独身貴族は焚火を作る
「ふう、やはり一人は最高だ」
王都を出て東の森にやってきた俺はしみじみと呟く。
今日は知らない職員に絡まれ、これまた知らない冒険者にちょっかいをかけられた。
あの男の口ぶりからして明らかに正義感というより私怨なのだろう。
こちらとしては恨まれることをした覚えはまるでない。
一体、何が気に食わなかったのだろうな。
いくら考えたところでは俺はあの男の思考をトレースできるわけではない。
これ以上、考えたところで無駄だろう。
そう結論付けたところで俺は思考を打ち切ることにした。
「この辺りにしよう」
今日はいつもの湖の傍ではなく、日陰のしっかりとした平地にする。
陽光が厳しい季節になったので、こういったところの方が過ごしやすいからだ。
それにたまには場所を変えたい気分の時もある。
場所を決めると、次はレイアウトだ。
テント設営で大事なのは平坦であること、水はけがいいこと、風通りが弱いところなどと色々とあるが、俺が重視しているのはどんな景色が見たいか。
せっかくいい場所に組み立ててとも、そこから見える風景がつまらないと最悪だからな。
自分が気持ちよく過ごせるレイアウトを探るのが重要だ。
マジックバッグからテントセットを取り出し、見える景色を吟味。
「よし、この角度ならいいだろう」
レイアウトに問題がないことを確認するとテントを広げ、ハンマーで杭を打ち付ける。
キンキンキンキンとハンマーで杭を叩く音が響き渡る。
静寂な空気が漂う森の中ではやけに大きく聞こえた。
杭を打ち付けるとポールを立ててテントを調整。
これがまた難しいが左右綺麗にポールが立つととても嬉しい。
自分だけの城を組み上げたような感覚だ。
テントが出来上がると、この間買ったばかりの一人用アイアンテーブルを設置。
日光を受けて鈍色に光るテーブルがかっこいい。
キャンプに行くことのできない時期にもどかしくて新しいキャンプ道具を買ってしまう。
結果、新しい道具を使いたくなりキャンプに行きたくなる。
キャンパーの悪い癖だが、こればかりはどうしようもないな。
イスを設置すると、ゆっくりと背中を預ける。
視界に広がる樹木たち。
草花の香りや土の匂いが強く感じられ、とても落ち着く。
騒がしい都会から離れ、自然の中で自由を謳歌する。
独りでいるという贅沢を咎めるものは誰もいない。
ここ最近は仕事やら人間関係で煩わされることが多かったので、殊更に解放感が強かった。
しばらくは何をするでもなく一人でボーッとする。
何もしない時間を作るというのも大切だ。
一人で家にいたとしても読書をしたり魔道具の開発をしたり、何かと行動をしてしまい身体を真に休めることは難しい。
だからこうやって本当に何も考えずにボーッとする時間も人間には必要なのだ。
自然に身を任せてゆったりとする。
「……散歩でもするか」
小一時間ほど身体を休めていたお陰か脳がスッキリとし、先ほどの騒動でのモヤモヤも随分と晴れていた。
イスから立ち上がると歩き出す。
とはいっても、ここは魔物の住まう森の中。
手ぶらで動き回るわけにもいかないので、装備はしっかりと身に着けておく。
少し湿気た草と土を踏みしめながら足を進める。
とくにあてもなく気の向くままに歩いていると、水の流れる音が聞こえた。
その音に釣られるように歩いていくと、見晴らしのいい川にたどり着いた。
湖とは違って勢いよく水の流れる音がしている。
川に沿って歩いていると横断するように石が並んでいることに気付いた。
「飛び石か……」
歩行者が水路などを横断するために配置した橋。
人間が川を渡るために考案した初期の形態の一つだ。
飛び石の上を渡って川を横断していく。
自然でこのような飛び石が形成されることは滅多にないので、昔ここにやってきた人間の誰かが設置したのだろう。
過去に他人が設置したものを勝手に再利用していると考えると、不思議な気持ちだ。
「もう少ししたらカヌーで川下りをしてみるのもいいな」
これからドンドンと暑くなってくるので、そういった夏のアクティビティをやってみるのもありかもしれない。
上流の方に行けばもっと流れは強くなっており、スリルを楽しむこともできるかもしれないな。
川を眺めながら俺は夏のキャンプの楽しみ方に思いを馳せた。
●
散歩からテントに戻ってくると、周囲の様子を確認。
動物や魔物の足跡などはなかったのでこの辺りは安全なようだ。
道中拾ってきた薪を地面に置いて、焚火をすることにする。
この後の昼食で火を使うわけだし、やはり外にやってきたら焚火だ。
その辺に転がっている石で囲いを作る。
拾ってきた薪はどれも大きい。
このまま並べて着火したところで燃え難いので、薪を小さくする必要がある。
ナイフを差し込み、上から薪を打ち付けて押し込むことで、薪がパカンと半分に割れた。
それを繰り返していくだけだ。
やがてちょうどいいサイズの薪が出来上がると、火口や焚き付け材が必要だ。
そのために細く割った薪の表面をナイフで削って、毛羽立たせる。
いわゆるフェザースティックというやつだ。
フェザースティックには大きく分けて二つの種類があり、少し厚みを持たせて削る金ドリーフェザーと、着火しやすいように薄く細く削ったティンダーフェザーがある。
この二種類を上手く使いわけることで効率良く火を育てることができるのだ。
二種類のフェザースティックを作ると、薪を組み立てる。
