独身貴族は家族写真を撮る
「外に出ていったと思ったらこんなところにいたのね」
セブルと駆け回り、元の場所に戻ってくると、カーネルだけでなくレナードとイリアがいた。
「仕事の相談は終わったのか?」
「一応ね。ウエディングドレスと合わせた指輪を作って、フェアを打っていくことにしたわ」
「そうか」
上手く話が纏まり、俺に仕事が回ってこなければそれでいい。
「それにしても、いい馬に乗っているわね」
「ブルルッ!」
レナードが軽々しく手を伸ばそうとすると、セブルが威嚇の声を上げながら後ろ脚で蹴り出した。
「危ないわね!」
「見ての通りだ。迂闊に近づくのはオススメしない」
レナードの焦った反応がちょっと面白い。
セブルは賢い馬なので一度目は当てたりしないが、二度目は保障できない。
威嚇した本人は特に悪びれた様子もなく泰然としている。
「相変わらず、セブルは兄さん以外に懐かないわね」
「今は早駆けを楽しんだ後で、知らない奴に絡まれたくなかったんだろう」
一人を好むものからすれば、大勢の集団というのはそれだけで苦痛だ。
他の奴等に絡まれる前に手綱などを外して、セブルを解放してやる。
すると、セブルはぽくぽくと歩いて誰もいない場所に移動。そこでのんびりと草を食み始めた。
カーネルに馬具を預けると、俺たちは屋敷へと戻る。
商談が纏まったのならいつまでも滞在しておく必要はない。
そそくさと荷物を纏めて帰ろうとすると、そこに立ちふさがったのは両親だった。
「ジルク、お客人がいらっしていたのならちゃんと言いなさい」
「そうだよ。ジルクが屋敷に誰かを連れてくるなんて初めてじゃないか。ちゃんと僕たちにも紹介してくれないと」
「あら、ジルクのご両親ね。初めまして、レナード=アクウィナスよ」
「ジルクの母のミラ=ルーレンと申します」
「父のレスタ=ルーレンです。いつも息子がお世話になっております」
「いいえ、お世話になっているのは私の方だもの」
自己紹介をし合う良心とレナード。
レナードの女言葉に両親は少し戸惑っていた様子だが、アクウィナス家の当主の噂は知っているのだろう。動揺をすぐに捨てて見事に順応し出した。
「アクウィナス様はジルクとはどのようなお付き合いなので?」
「学院時代からの友人で今でも仲良くさせてもらっているわ」
母さんの問いに答えるレナード。
それを聞いて、父さんが目を輝かせる。
「ということはジルクの友人! いやあ、会えて嬉しいです。うちの息子は友人を屋敷に招いたことがないので」
「それに自分のことに関してはまったく喋らない子ですから。学院でもどんな風に過ごしていたのかさっぱりで……」
「いや、学院生活に関しては定期的に手紙を送っていたじゃないか」
「あんな業務連絡と魔道具に関する論文なんて報告になるわけないでしょ」
俺の突っ込みをばっさりと斬り捨てる母さん。
だとしたら、俺がわざわざ手紙で定期報告をしていた意味はなんだったのかと問い詰めたい。
「でしたら私が知っている範囲でジルクのことを話しましょう」
「「是非、お願いします」」
「おい」
俺が抗議の声を上げるもレナードと両親はまったく気にせず、三人でリビングに向かってしまう。
はあ、こういうことになるからレナードと両親を合わせたくなかったのだ。
「ジルク、あなたもいらっしゃい」
「断固として断る」
三人の会話に混ざるなんて地獄以外なんでもない。
母さんの誘いを拒否すると、俺はリビングへと引っ込んだ。
●
「ジルク、王都で個展をやり始めたんだって? レナードさんから聞いたよ?」
「どうして早く教えないのよ。招待チケットはないの?」
リビングでゆったり本を読んでいると、父さんと母さんがやってきた。
さっきまでアクウィナス様と呼んでいたのに、いつの間にか呼び方がかなり砕けている。
かなり俺の話題で仲良くなったようだ。
