独身貴族は友人を実家に連れていく
『独身貴族は異世界を謳歌する』の書籍2巻が発売されました。今回も書き下ろしや特典がついております。
よろしくお願いします。
「どうして俺まで行かなきゃならん」
とある休日。俺はレナードとイリアと馬車に乗ってルーレン領に向かっていた。
レナードのビジネスを円滑にするために、実家によくしてやってくれと手紙を送ったら、返事の代わりに実家の馬車に乗ったイリアとアルトを寄越してきた。
意味がわからない。
「いえ、繋ぎ役が不在で私だけ行くのも変でしょ。あなたも呼び出されるのは当然じゃない?」
「そうよ! 大体、結婚指輪は兄さんが作ったものでしょ? 私たちだけで決められるわけないじゃない」
「いや、その件に関してはそっちに任せるって書いただろう。生産している指輪のほとんどはイリアとフィーベルだ。そっちの裁量でやってくれて構わん」
「それでも兄さんも話し合いに立ち会うべきよ! 生み出した責任者なんだから!」
「いや、そこは重要じゃないだろ」
「まあまあ、こういう機会でもないと兄さんは家に帰ってこないじゃないか。父さんや母さんも兄さんに会いたいんだよ」
俺とイリアが言い合っていると、アルトが宥めてくる。
まったく、ことあるごとに帰省させられてこっちはいい迷惑だ。
今日は家を掃除して読書をして過ごし、好きな肉料理でも作ろうと考えていたのに。
俺のパーフェクトな休日が台無しだ。
とはいえ、レナードもいることだ。親しい友人とはいえ、これ以上醜態を見せるわけにもいかない。
アルトの言い分を聞き入れた風を装って、俺はそれ以上文句を言うのをやめることにした。
しばらく馬車で揺られ続けると、やがてルーレン領にある屋敷にたどり着いた。
「ここがルーレン家のお屋敷ね。素敵じゃない」
「広いだけが取り柄の普通の屋敷だ」
レナードの屋敷に比べると豪華さ絢爛さも劣る。
うちはそういったものにあまり興味はないので子爵としての品格を保てる程度でしかなかった。
「機能的な美しさというのもにじみ出るものよ?」
「そういうものか」
確かにうちでは素材の保管庫や魔道具の保管といった機能性が重視されており、一般的な屋敷とは変わった造りだ。
入って早々にレナードはそういった部分に気付いたらしい。
「そういえば、レナードさんがうちに来るのは初めてでしたね?」
感心した様子で内装を眺めるレナードにアルトが尋ねる。
「ええ、何度かお邪魔したいって言っていたけど、ジルクが連れて行ってくれなかったのよ」
「学院では寮生活だったんだ。わざわざ離れた場所に行く必要もないだろ」
「こんな風にね」
俺の返答を聞いて、レナードが肩をすくめる。
レナードは魔道具や工房に興味があるかもしれないが、俺からすれば生まれた時から目にしていたものだ。
別に実家に帰ったからといって面白いことがあるわけでもないので、友人などを実家に招いたことは一度もなかった。
「せっかくの休暇を家族からの干渉で潰されたくないからな」
俺の主張を聞いて、レナードだけでなくアルトやイリアも苦笑いする。
だから、回避できる時はできる限り回避するのだ。
「ママ、お帰り!」
「ただいま、セーラ」
玄関を上がるとイリアの娘のセーラがやってくる。
「あら、可愛らしい娘さんね」
レナードの姿を目にしたセーラが固まり、首を傾げる。
「……誰?」
「ジルク叔父さんの友人のレナードよ」
「セーラはね、セーラだよ!」
「そう。よろしくね、セーラちゃん」
「うん!」
にこやかな笑顔でセーラの頭を撫でるレナード。
「子供の面倒見はいいんだな」
「別に子供が嫌いってわけじゃないもの」
養子をとることで後継ぎを残すという責務を回避しているレナードであるが、別に子供が嫌いというわけではないようだ。
「おじさん!」
「なんだ?」
レナードの方を向いていたセーラが急にこちらを向いた。
それから見定めるような真剣か顔で。
「……セーラの名前覚えてる?」
「ああ、覚えてるさ。セーラだろ?」
「えへへ、よかった!」
淀みなく答えると、セーラはにへらと笑って満足そうに頷いた。
「バカ丸出しだな」
「酷いこと言わないでよ。まだ四才なのよ? こんなものだし、そこが可愛いんじゃない!」
必死にフォローしているイリアだが、その物言いだと娘がバカだというのを肯定しているようになるがそれでいいのか。
「ジルクは子供にも辛辣ね」
「俺は誰にでも平等だ」
両親が愛などというまやかしで盲目的になっている以上、第三者こそが冷静な評価をするべきだろう。まあ、所詮はよその家庭なので首を突っ込んだりはしないがな。
