独身貴族の正当防衛
騒がしい生活をしていると無性に外で一人になりたくなる。
レナードや家族に振り回された翌日は日帰りキャンプをすることにした。
いつものように冒険者装備を身に纏うと、今日の昼食のために市場に繰り出す。
「さて、今日は生ハムをどうやって食べるか……」
主に使う食材は以前買った生ハムの原木だ。
一人でちょくちょくと食べ進めているが一向になくなる気配はない。とはいえ、すぐに腐ったりするわけでもないので、ゆっくり食べればいいだろう。
外で燻して食べるのは決定として、もう二品くらいは作りたい。
「きゅうりと和えてピリ辛風にするか。後はアボカドと巻いて揚げるのもいいな」
サッと料理が思いついたのでそれに必要な食材を買っていく。
通常なら荷物になってしまうの外での料理は極力質素なものにするが、マジックバッグを持っている俺にはそのような遠慮は必要なかった。
……このアボカドは緑がかっているな。隣の黒い方がしっかりと熟していて柔らかそうだ。
狙いを定めてアボカドに手を伸ばすと、誰かの白い手と重なった。
「「あっ」」
手を伸ばしてきた人物はエルシーだった。
思わず顔を見合わせて間抜けな声を漏らす。
いつものバーの制服ではなく、白のノースリーブにデニムといったラフなファッション。
涼やかでスラッとした足が長く見える。
華やかさよりも動きやすさ重視といった感じがエルシーらしい。
「取るといい」
「……ありがとう。それじゃあ、遠慮なく」
譲るとエルシーはすんなりと手に取る。
遠慮をし合うという無駄なやり取りが発生しないので実に気持ちがいい。
あれは日本人の悪しき国民性だ。
熟したアボカドは他にもある。
色合いやヘタの周りを注視して、しっかりと熟している別のものを手に取った。
「……バー以外で会うのは初めてね」
「会うというより遭遇しただけだがな」
エルシーも同じ街に住んでいるはずだが、お店以外では一度も遭遇したことはなかった。
このように顔を合わせることは珍しい。
とはいっても、外で会ったからといってお茶をするような仲ではない。
あくまでエルシーはバーの店主であり、俺はその客だ。
外に出てしまえば互いにプライベートなので干渉する必要はない。
アボカドの清算を済ませてそのまま歩き出そうとすると、エルシーが口を開いた。
「……そういえば、あなたの売り出したコーヒーミルを買ったわ」
「よく手に入れられたな」
現段階で持っている。ということは、発売初日の朝に買ったということ。
それ以降は増産されておらず、未だに店頭に並んでいない。
つまり、今持っている者はコアなファンであることになる。
「……友人が教えてくれたのよ。美味しい飲み物が作れる魔道具が発売するって」
「コーヒー好きの友人がいたのか」
「……喫茶店ではあなたも毎日のように顔を合わせているはずよ」
エルシーにそう言われるがピンとこなかった。
あの店でまともに会話するのはロンデルとリタを除くと、ノイドくらいのもの。
そのノイドも最近はアルバートの補佐で顔を出すことも少なくなっている。
「……亜麻色の髪に眼鏡をかけたエルフ」
「ああ、いつも窓際で一人本を読んでいるエルフか。顔は合わせるが喋るような仲じゃない」
「……そう」
言われてようやく思い出す程度。視界の隅で見かけるが会話したことなどなかった。
あのエルフとエルシーが知り合いだというのが驚きだ。
王都は本当に狭い。
「……長々と引き留めてごめんなさい。コーヒーでお酒を作ってみたから、暇があったらまた呑みにきて」
「わかった。今夜にでも行くことにしよう。ついでに炭酸水と燻製を持って」
「助かるわ」
会計を済ませるとヒラヒラと手を振って去っていくエルシー。
コーヒーを使った酒となると、コーヒー酒のようなものだろうか。
カルーアリキュールといったものは、今のところ発見できていないのでコーヒー系のお酒は久し振りだ。
「……今日の楽しみが増えたな」
●
買い物を済ませると、俺は冒険者ギルドに顔を出す。
掲示板に張り出される依頼を眺めて、東の森の状況を精査する。
「こんにちは、ジルクさん。周辺状況の確認ですか?」
すると、ブラウンの髪をした職員が声をかけてきた。
見ない顔だ。こんな奴、ギルドにいただろうか?
