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5.不穏な報告書

 やっとあらすじの部分が出てきます。


 女王が子狼への熱を抑えた頃、北領と北西領より不穏な報告書が届いた。

 この一週間ほど小さな地震を頻繁に観測しているというのだ。

 歩くなど体を動かしていると気付かない程度の小さな地震だが、明らかに回数が多いそうだ。



「北東領では感じられてないのね?」



 執務室で女王と王配、宰相が応接用の椅子に座って話をしていた。



「はい。北領が確認したそうですが北東領では観測していないそうです。同様に西領や中央領でも観測していないそうです」



 若い宰相が言った。



「より北や西側の…北西方向の国、あるいは海底で地震が起きているのか?」



 王配が腕組みをしながら言った。

 彼の表情は険しい。



「おそらく。調べるために北領より人を派遣しております」

「ありがとう。過去に同じような記録は?」

「現在調査中です」



 いくら小さい地震と言っても頻繁に起きるのは異常だ。

 正確に言うと有感地震が頻繁に起きるのは、だが。

 有感地震とは人が揺れを感じられる地震だ。

 人が感じられない地震はそのままだが無感地震という。

 無感地震なら人が気付かないだけでほぼ毎日起きているらしい。



「…建物が壊れる程の地震が起こるのかしら。大地が裂けたり……」



 女王は最悪の状況を想像したようで、顔に血の気がなくなっていた。

 せっかく建て直した建造物が壊れるのなんて見たくなかった。

 国民の喜ぶ顔が一気に悲しい顔になるのは見たくない。

 街道も壊れてしまうのだろうか。

 人と物が行き交うようになり、国が活気づいてきたのに。



「なんとも申し上げにくいのですが、可能性があるとしか…」



 宰相は困り顔で言った。

 女王は考え込みすぎる嫌いがあるので、そうだと断言出来なかった。

 しかし、結局は肯定してしまっている。

 あまり女王を心配させたくなかったが、事が事なので言わざるを得なかった。



「国民に警戒するように指示を出すべきかしらね。他国の返事を待つべきなのかしら?」



 女王の顔は王配と宰相の顔を交互に見ながら言った。

 二人とも答えが分からないので口を閉じていたが、王配が口を開いた。



「派遣した者が帰ってくるまで猶予があるといいが…」



 三人とも眉間に皺を寄せていた。



「食糧は少量ですが備蓄出来ています。万が一、巨大な地震が起きてもすぐに疲弊はしないと思います」



 あくまで、すぐにはである。



「やっと、何とか持ち直してきたのに…」



 女王は血の気のない顔のまま俯いた。

 彼女の金の髪が垂れ下がる。



「…国民にも食糧を保存しておくように言ってあるのだろう?保存食も増えたと聞いた」



 塩漬けや砂糖漬け、日干し、乾燥、発酵、いぶしなど様々な方法で保存食を作らせている。

 元々国内にあった方法や、外国から入ってきたものなど様々だ。



「はい。しかし、すぐには…といったところでしょうか。何ヶ月も持つかどうか」

「すでに情報が入っているかもしれないが、一応セマルグルにも知らせておくか。ミハイルに手紙を出しておく」



 ミハイルとは王配の友人で、ケレース王国とセマルグル王国の国境の近くに夫人と共に住んでいる。

 ミハイルが済んでいる領は王族が領主を務めているので、ミハイルが王配からの情報だと伝えればセマルグル国王の耳にも届くだろう。

 


