68.避難所にて
「この時期なら風の向きは、北から南へよね」
「はい。夏季の風向はそうなります。変則的な動きは見られていないようですので、例年通りでしょう」
大会議室で女王と内務大臣が話をしていた。
室内には書記を複数用意し、各省で情報が行き違いにならないように、他の省が何をしているのか報告するようにした。
「だとすると南東領での降灰も確実ね」
「ええ。他の領よりは少ないかもしれませんが、積もるでしょう」
「それで、風の強さは分かるかしら?」
強風で火山灰が舞い上がったら清掃どころではなくなる。
「気象予報官によると強くはならないだろうとのことです」
「その強くならない期間は分かる?降灰までの期間なのか、降灰してからとか」
「予測できるのは今日から数日だそうなので、降灰してからはまだ分かりません」
「そう。引き続き観測をお願いするわね。他は問題ない?」
「今の所はございません」
内務大臣は礼をして退室した。
「これでいいのかしら?」
女王は隣に座る王配に尋ねた。
「良いとも悪いとも言えないな。はぁ、中央領はジョルジョに任せているが、大丈夫だろうか」
「あちらから来なくていいと言われていたのでしょう?」
「ああ、俺が行ったら邪魔にだろう。世話をしないといけないのだからな。彼らの仕事を増やしてはいけない」
例えば侍従達だ。
彼らは普段は別の業務をしているらしいが、王配が来ると身のまわりの世話をしてくれている。
「分かっているのならいいじゃない。行くのは降灰が収まってからにしないと」
「だが、それは領主としていいのだろうかとも思う」
「王配の仕事ぶりを見せればいいのよ」
「そうだな。……今のは書くなよ」
王配は書記達に言ったようだが、彼らは最初から書いていないようだ。
女王と王配が話し終えると将軍が入室した。
「陛下、殿下、兵を降灰の警戒の呼びかけのために出しました」
「ええ。法螺話を信じている人もいるかもしれないから、すぐに対応出来るようにしておいてね」
「はっ!」
将軍は無駄な動きは一際せずに退室した。
「報告だけだったわね」
「そういう物じゃないか?そのために今まで色々と準備してきたのだし、今からあれこれ考えていたら遅いだろう」
「そうね…。ねぇ、アレクセイはこういう経験あるの?」
女王は王配に緊急事態の対応について不安げに聞いてみた。
「ないなぁ……。なので何の助言も出来ない。だが、上の者が焦っていたら下の者達が不安になってしまう。なので、焦っている様子を見せてはいけないだろう」
王配の王子時代、少なくとも成人してからは大きな自然災害は起きず平和だった。
大変だったといえば、連合国軍の司令官として任命されたぐらいだ。
「どっしりと構えていればいいのよね」
女王があたふたしていたら、下の者達が不安に感じてしまう。
「そうだな」
王配が返事をすると、今度は農務大臣がやって来た。
「農業従事者には農作物の収穫や保護は本人達に任せるとしました。追熟する野菜や果実は早めに収穫するように改めて知らせを出しました」
追熟とは野菜や果実を収穫後に一定期間を置くことで、甘味が増したり果肉が柔らかくなる処置である。
「ええ、漁業や畜産はどうしたの?」
「放牧しているなら、屋内に入れるように指示しました」
「この時期だと、遠くに行っているかもしれないわね」
「はい。それで漁業従事者に河川や湖等への火山灰の沈殿の監視を任せてあります。河川が氾濫しそうなくらい沈殿があったら領兵に伝えるように言ってあります」
「ええ、分かったわ。例の物の準備は進んでる?」
「はい。もちろんでございます」
農務大臣お辞儀をしてから退室すると、王配は不思議そうな顔をして女王に話しかけた。
「例の物とはなんだ?」
「ああ。万が一のために日射量が少なくても育ったり、日陰でも育つ野菜の種や苗を増やしておいたの。火山灰がずっと上空に行ってしまうと日光が遮られてしまうでしょう?」
「だからか。茸もいいかもな」
「茸は元々洞窟の中で栽培しているから、増やすように言ってあるわ。来年は洞窟以外でも栽培出来ればいいと思っているわ」
「茸は乾燥させれば保存が効くからな。まぁ、茸以外もそうだが……」
国民達は事前に言われていたように、子どもや老人、体が不自由な者は避難所に行った。
水や保存食は用意してあるが、念のため皆は自宅から食べ物を持ち寄っていた。
子ども達は勉強道具や玩具を持って来た。
暇つぶしのために本なども置かれている。
寝具や衛生用品も各自で持ち寄った。
「大丈夫かなぁ?」
「降っている時は建物の中にいれば平気さ」
大人達がせっせと準備する中、茶髪と黒髪の二人の少年が避難所の窓辺で話し始めた。
子どもに出来る事はなくなったからだ。
「掃除する人達や農家さんや酪農家さんや漁師さん大丈夫かなぁって」
「偉い人達が対策を考えたんだから平気さ」
「あーあ、全部嘘だったらいいのに」
茶髪の少年は窓から青空を見た。
こんなに良い天気なのに数日後にはこの風景がガラリと変わってしまっているのだろう。
「北の方の国にはもう被害が出ているんだ。本当なんだよ」
「悪い王様がいなくなったと思ったら、今度は火山かぁ。ついてないよね」
