87.十人十色
女王は看守係の兵士からの報告書を読んでいた。
ヴィオレッタや殺し屋のルチアーノ、首謀者のフランチェスコ、黒幕のヴァシリー達の様子は当然ながら、それぞれ違う内容が書かれていた。
「ヴィオレッタは反省しているのね」
「はい、マリオや前職の妻らの証言によると、そのような様子が見られるようです」
答えたのは将軍だ。
前将軍の妻も女囚人の世話をやってくれているので、ヴィオレッタと接する機会がある。
その時に彼女の動向を探ってもらっている。
最初は嫌そうにやっていたが、最近は言われた通りにきちんと仕事をやっているそうだ。
「ルチアーノは新しい証言をしていないのね」
「はい。マリオと会話はするようですが、日常会話しかしないようです。食事とか怪我の治り具合などです」
「怪我は大分良くなったわよね?」
「動いた際に痛がる素振りをするそうなので、まだ万全ではないようですが、大方回復しているそうです」
「痛いふりかもしれないから、脱走しないように注意して」
「はっ!」
フランチェスコを暴れさせてしまったので尚更だ。
もしルチアーノに逃げられでもしたら、将軍をはじめとするかなりの人数が辞職しないといけなくなる。
「フランチェスコは今のところ暴れてはないのね」
「はい」
厳重に拘束されているので暴れられないと判断したのだろうか。
裁判の時の悪あがきを考えると彼も気を抜いてはいけない。
「それで、ヴァシリーはどうなの?」
裁判の時の様子からすると気が抜けたようになっていた。
「抜け殻のようになっているようです。目的を果たしたからでしょうか」
「食事はどうなの?食べてはいるようだけど、抜け殻のようになっているのよね?そんな人が食べるの?」
もし、女王自身が気力がなくなったら何もしなくなるのではないかと女王は考えた。
「食べるように言えば食べるようですが、まるで生気がないようです。担当の兵は屍が動いているようだとも言っておりました」
女王は報告書のヴァシリーの健康状態の欄を見た。
「徐々に痩せてきているのね。セマルグル王国に引き渡さないといけないから、これ以上痩せさせないで。健康な状態で引き渡さないと、あちらで裁判が出来なくなるわ」
余罪が盛り沢山だそうだ。
罪の商店街かよ、と誰かが言っていた。
「はい。医師と相談して健康状態を回復させます」
「何度も言うようだけど……」
「ええ。油断は致しません。気が抜けたふりかもしれませんのでね」
今まで存在を知られないように逃げ回ってきた人達だ。
どんな手口を使うか分からない。
「兵士達には悪いけど、しっかりと気を引き締めさせてね。降灰の清掃等で疲れているだろうけど、大事な時だから、皆に不安を感じさせる出来事は起こしちゃいけないのよ」
公表しない手もあるが、いずれ何処からか漏れる。
隠していたとなると、国民を疑心暗鬼にさせてしまう可能性がある。
ならば最初から気を張り巡らせて、事件が起きないようにするしかない。
「はっ!」
将軍はいつもと同じようにキビキビとした無駄のない動きで礼をして退室していった。
「この件は片付いたと思っていたけど、まだまだね」
横の繋がりもまだ聞き出せていないので、課題は山積みだ。
「陛下、そろそろお茶に致しましょう」
「お願いするわね」
今日はダニエラとアンナの二人ともいた。
二人ともいるのは週に一回あるかないかだ。
女王が塔に幽閉されていた十年間は主にこの二人に面倒を見てもらったので、彼女達の顔を見るとかなり落ち着けた。
「町中の降灰はかなり片付いたそうでございます。風のない日はマスクをしなくても平気なのだそうですよ」
「よかったわ。……私も一度外に出て確認しないとよね。まずは城の最上部から見てみようかしら?もう周囲は灰色じゃなくなっているの?」
女王は窓から覗いたりはしたが、降灰が確認されてから王城の外に出てはいなかった。
何度か見に行こうと思ったが、王配達から止められてしまい見に行けずにいた。
確かに清掃作業を邪魔してしまうのは良くないと思い、女王は王城に籠っていた。
「念のためマスクはなさってくださいね」
「ふふっ、頭巾型のマスクをするわね」
女王の目の前にアンナによってお茶が置かれた。
女王はお茶から湯気が上るのを見た。
