独身貴族は悩む
「過労ですね。働き過ぎで心身ともに疲れていたのでしょう。しばらくは、仕事を休んで療養させてあげてください」
「わかりました。そのようにさせます」
中央区にある病院に連れて行くと、ルージュはそのように診断された。
現在、ルージュはゆっくりと休める個室部屋のベッドで眠っている。
医者の言う通り、相当疲れが溜まっていたのだろう。ルージュは熟睡している。
足りなかった睡眠をここで補うかのように。
「ルージュさん、大丈夫でしたか?」
しばらく病室でルージュを見守っていると、トリスタンが入ってきた。
トリスタンにはルージュの家族に彼女のことを伝えるように頼んでおいた。
医者から聞いた診断結果をかいつまんで話すと、トリスタンはホッとしたように胸を押さえた。
「手遅れになるような状態じゃなくて良かったですね」
「そうだな。魔道具と違って、人間の身体は一度壊れると中々元には戻らないからな」
「なんだか不思議とジルクさんが言うと、妙に説得力がありますね。ジルクさんはいつもピンピンしてるのに」
一度、身体を壊して孤独死しているからだろう。
普段はおちゃらけているのに妙なところで鋭い奴だ。
「ご家族の方はどうだ?」
「旦那さんが仕事中でしたが切り上げて、お子さんとやってくるそうです」
「そうか」
ちゃんと家族に連絡が届いたようで何よりだ。
上司として謝罪しなければいけないので、会うのは気が重いがな。
「それにしてもわからん」
「何がです?」
「クーラーを早く広めるためと言っていたが、ルージュはどうしてここまで頑張れるんだ?」
ルージュが俺の魔道具を素晴らしく思ってくれていることはわかるが、どうしてここまで身を粉にできるのか。
ただ一つの商品を売るために、身体を犠牲にまでしてしまえる彼女の精神がわからない。
「多分、子供のためですよ」
「子供の?」
「ルージュさんの子供、少し前に熱中症で倒れたんですよ。暑さに負けちゃって家で倒れたみたいで」
「そんなことがあったのか?」
「クーラーが完成する少し前に、午前中に早退したじゃないですか。その時にですね」
そんなことは聞いていないという言葉が出そうになったが、俺はいちいち従業員の早退理由や休暇理由を尋ねたりはしていない。というかあまり気にしてすらいない。
それがわかっていたから彼女もわざわざ報告してこなかったのだろう。
「自分の子供が二度とそんな風にならないために頑張りたくなったんじゃないですかね。クーラーの販売が早まれば、俺たち平民のところに届くのも早くなりますから」
「……そうか」
トリスタンから事情を聞いたお陰で、彼女の過剰な熱意と行動理由がわかったような気がした。
しかし、結婚しておらず、子供などいない俺には真の意味で理解することはできない。
大事な誰かのために頑張るなどというものは、自分の気の向くまま自由に生きる独身とは縁遠い感情だからな。
「ルージュ!」
「ママ!」
しばらく病室で待機していると、ブラウンの髪をした大柄な男性と、同じ髪色に翡翠の瞳をした少年が入ってきた。
かなり急いでやってきたのだろう。二人の息は荒れており、汗をかいているようだった。
「ルージュの上司のジルク=ルーレンだ」
「ルージュの夫のダリルです。こちらは息子のフィルです。早速ですが、妻の状態を尋ねても?」
挨拶もほどほどにルージュの状態について丁寧に説明する。
命に別状や後遺症などがないことをしっかりと伝えると、ダリルはようやく安心した顔になった。
「この度は妻がご迷惑をおかけして大変申し訳ありません」
「いや、謝るのはこちらの方だ。ルージュに甘えて、無理をさせてしまう形となった」
「いえ、クーラー販売の経緯は妻から聞いておりましたので。彼女の体調については家族である私はしっかりとし、引き留めるべきでした。ジルク様の責任ではありません」
「いや、部下の体調管理も上司の務めであって――」