「忘れちゃいましたか? 一か月ほど前に入りましたミリーナです」
怪訝な表情を浮かべると、職員が苦笑いをしながら自己紹介をする。
ああ、そういえば前に新人が入っていたな。
ガウェインやカレンと出会ったことの方が遥かに印象が強かったので、すっかりと忘れていた。
「……そうか。忘れていてすまない」
「今度こそしっかり覚えていてくださいね」
などと言われるが、ほとんど接点がなく重要人物でもないので覚えられる自信がない。
ギルドに毎日顔を出しているわけでもないしな。
というか、この女はいつまで隣にいるのだろうか。
既にギルドで働き始めて一か月だ。顔見せのような仕事はしなくていいだろうに。
何を考えているのかわからない職員だ。
「今日も東の森の周辺状況を確かめにこられたのですか?」
「そういうわけだ。俺には構わず自分の仕事に戻っていいぞ」
隣で話しかけられると情報整理の邪魔でしかなかった。
「おい、てめえ! ミリーナにそんな言い方しなくてもいいだろう!」
ミリーナという職員に持ち場に戻るように告げると、突然後ろから声をかけられた。
「どちら様だ?」
「俺はアーキンス。あんたと同じBランク冒険者だ」
名乗りを上げる冒険者であるが、その名前にはまったく聞き覚えがない。
前からこのギルドにいるのか、ここ最近流れてきた者なのかも全く判別がつかなかった。
「一応、名乗っておく。ジルク=ルーレンだ。それでお前は何が気に食わないんだ?」
「お前の態度だ! ミリーナがせっかくお前の力になろうとしているのに、さっきの言い方はなんなんだ?」
「当事者が言うのであればともかく、どうしてお前が突っかかってくる?」
「うるさい。今はそんなことはどうでもいいんだよ」
「いや、どうでも良くはないだろう」
この男の言い分は何ら理屈が通ったものではない。
そもそも俺は情報集めをしてくれなどと頼んだことは一度もない。
前回も同じようなことをされて必要ないと断っている。
それでも懲りずに絡んでくるので下がれと言っただけだ。
別に冒険者はギルド職員のサポートを受けなければいけない決まりはない。それを拒否したところで、何も問題はなかった。
それでどうなろうと全ては自己責任。それが冒険者というものだ。
などと感想が湧いてくるが話しの通じない男を相手しても無駄だろうな。
別に自分に非があるとは思わないが、相手にするのも面倒だ。
「はぁ、悪かった。今度からは気をつける」
「なんだよ、その態度は? 魔道具師でBランクになれたからって調子に乗ってるんじゃねえぞ!」
謝罪するも男は激昂して掴みかかってくる。
それを躱すことはしない。
代わりに装備している宝具が反応し、男が吹き飛ばされた。
【衝撃の首輪】という宝具の効果で攻撃者に対して自動的に衝撃を放つもの。
「いってえな! この野郎!」
「正当防衛だ」
尻もちを突いている男に淡々と告げると、相手は激昂して剣に手をかけた。
男の行動にギルド内が剣呑な空気で満ちる。
ギルド内で武器を抜くのはご法度だ。
どこの国や街のギルドで共通している当たり前のルールであるが、目の前の男はそんなことすら忘れているらしい。
「あっちが先に攻撃を仕掛けてきた上に、剣を抜いた。多少の荒っぽい対処は問題ないな?」
「あ、はい! できれば穏便にお願いします!」
新人とは違った長いこといる女性職員に念を押すように尋ね、言質を取ることに成功した。
これだけやらかすと殺傷してしまっても問題ないが、それでもペナルティを受けるし、後々の問題にもなる。
できる限りスムーズに無力化するのが望ましいだろう。
「行け。【拘束の蛇鎖】」
ズボンに付いている鎖を外し、魔力を流して放り投げる。
魔力のこもった鎖は集合して蛇になり、突進してきた男の手足に絡みついた。
「ぐっ、なんだこれ!?」
転倒し剣を取り落としてしまう男。
必死にもがいて脱出しようとするが、蛇の形を成した鎖はより強靭に絡みつく。
まともな人間では身動き取れないだろう。
通常ならばこれで戦闘終了であるが相手も冒険者。
それでいながら俺と同じBランクというスペックを持っている。
俺のように宝具をいくつも所持している可能性があるし、特別な魔法やスキルを持っているかもしれない。この程度で終えてやるような優しさは命取りだ。
「【怠惰な杖】解放」
続いてマジックバッグから杖を取り出し、発動キーワードを唱える。
紫色の宝玉が輝き出すと、倒れ伏していた男に超重力がかけられる。
「がはっ!」
ギルドの地面が凹んでしまうほどの加圧を受けた男は、短い悲鳴を上げて意識を失った。
「うへぇ、同じBランクを瞬殺かよ。全然何してるかわかんねぇ」
「……お前、ジルクに勝てるか?」
「無理だね。どんな効果かもわからない宝具を何十、何百と持ってるんだぞ? 初見殺し過ぎだろ」
「あいつに喧嘩売るくらいならドラゴンに喧嘩売る方がマシだ」
戦闘が終わってざわざわと騒ぎ出す冒険者。
荒事に慣れている彼らはこの程度のことでビビりもしない。
視界の端では俺と男のどちらが勝つかで賭けが行われていたらしく、金銭のやり取りをしているのが見えた。
「こいつらは本当に自由だな」
「ちゃんと生きてますかね?」
しみじみと呟いていると、新人とは違う職員が尋ねてくる。
「生きてる。が、応急処置はした方がいいだろう」
「そ、そうですね」
「それと俺はもう行っていいか? いい加減、森に行きたいんだが……」
いつもは適当な依頼を受けてから行くのだが、このようになってしまってはそれどころではない。
さっさとこの場を抜けて、森でのんびりしたい。
「ジルクさんも相当自由ですよね。まあ、今回はジルクさんにまったく非はないので結構ですよ」
職員から正式に許可を貰うと、俺は宝具を回収してギルドを後にするのであった。