自分達ばかり困難な目に遭っていると茶髪の少年は思った。
「自分一人だけが大変なんじゃないんだ。皆大変なんだ。どの国の人もな」
「そうだけど……」
分かってはいるが、今まで十分苦労してきたのに、再び困難が降り注ぐなんて嫌なのだ。
そう思いながら、茶髪の少年は少し俯いた。
「一人だと何も出来ないかもしれないけど、協力すればなんとかなるって」
「協力しない人もいるでしょ?その人をどこかにポイッと出来ないかなぁ?」
黒髪の少年の言葉は色んな人が言っていたし、茶髪の少年も同じように思っているが、その和を乱す行為をする人がいるので彼は嫌で仕方なかった。
「確かに邪魔だけど、そんな怖いこと言うなよ」
「言いたくもなるよ。最近は見なくなったけど、変な人達が大声で喋っていたでしょ?僕はああいうの嫌いだ」
茶髪の少年は冗談にしても酷すぎると思っていた。
「俺も好きじゃないな。そういや何人か捕まったんだっけ?他の奴等はどうしてるんだろうな」
「隠れてるんだよ」
「そりゃあそうだろ。捕まりたくないんだから」
「だけど隠れているってことは悪い事をしているって自覚があるんだよね?何が目的なんだろう?」
「さあ?悪いと思ってなくても、追われているから隠れているのかもしれないだろ?」
「そうなのかなぁ?」
「悪い奴なんてそんなもんだろ。……ここには知っている人しかいないから、悪い奴はいなさそうだな」
二人は集まった人の顔を見たが、この避難所には近所に住んでいる見知った人達しかいなかった。
「そうか、他の場所にはいるかもしれないんだね。悪い奴だから、きっと、変装しているんだよ」
「避難所だったら食べ物も貰えるしな」
国や領から支給された食糧があるので、これを狙って来るかもしれない。
「女王様は何をしているんだろう。さっさと捕まえればいいのに」
「何かはしているさ。悪い奴はそれだけ隠れるのが上手いんだろ」
「そうだね。悪い奴だもんね。きっと今までも悪いことをしまくってきたんだ」
「んー、今までってことは前の王の時からか?案外仲間なのかもな」
「えー?仲間だったら連合国軍に捕まってないとおかしいよ」
前王の悪事に協力した者共は連合国軍の手によって捕まえられたそうだ。
おかげで威張り散らす奴に怯えて暮らさずに済むようになった。
「隠れるのが相当上手いんだろうな」
「かくれんぼの達人なのかな。どんな奴なんだろ?」
「俺、人相書きを見たことあるぞ。なんか、どこかで見たような顔をしていたけど、どこで見たのか分からない顔をしていたな。普通の顔してたぞ」
「えー?人相書きは何処で見たの?」
「兵士が持ってたのをチラッと見たんだ」
黒髪の少年は町で見かけた兵士が手に持っているのを思い出していた。
記憶に残っていたのは子どもながらに人相書きの人物を覚えて、役に立てたらと思ったからだ。
「ふーん。どうせならそこら辺に似顔絵を貼りまくればいいのに。そうしたら、すぐに捕まるよ」
「紙が山ほどあれば出来るけど、ないから無理だろ」
ケレース王国では紙はまだまだ貴重品なのだ。
「ねぇねぇ、何の話してるの?」
彼らのところに少女がやって来た。
「悪い奴の話」
「悪い奴?さっき避難所に似顔絵を貼りに来ている人がいたよ」
「えっ!」
二人は少女が指さした方向を見ると、人相書きが何枚か貼られていた。
先ほど少年が言った事は女王達も警戒していたのだ。
「ほら、こいつが何の特徴もない顔の奴だよ」
黒髪の少年が人相書きが貼られている壁まで駆けて行き、首謀者の人相書きを指さした。
「……逆に何にでも化けられるってことだよね。隣の絵は?」
「こっちの奴は優しい顔つきに見えなくもないけど、なんだか胡散臭い顔だな」
「……」
「この人は身長が高いし、顔もケレースの人っぽくないからすぐに見つかりそうじゃない?」
人相書きには大体の身長や年齢も書かれている。
「……この顔どこで見たんだっけ?」
「よくある顔の奴か?」
黒髪の少年と少女は、人相書きを睨みつける茶髪の少年の顔を見た。
「違うよ。胡散臭い顔の方だよ」
「最近見たのか?捕まえるんだったら最近じゃないと意味ないぞ」
黒髪の少年の言う通り、目撃から日が経っていたら移動しているかもしれない。
「そうだ。日が沈みかけた時だったかな。急いで家に帰ろうと走っている時に、森の方から来たんだ」
「悪い奴だから森に隠れていたのか?」
「多分そうだと思う。帽子を被っていたけど、夕日が差していたから顔がよく見えたんだよね」
その時は普段見かけぬ人だとしか思っていなかったが、よく考えれば住民ではないのに荷物を一つも持たずに歩いていたのは変だった。
「西日が顔に?で、いつ見たんだ?」
「…一昨日かな?」
「おい、今の話は本当か?」
近くにいた男性が驚いた顔をして声をかけてきた。
「うん。広場の近くの曲がり角で見たんだ」
直ぐさま男性が領兵を呼び、茶髪の少年は兵の前で証言をした。
推測されていた潜伏地域と一致しているので、本人の可能性がかなり高いと判断され、すぐに捜索が開始された。
次回更新は2月3日(水)です。
話が書き進められていないので、誠に勝手ながら、2月からは月水金の更新にいたします。すみません……。
※連続投稿になるので明日は休みです。