「お二人とも気持ちはわかりますが、病室ですしそこまでにしませんか?」
「そうだな」
「ですね」
互いに謝罪し合っていたダリルと俺であったが、トリスタンに窘められて苦笑し、会話を打ち切った。
まさかトリスタンに注意されるような日がくるとはな。
◆
ルージュの旦那が来て程なくすると、俺とトリスタンは工房に戻ることにした。
あの場で俺たちが残っていてもルージュの回復が早めるわけでもないし、旦那にも気を遣わせてしまうからな。後で改めて様子見をしにいこう。
「急患です! 退いてください!」
病院の廊下を歩いていると、担架のようなもので運ばれる子供と、それを運ぶ看護師たちがやってきた。
一般人である俺たちは邪魔にならないように端に寄って見送る。
「熱中症ですかね」
「そうだな」
首、脇の下、太もものつけ根などを冷やしていることから熱中症の処置であることがわかる。付きそう両親が酷く心配げな顔だった。
ルージュの子供もあんな風にして運ばれたんだろうか。
いかんいかん。病気や怪我で倒れる者を全て気にしていてはキリがない。
緊急搬送の一団が去っていくと、騒がしかった廊下に静寂が訪れた。
病院を出て工房までの道のりを歩いていく。
外は太陽の日差しが強く、歩いているだけで汗をかくほどだ。シンプルに暑い。
げんなりとした俺とトリスタンは暑さから逃げるように速足で工房に駆け込む。
工房の中ではクーラーがしっかりと稼働して、涼しい空気で満ちていた。
「ジルクさん、クーラーの販売はどうします?」
タオルで軽く汗を拭って、ホッと息を吐いているとトリスタンが尋ねてきた。
どうするというのは今年の夏に販売するか、来年に延期するかという問題だろう。
ルージュが過労状態になっている以上、すぐに復帰して働かせるわけにはいかない。
彼女はそれを望むだろうが、上司としての俺は許可することをできない。
クーラーの販売などよりもルージュの身体の方が大事だし、復帰してまたダウンでもされたらそれこそ目も当てられない。
そうなったら家族にはどう謝罪すればいいのかわからないし、ジルク工房の社会的な評判だって落ちるだろう。そうなる可能性が高い以上、ルージュの早期復帰は認められない。
きっちりと心身が快調な状態になるまで休ませるのが一番だ。
販売担当であるルージュが休む以上、従ってクーラーの販売は来年に延期。
これが工房長として当然の決断だ。
それなのにどうしてすぐに延期を決断できない?
トリスタンからルージュの想いを聞いてしまったせいか、妙に心で引っ掛かってしまう。
他人のことを深く気にしないし、いちいち干渉したりしない。
俺は自由を愛する独身者……なのにな。
「わからん」
「えー? 販売を実行するか、延期するのかの二択じゃないんですか?」
曖昧な俺の言葉に煮え切らない様子のトリスタンを放置し、俺はルージュの報告書に目を通す。
「販売には手を出さないんじゃなかったんですか?」
「穴が開いてしまった以上、どのような決断をするにも仕事の把握は必要だ」
などと述べるが、ルージュのやっている仕事内容は把握している。
今、目を通しているのは現状の進行とこれからの動きだ。
それらを照らし合わせてルージュが十分な休憩をとって、復帰して間に合うかどうかを計算。
結果……無理だ。
元の業務量が膨大な上に、そこにクーラーの販売が加わっている。
対応する相手は貴族から商人、高位の冒険者、魔道具店と多岐にわたる。
ルージュがいくら優秀であろうと、作業量には限界というものがある。
この業務量では彼女が復帰して動き出しても間に合わない。
しかし、既に業務のほとんどは問題なく進行しているので、後は指揮をとれる人間と単純なマンパワーさえ揃えれば問題なく作業は進むだろう。
それができるのは俺だけだ。
「……少し外に出てくる」
大きくため息を吐くと、俺は報告書を閉じて立ち上がった。