「持ってるがわざわざ王都まで見にくるのか?」
「当然だよ。ジルクの撮った写真ってやつがどんなものか気になるし!」
キラキラとした眼差しで即答する父さん。
どうせ招待チケットを渡さなくても勝手に行くに決まっている。
ため息を吐きながら俺は二枚のチケットを差し出した。
「もう少しない? どうせならアルトたちも連れて行きたいわ」
家族全員で行くつもりらしい。個展の確認を初日に済ませておいて良かった。
催促してくる母さんに追加で四枚ほど渡した。
まあ、手元に残しておいても使い道はないしな。
セーラは幼児に分類されるので仮に行くとしても招待チケットは無用だ。
そのことを伝えると、両親は満足したように頷いた。
「ジルク、写真ってやつを出せる宝具を見せてくれないかい? どんなものか気になるんだ」
「ああ」
父さんは宝具がどんなものか興味があるのだろう。
マジックバッグから宝具を取り出して、見せてやる。
父さんならイリアと違って触らせても壊すようなことはない。
「へえ、不思議な形をした宝具だね」
カメラを丁寧に持ち上げて色々な角度から眺める父さん。
「ここから覗き込んだ景色を写し出せるのかい?」
「そうなるな」
ファインダーからリビングを覗き込んでは感心した声を上げていた。
「ねえ、ジルク。せっかくだし家族の皆と写真でも撮れば?」
「いや、別に家族写真なんて――」
「それはとても素敵だね! できるなら是非やりたいな!」
レナードの突拍子もない提案を断ろうとしたが、父さんがとても嬉しそうに言った。
ここまで満面の笑みを向けられては無下にするのも憚られる。
「余計な提案を……」
「ごめんなさいね。でも、ご両親はこんなにもあなたのことを想ってくれているんだもの。少しくらい肩入れしたくなるわ。それに写真っていうものの本来の使い道は本来こういうものなんでしょ?」
そのように言われては写真の正しい使い道を説いて手前、表立って反対するのも難しかった。
両親とどんな話をしたのかは知らないが随分と仲良くなったものだ。
「……はぁ、わかった。撮ってやろう」
「やった! 皆を呼んでくるよ!」
父さんが急いでリビングを出ていく。
屋敷にいる家族を集めに行ったのだろう。
かと思えば何故か母さんまで出ていく。
「どこに行くんだ?」
「その写真というのは、形になって何度も見返せるのでしょう?」
「そうだが?」
言葉の意味がわからず首を傾げると、母さんは呆れたようにため息を吐いて出て行った。
いや、なんだと言うのだ?
「何度も見られるのよ? 姿を整えたいと思うのは当然じゃない」
レナードに言われてようやく母さんの退出理由がわかった。
用するにただのお色直しだ。写真に写ることを気にして、見た目を整えようとしているらしい。これは主に女性陣の時間がかかりそうだ。
少し待っているとすっかりと正装姿に着替えた父さんと、ルードヴィッヒがやってきた。
「なあ、ジルク。俺たちはこれからパーティーにでも行くのか?」
戸惑った様子でルードヴィッヒが尋ねてくる。
どうやら仕事から帰ってきた途端イリアとギリアムに掴まって正装姿にされたらしい。
普段屋敷で正装なんてすることはないからな。急に着せられたら戸惑いもするだろう。
混乱しているルードヴィッヒに状況を説明してやると、ようやく納得したのかホッとしたように息を吐いていた。
遅れてアルトがやってきて、しばらく待っているとようやく女性陣の準備が整う。
ドレスとまではいかないが、化粧や装飾品はしっかりとつけている。
ただの家族写真で大袈裟だな。なんて思うが、それを言うとさすがに顰蹙を買うことは理解しているので黙っている。
「よし、揃ったな。なら、適当に並んでくれ。撮ってやる」
「何言ってるのよ。家族写真なんだからジルクも入るのよ」