頭巾は作ってみたものの結局使用せずに仕舞ったままだ。
大臣達の前で醜態を晒した思い出をしまい込んでしまった訳ではないが、何故かあれ以来手に取っていない。
「あれは髪が汚れなくてよかったですよ」
「本当?」
「ええ本当でございますよ」
二人はいつもの笑顔を見せてきた。
しかしすぐに衝撃の事実を伝えられた。
「侍女達は皆頭巾をつけて出勤と退勤しておりますよ」
「えっ」
ギョッとするとはまさにこの事だろう。
女王の顔はかなり衝撃を受けた顔になっている。
「変に思われていない?大丈夫?」
いつも自分の世話をしてくれている侍女達が変に思われるのは嫌だった。
女王は自分に気を使って使用してくれているのではないかと思っていた。
「いいえ。真似して作る人もいるそうですよ」
「これから寒くなりますから、その時は綿でも入れようかと話に出ておりますよ」
「防灰から防寒になるのね……」
そう言えば、宰相が寒い地域では頭巾型の防寒具があるような話をしていたのを女王は思い出した。
ならば、防寒用になるのはありなのだろう。
「ああ、そう言えば王配殿下は頭巾を着用なさってましたよ」
「え、私には外に出るなと言ったくせにアレクセイは外に出ていたの?」
「城下には行っておられないようですけどね」
「……城の敷地内だけでも外に出たのには変わりないわ。私も一緒に連れて行ってくれればよかったのに」
視察がしたかったのもだが、王配と共に過ごす時間が増えるのは嬉しいのだ。
「そろそろお茶が冷めてきたのではないでしょうか」
「ああ……、ありがとう。頂くわね」
女王はお茶をゆっくりと口に運んだ。
もしかしたら、まだ熱いのではないかと心配しているのだ。
幸い、すでに火傷するほどの温度ではなくなっていた。
「いい香りね」
不穏分子を捕らえたが、他にもまだいるのだろう。
今はいなくても不平不満を抱いた者の中から出てくるかもしれない。
国民全員が満足いく暮らしが出来るようにしなければと思うが、理想郷は人それぞれ違うだろうから何が正解か分からない。
「調査すべきかしら……」
女王はポツリと言ったつもりだったが、侍女達は聞き逃さなかった。
「何を、でしょうか……」
「え、あの、どうしたら皆が満足いく暮らしが出来るようになるのかって考えていたのよ」
「私はこのまま少しずつ復興していけたらと思います。急ぎすぎると何かを見落としてしまうかもしれませんし。その点ではきちんと休息日をとって作業させておられますから、確認などは何ら問題ないと存じます」
復興作業は時間がかかるので、きちんと休暇をとるように作業開始当初から通達していた。
工事の点検や各種の確認は出来ているだろうが、それ以外の人や事や物は見落としていないだろうかと、女王は心配になった。
「今のままで幸せだと言う人もいるでしょうし、もっと裕福な暮らしをしたいと言う人もいるでしょうから、難しいですね」
ダニエラの言う通り、十人十色なのだ。
「同じ物を与えられて全員同じ意見だなんて、そんなのはあり得ないのですから、意見の差異があるのは当然ですよ」
「同調圧力は怖いですね。皆が異なった意見を持っているのだと理解しないといけませんのにね」
女王は二人の言った内容が通用しない場合があるようなので恐ろしいと感じた。
「だったら意見が言えるようにすればいいのかしら?」
「あまりに苛烈な意見ですと封じ込める動きが出ますよ。封じ込められた側が大きな反発を起こすかもしれないです」
「そうよね。あらゆる可能性があるのよねぇ。けれど意見を言わせたままにしておくと、今回のようになってしまうし……難しいわね」
女王達はため息を吐いた。
「何も解決策が浮かばないわね。他の国ではどうしているのかしら?」
女王はジュゼッペ先生から議会について習っていたが、どのみち少数意見は採用されないし、逆に大して重要でもない案件なのに、声が大きい少数派によって採択されてしまっても困る。
そう考えながら女王は再びため息を吐いた。
「温かいお茶を入れ直しますね」
「っ、ありがとう」
女王は入れ直して貰ったお茶をゆっくりと飲んだ。
その間ずっとあれこれ考えていたので、お茶の香りや味はさっぱり分からなかった。