絡んできたセーラの対処はイリアに任せて、俺たちは応接室に向かう。
室内には既にフィーベルが待っていた。
「この度は遠いところからご足労いただきありがとうございます、アクウィナス様。イリアと一緒に指輪製作を行っております、フィーベルと申します」
「ジルクの友人である、レナード=アクウィナスよ。忙しい中、時間を作ってくれてありがとう」
「いえいえ、とんでもございません」
フィーベルはレナードとゆっくり話すのが初めてなのだろう。
かなり畏まった態度で挨拶を交わしている様子だ。
アクウィナス家は、うちよりも家格が上の伯爵家。しかも、その当主とくれば元から物腰の低いフィーベルがさらにへりくだってしまうのも仕方がない。
「今日は対等にお仕事の話をしにきたの。そこまでへりくだらなくても大丈夫よ。もっと気軽に接してちょうだい」
「レナードさんは、こういう人だから」
どうしたものかと視線を彷徨わせたがフィーベルだが、アルトの言葉を聞いて少し肩の力を抜いたようだ。
「ありがとうございます。では、レナードさんとお呼びしても?」
「ええ、私はフィーベルと呼ばせてもらうわね?」
やや堅苦しい挨拶から始まったが、どうやら滑らかに滑り出すことができたようだ。
「それじゃあ、早速本題に入らせてもらうわね。今回私から提案したいのはウエディングドレスと指輪をセットで売り出すビジネスで――」
それぞれがソファーに座ると、和やかにビジネスの相談が始まった。
●
フィーベルとレナードの自己紹介が終わると、早速本題であるウエディングドレスと結婚指輪をセットにしたビジネスの相談が行われた。
「そうなると、ウエディングドレスを見た上で指輪をデザインしたいわね」
「できれば、ドレスの飾り付けに使った素材と合わせると、調和もとれて綺麗になりそうです」
「いいわね。そのアイディア、とっても素敵よ!」
とはいっても、俺はこちらの事業にあまり関わっていないので、熱心に話し合うのはイリアとフィーベルとレナードの三人だ。
俺は一応責任者と紹介者というだけで同席しているだけに過ぎない。
しかし、大した作業もすることもなく、口を挟むわけでもなく、ただ同席するだけというのもひどく退屈だ。同じような立場であるアルトは時折口を出している。
とはいっても、口を出すのは事業の内容ではなく、フィーベルについてだ。
子育てと仕事を両立しているフィーベルの体調が心配らしい。
フィーベルは仕事に夢中になると頑張り過ぎてしまうらしく、体を壊してしまわないようにアルトが手綱役にもなっているようだ。
相変わらず他人の世話を焼くのが好きな弟だな。
同席しろと言われたが、特に俺に何かを尋ねられるわけでもない。
これなら別に俺がいなくても問題ないだろう。
周囲を伺うが誰も俺に注目している様子はない。
ジッと相談を見守っているアルトにお手洗いに行くと告げて、俺は応接室を出た。
それからお手洗いの方に向かうことなく玄関に向かう。
すると、ズボンの裾を引っ張られた。
「おじさん、お手洗いはこっちだよ?」
視線を落とすと、何故かセーラがいる。
応接室ではイリアの隣にちょこんと腰かけていたはずだが、いつの間にか付いてきてしまったらしい。
「さっきの台詞は応接室の外に出るための口実だ。別に行くつもりはない」
「どういうこと?」
少し使った言葉が難しかったか。
「さっきの言葉は嘘ってことだ」
「ええ? 嘘はダメなんだよ? パパとママが言ってた!」
正論ではあるが、人間として生きていく上で正しいとは言い切れない言葉だ。
「それは厳密には正しくない。世の中にはついていい嘘と悪い嘘があるんだ。それを使い分けることで俺たちは賢く生きていける」
「そうなの?」
「そういうものだ。覚えておくといい」
「わかった! 世の中には良い嘘と悪い嘘があるんだね!」
ふむ、セーラの割に物分かりがいいじゃないか。
「でも、なんで嘘ついたの?」
前言撤回、やっぱりコイツは物分かりが良くない。
「ああ言えば、誰も疑うことなく外に出られるだろう? お手洗いに行くと言って、止めてくる人間はほぼいない」
そう述べると、セーラはぽかんと口を開けて見上げてくる。
「……おじさんって、もしかして頭いい?」
「かもしれないな」
「すごーい」
俺の作戦に感激したセーラ。
「その凄さをママに教えてやれ」
「うん! そうする!」
なんて言ってやると、目を輝かせてセーラは応接室に戻っていった。
「やっぱりバカだな」