ可愛ければ、彼氏くらいいると思ったわ」
「いえ、私なんて全然ですよ。そんな可愛いだなんて……」
などと謙遜しながらあざとい仕草を連発してみせるパレット。
心の中では肯定していそうだな。
「今までいい人はいなかったのですか?」
「よく告白とかされてましたけど、全部振りました。どうもしっくりこないというか、私の望む条件を満たす人がいなくて」
「パレットさんの望む条件って?」
「まず顔が良くて、背が高い人がいいです。百七十センチ以上で高ければ高いほど! それできちんと収入があって、同い年から二十代後半くらいまでの男性ですかね」
おっと、これは想像以上に具体的な条件が出てきたぞ。
「収入は具体的にどれくらい求めているの?」
「そうですね。年収五百万ソーロは欲しいです」
パレットの条件を聞き、トリスタンがガックリと肩を落とした。
あいつの年収はパレットの求める年収に届いていないからな。
「なるほど。パレットさんは随分としっかりとした条件があるのね」
「幸せな生活を送るためにもお金は必要ですから」
にしても、同年代で年収五百万ソーロか。失笑してしまうな。
「……ジルク、なんで笑ってるのよ」
「いや、別に」
「私の述べた条件ってそんなにおかしいですか?」
ムッとした顔のパレットが俺に尋ねてくる。
「おかしくはない。ただかなり険しい道だなと思っただけだ」
「どうしてです?」
やはりと思っていたが、どうやら知らずに掲げている条件らしい。
「十代から二十代で年収が五百万ソーロを超えている王都在住の男性がどれほどいると思う?」
「えっと、知りませんけど……」
「というか普通知らないんじゃない?」
「王国賃金統計調査局によると、年収五百万ソーロ以上稼ぐ男の割合はおよそ三パーセントだ」
「……よくご存じですね」
「まあな」
サーシャが呆れと感心の入り混じった反応をするが、王城に出入りして、多少の仕事をやっていれば知れる情報だ。
「そもそも二十代で年収五百万ソーロの男を求めている時点で高望みだな。そこからさらに独身という条件が加わり、なおかつ顔が良く、身長が百七十以上という条件を付け足すと、一体どれだけの割合が残るのだろうな」
さらにこの新人と気が合い、交際が続けられる男性となると、天文学的な数字になりそうだ。
「もし、仮にお前が挙げたような好条件の男がいるとして、果たしてそいつはお前を選ぶかどうか……」
十代後半、容姿はそれなりに整っているが、エルシーのように端麗でスタイルがいいわけでもない。まだ魔道具師見習いの身であり、雇用すら安定せずロクに自分の食い扶持も稼げない。
そんな女をハイスペックな男がわざわざ選ぶだろうか?
「ちょっとジルク。いくらなんでも言い過ぎ――」
「目から鱗でした」
「え?」
パレットの怒るでも悲しむでもない反応に、庇おうとしたルージュが戸惑いの声を上げた。
「私、そんなに確率の低い出会いを探していたんですね。確かにジルクさんの言う通り、無理に近いです」
顎に手を当てながら「むむむ」と考え込むパレット。
「条件を下げることは簡単ですが、やっぱり理想は高く持ちたいです。好条件の男を捕まえるにはどうしたらいいと思いますか?」
ここで感情的にならず、素直に打開策を請うとくる様子を見ると、やはり計算高く強かな女だったようだ。
「まずは自分を磨くことだな。たとえば、お前が一人前の魔道具師となり、独立して自分の工房を持ち、数々の人気作を出していけば価値は変わるだろう」
優秀な男の傍には、それを支える優秀な女が傍にいるものだ。
男女の結びつきとは、互いのパワーバランスが釣り合って成立する。それは前世であろうと、異世界であろうと変わらない。
一部の残念な奴等はそれを理解することができず、高望みをして婚活の沼にハマるわけだが。
「なるほど! 届かないなら自分の価値を上げて、届くようにすればいいんですね! 私、立派な魔道具師になれるように頑張ります!」
まあ、魔石の加工すらロクにできない女に需要があるかは知らんが、頑張れ。
「なんかいい感じに纏まっているのが納得できないわ」
「確かにAランク冒険者のエイトさんも、同じパーティーのマリエラさんと結婚しましたね。お互いに強くてお金も稼げてイケメンに美人! 羨ましいです!」
「トリスタンさんにもきっといい出会いがありますよ」
テーブルに突っ伏したトリスタンを月並みな言葉で慰めるサーシャ。
「ところで、イスカさんはどうなの?」
「……僕ですか?」
パレットの恋愛事情が落ち着くと、ルージュはイスカに狙いを定めた。
さっきの会話を聞いてはいたが一切混じることはなかったので、あまりそういった話題に興味はなさそうだ。
「うん、恋人とかいるの?」
「……婚約者ならいます」
「うえええっ! なんだよそれ!?」
イスカの返答に取り乱したのはトリスタンだ。
「とはいえ、家同士の結びつきによる婚約なので、先輩方が期待するような面白い話はありませんよ。まだ会ったことすらありませんので」
パレットと比べると、こちらは比較的にドライだ。
家同士が決めた貴族の婚約などこんなものだろう。
「まあ、イスカさんほどの年齢で、貴族ならば婚約者がいるのは当然ですよね」
「俺にはいないが?」
「ジルクは例外よ」
サーシャの呟くには突っ込むと、ルージュにバッサリと斬り捨てられた。
レナードやグレアスだって婚約者はいない。
俺の周りには婚約者のいない貴族が大勢いるというのに納得できないな。
「ズルい。確定で恋人ができるなんて……貴族って羨ましい!」
イスカの話を聞いて、トリスタンが血涙を流さんばかりの勢いで羨ましがる。
「家の力がなければどこの家とも結びつくことができず、結局は平民のところに嫁いだりもする。貴族だからといって、楽に結婚ができるというのは大間違いだぞ」
「そんな厳しい現実は知りたくなかったです!」
トリスタンは貴族というものにやたらと憧れを抱いているからな。
誤解をしないように現実を教えてやるのも俺の優しさだ。
「さて、腹も膨れたしもう十分だろう」
「なに言ってるのよ。夜はまだまだこれからじゃない」
「俺もまだ食べられます! せっかくジルクさんの驕りで食べられるんで、もっと食べないと!」
解散の雰囲気を醸し出すと、ルージュやトリスタンをはじめとする従業員から反対の声が上がった。
胃袋事情はともかく、大人数での食事に疲れた。
いつもならとっくに自宅に帰って一人の時間を満喫している頃だ。
俺の心が、さっさと一人の場所に行けと囁いている。
「ならば、お前たちは好きに食べろ。俺は一人で家に帰る」
「お勘定はどうするの?」
立ち上がってジャケットを羽織ると、ルージュがお金の心配をしてくる。
「店主に金は渡しておくから問題ない。それと明日は休む。問題ないな?」
「クーラーの予約開始日ではあるけど、ジルクには関係ないし問題ないわ」
「じゃあな」
俺はサッと個室フロアに出ると、店主に多めのお金を渡して店を出た。
多くの客が並んでいる店の前を離れ、大通りは使わずに裏道へ。
ここまで来ると人気はなくなり、ようやく一人になれた。
「やっぱり一人が落ち着くな」
夜空に輝く星々を眺めながら俺はゆっくりと帰路につくのだった。
新作はじめました。
【魔物喰らいの冒険者】
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冒険者のルードが【状態異常無効化】スキルを駆使して、魔物を喰らって、スキルを手に入れて、強くなる物語です。