「お前が撮るのか」
「そうよ。私が撮ってあげるわ」
「できるのか?」
「撮影するところを何度も傍で見ていたもの。撮り方くらいわかるわ」
とはいえ、万が一のミスがあると非常に勿体ないので、念のたねに改めてレナードに撮り方をレクチャーしておく。
「絶対に壊すなよ? 三億ソーロする上に壊れたらいつ手に入るかわからんのだからな?」
「げっ、兄さん。それに三億ソーロも払ったの?」
「だ、男性の買い物は剛毅ですね……」
イリアがドン引きの表情をし、フィーベルが苦笑しながら言う。
今の俺の財政状況からして三億ソーロが飛んだところでまるで痛くない。
「……羨ましい」
「これも独身者の特権だ」
羨ましそうな視線を向けてくるルードヴィッヒを鼻で笑ってやる。
俺が稼いだお金だ。どう使おうが俺の自由だ。
「兄さんは真ん中だよ」
適当に端に陣取ろうとすると、何故かアルトによって真ん中へと押しやられる。
そこを母さんと父さんが挟み込む。右側にイリアとルードヴィッヒとセーラ。左側にアルト、フィーベル、アベルが佇み綺麗に並んだ。
真ん中にやられた俺の居心地の悪さは半端ない。
「ほら、ジルク。もうちょっと笑いなさいよ。あなただけ顔が硬いわよ」
「面白くないのに笑えるか」
写真を撮るのは好きだが、撮られるのは嫌いだ。
「まあ、兄さんがにっこり笑っていたら違和感がすごいけどね」
「その通りだな」
アルトとルードヴィッヒの苦笑しながらの言葉に全員が笑った。
「あら、良い雰囲気ね。それじゃあ、撮るわよー!」
ファインダーを覗き込むレナードが声を上げてシャッターボタンを切る。
ポラロイドカメラ特有の音が響き渡り、カメラから写真が出てくる。
現像された写真を覗き込むと、そこには俺以外の家族が自然な笑みを浮かべていた。
まったく笑っていないのは俺と状況を理解できていないアベルくらいのものだった。
「おお、皆が写ってる! いい写真じゃないか!」
「おお、こりゃすごいな!」
父さん、ルードヴィッヒ、アルトは写真を見て純粋に感心し、喜んでいた。
それとは反対にもっとはしゃぐかと思っていた女性陣が意外と静かだ。
なんというか慄いているような気がする。
「私、太ったかな?」
「まさかここまで精度が良いなんて……さすがは宝具ね」
「きっちりと準備しておいて良かったです」
どうやら客観的に自らの姿を見たことで色々と思うことがあったようだ。
こちらの話題に男が突っ込むとロクなことがないのでスルーだ。
「兄さん、皆のためにもう何枚か撮ってくれないかな?」
いそいそとカメラを収納しようとすると、アルトが声をかけてくる。
「写真は有限だ」
「そこを何とか頼むよ。いつでも見返せるように何枚か持っておきたいんだ。コーヒーミルの増産をうちの工房で引き受けてあげるから」
「取引き成立だ」
さすがはできる弟。俺がミルの増産問題で困ってることに察しがついているようだ。
まあ、取引きしている魔道具店の関係者から突かれており、状況は筒抜けなんだろうな。
写真数枚で増産問題が解決するなら安いものだ。
俺はアルトの頼みを快諾して、全体写真とそれぞれの夫婦だけの写真を何枚か撮ってやった。
「なあ、ジルク。写真を持ち歩きたいんだがオススメとかあるか?」
大事そうにイリアとセーラが写っている写真を手にするルードヴィッヒ。
「保護ケースに入れるのがいいだろう。後はペンダントなどに入れて持ち歩くくらいか」
「それいいな! 頼めるか? お金ならちゃんと払うから」
「それくらいなら別にいいが」
ルードヴィッヒには炭酸水のための容器を融通してもらっているしな。
写真をペンダントに入れるくらいであれば、大した手間じゃない。
「それいいわね。新しいビジネスの匂いがするわ」
「赤の他人のためにそこまでしてやるつもりはない」
「あら、残念」