その中心部にティンダーフェザーを入れ、火の魔道具で着火。
ティンダーフェザーに火が移ると、瞬く間に火が大きくなる。
特に風を送り込んだりはせず、様子を見ながら薪の位置を調整。
火を保つためにドリースティックも投入して、火を育てる。
パチパチと小さな薪が弾け出し、薪の燃える匂いが漂う。
火が大きくなってきたら大きな薪をくべていく。
火を育てるだけのこの時間が楽しく、とても贅沢だ。
ゆらゆらと揺らめく火は一度たりとも同じ動きをしない。
そんな揺らめきは見ているだけで楽しく癒され、時間の流れを忘れてしまいそうだ。
「そろそろ昼食を作るか」
いつもより出発する時間が遅れたとはいえ、色々とやるべきことをやっていたら太陽は既に中天を過ぎていた。
いつもならとっくに昼食を食べている時間なせいか、空腹を訴えるように腹が鳴っている。
マジックバッグから調理に必要な食材や道具を取り出す。
まずは燻製だ。
スライスした生ハムを木箱の中に置く。
燻製機をチューブに繋ぎ、箱の中にチューブを入れる。
木箱に蓋をし、燻製機にチップを入れると焚火の日を利用して燃焼。
チップが燃えて香ばしい匂いが漂い出すと、木箱の中に煙が噴射された。
生ハムを燻している間に他の作業も進める。
まな板の上で生ハムを食べやすい大きさにカット。
次にきゅうりを斜め切りにし、一センチ幅の細切りにしていく。
それらをボウルに入れると、醤油、砂糖、アカラの実という辛みのある調味料を加えてスプーンで混ぜる。
これできゅうりと生ハムのピリ辛和えの完成だ。
お次はアボカドの下処理だ。
縦に切れ込みを入れて捻るとばっかりと半分に割れる。
包丁の根元部分で綺麗に種を取り出すと、手でぺりぺりと皮を剥く。
すると、柔らかな緑の身が露わになり、それを五等分にほどにする。
それをスライスした生ハムの上に巻いてくるりと巻いていく。
これでアボカドの生ハム巻の完成であるが、これだけだとつまらないので揚げてしまおう。
焚火の上にスキレットを設置し、油を投入。
ここからわざわざ衣を作らないといけないのが普通だが、マジックバッグ持ちの俺には必要ない。
自宅で既に作成していたバッター液とパン粉を取り出すと、そこにアボカドの生ハム巻を絡めて油の中に入れる。
ジュワアアアッと油の弾ける音が森の中に響き渡る。
自然には不釣り合いな音がちょっと面白い。
自宅で揚げ物をすると油の跳ねが気になるが、外ならばお構いなしだ。
生ハムとアボカドは生でも食べられるので、衣に揚げ色がつけば問題ない。
狐色に染まったものからすぐに引き上げていく。
皿に並べてレモンを添えればアボカドの生ハム巻揚げの完成だ。
二つの料理が出来上がる頃には生ハムの燻製もすっかり終わっているだろう。
他の食材ならともかく生ハムはかなり薄いからすぐに燻されるものだ。
木箱の蓋を開けるとチップで燃焼した煙がもくもくと上がってくる。
視界が晴れる頃にはすっかりと燻された生ハムが鎮座していた。
しっかりと薫香も付いているので問題ないだろう。
今日の料理のお供は白ワイン。
生ハムといえば赤ワインというイメージがあるが、白いワインだと合う。
ただ注意するのは生ハムの邪魔にならない酸味の少ないことを選ぶことだ。
これはカレッティと呼ばれるもので、店員にオススメされたワイン。
生ハムにも合うとのことだが飲んだことがないので実際の味までは知らない。
グラスに注ぐと美しい琥珀色の液体で露わになる。
「爽やかな香りだな」
香りを十分に楽しんだところで乾杯の一口とばかりに口をつける。
口の中に広がるレモンやセージの風味。爽やかなですっきりとした味わいで、最後にほんぼりと甘さを感じる。
確かにこの味わいなら生ハムの邪魔をしなさそうだ。
「さて、食べるとするか」
最初に食べるのはきゅうりと生ハムのピリ辛和え。
シャキシャキとしたきゅうりの歯応えが気持ちいい。きゅうりの瑞々しさと生ハムの塩っけがとても良く合う。
絡みついているタレはピリ辛く、ちょうどいいアクセントとなっていた。
まるで洋風ユッケ。食欲がみるみると湧いてくる料理だ。
白ワインで爽やかに呑み流すと、お次はアボカドの生ハム巻揚げ。
キュッとレモンを絞ってから口に運ぶ。
サクッとした衣の感触。生ハムの塩気とアボカドのクリーミーな甘みと旨みが非常に合っている。
アボカドは生で食べることが多いが、こうして火を通すことでよりとろっとした食感が味わえていた。
「一手間かけて正解だな」
衣を纏うことでやや重い味になってはいるが、そこはレモン汁と白ワインが見事に中和してくれる。フォークが止まらない。
そして、最後のお楽しみが生ハムの燻製だ。
赤々としていたお肉であるが、燻されたことによってやや茶色みを帯びていた。
身が薄いので短時間でもしっかりと薫香がついている。
一枚だけを丁寧に持ち上げて味わう。
生ハムの旨みや塩気に加わる、香ばしい燻製の風味。
「……美味い」
薄い身の中に凝縮されていた味が、さらに味わい深いものに昇華していた。
白ワインを含むと、口の中で味が変化していく。
何度も口の中で味が変わり、最後にはスッキリとしたワインの甘みが残る。
店員がオススメしていただけあって、生ハムとの相性が非常にいい。
「これは酒が進むな」
俺は三種類の生ハム料理をちびちびと食べながら杯を重ねていくのであった。