「ケレース王国の北側や西側の国で地震が起きたら、その国からの支援は望めないわよね」

「ああ。その国の国内だけで手一杯になるだろうから期待出来ないな」



 正直言うと国内自給率が微増しても国内生産物だけでは全国民は生きていけない。

 まだ連合国軍の支援物資が必要なのだ。



「支援物資だけでなく、輸入も困難になるでしょう。高騰だけでは済まず、輸出もされなくなるかもしれません」



 言ってから宰相は気付いた。

 先ほど考え込みすぎる女王を気遣ったのに、直接的に言い過ぎた。



「…そうよね。はっきり言ってくれて感謝するわ」

「はい…」

「俺は早速手紙を書く。今から出せば明後日には、早馬で行かせれば明日の夕刻には着くだろう」



 セマルグル王国は裕福な国だ。

 なので、王配は非常事態が起きた際に自分の名前を使って他国より優先的に援助してもらおうと考えた。


 セマルグルは大陸の南から南東にかけて広大な国土がある国だ。

 今回地震が観測されている方向とは逆だ。

 もし地震が起きれば他の国もセマルグルに頼るだろう。

 そうすれば、支援を求めてきた国を無視出来ないし、支援に優劣もつけられない。

 だが、実の息子が婿入りした国へはどうだろう。

 支援物資とは別に、例えば王配個人宛に送るなど、融通してくれるのではないだろうか。



「お願いするわね」



 そんな思惑を知らずに女王は笑顔で王配に言った。

 王配は女王に笑顔を返し執務室から出て行った。



「私も調査をいたしますのでここで失礼いたします」

「ええ、頼んだわ」



 宰相は純粋に地震の調査だろう。

 女王は宰相にも笑顔で言った。

 宰相も執務室から出て行き、執務室には女王と侍女達だけになった。

 内容が内容なので、信頼出来る侍女だけにしていた。



「何もないとよいですね。せめて被害が最小限になればと思います」



 侍女長のダニエラが心配そうな顔で言った。



「ええ、そうね…」

「お茶の準備をいたしますので、少々お待ちください」



 侍女次長のアンナが言った。

 この二人の侍女は女王が塔に幽閉されていた時に世話をしてくれていた。



「ありがとう」



 アンナがカップにお茶を注ぐと執務室内に柑橘系の香りがふんわりと広がった。



「着香茶ね」



 女王はカップを持ち上げ、より近くでお茶の匂いを嗅いだ。

 好きな香りなのか頬が緩んでいる。

 着香茶とは茶葉に香料や花びら、果皮で匂いをつけた物、あるいは乾燥させた果物や花びらなどを混ぜたものを言う。

 これはおそらく前者だろうと思う。



「左様でございます。大公殿から工芸茶も頂いたのですが、香りが強いものでしたので別の機会にお出しいたしますね」

「工芸茶ってお湯を注ぐとお花が出てくるのよね」

「ええ、飲み終わった後も飾って楽しめるそうですよ」

「お茶を味や香りだけでなく、見た目でも楽しむのね…」



 お茶が少し冷めてきたようなので、女王はお茶を一口飲んだ。

 美味だったようで彼女の口角が上がった。




「寝るのはこの資料に目を通してからね…」



 金の髪を低い位置で三つ編みにした女王が言った。

 子狼と出会った日から女王は寝返りの邪魔にならないように髪を下で結っている。

 女王は紐でまとめられた紙の束を手に持っていており、紙を一枚めくった。



「エレオノーラ、これから忙しくなるかもしれないから、寝られるうちにきちんと寝ておいた方がいい」



 資料は王配の手に渡った。



「そうだけど、早めに対策を練らないといけないと思うの」



 女王は何とか王配から資料を取り返そうと試みた。

 しかし彼の長い腕が真上に上げられているので奪還出来そうにない。



「それは官吏に任せておこう。ただでさえ体力がないのだから、今は寝ておくべきだ」



 女王が体力がないのは事実だが、朝までぐっすりと寝てしまうのは王配のせいだ。



「私がするのは最終決定だけでいいの?違うでしょう?」



 女王は何度か資料目がけて跳んで見たが、体力も筋力もないので資料を取り返せない。

 すでに息が乱れ始めている。

 それでも彼女は懸命に跳び続けた。



「…気持ちは分かるが、もし国王が肝心な時に体調不良で動けなくなったら国民の士気が下がる」

「それは、そう…だけど…」



 思ったより頑張って挑戦してくる女王を見て、王配はニヤリと笑った。

 女王は必死になりすぎて王配の表情を見ておらず、企みに気付けなかった。

 女王は最後の力を振り絞って思いっきり跳んだ。

 力の限り跳んでみた。

 しかし、今は何故か王配に抱き上げられていた。



「ああ、嬉しいよ。エレオノーラ。俺に飛びついてまで抱擁して欲しかったのか」



 ニヤリとした笑顔から満面の笑みになった王配がいた。



「え、違っ。アレクセイ降ろしてっ」



 王配は資料を机に放り、寝台に向かった。




 美しい金髪の持ち主の女王はうっすらと差し込んできた朝日で目覚めた。

 目覚めたと言ってもまだ覚醒しきれておらず、半分は夢の中だ。

 目を閉じたまま寝返りをし、そのまま王配に抱きつこうと腕を伸ばして彼を探した。

 だが、腕を伸ばしても上下させても王配はいなかった。

 慌てて起き上がると王配はおらず、心臓がドキドキと不安でいっぱいになった。

 王配がいたはずの場所に手を当てるとまだ暖かかった。

 いなくなってからそんなに経っていないはずだと推測した。



「…何しているんだ?」



 ハッと声がする方を見ると机の前に寝間着を着た王配がいた。

 どうやら彼は資料を読んでいたようだ。



「なんだ、そこにいたのね…。よかった…」



 女王は大きく息を吐いた。

 徐々に心臓の音が治まってきたのが分かった。



「よい物が見られたな」



 王配はかなりご機嫌だ。



「だって、いなかったらびっくりするじゃない…」

「それもあるが、いつまでその格好のままなんだ?」

「え?」



 王配の視線の先を見るために下を向くと、女王は自身が何も身に纏っていないのに漸く気が付いた。



「!!」



 女王は慌てて頭まで毛布に包まった。

 その光景を見て王配はくくく、と笑った。



「何を照れているんだ。もう何度も全て見ているのに…」

「……」



 女王は王配の声と足音が近づいてくるのを聞いて、また心臓がドキドキしだしたのを確認した。



「おーい…」



 毛布ごと軽く揺すられた。

 彼は彼女の背中にそっと触れた。



「んー…ここら辺か?」



 彼の手は臀部に向かっている。



「!!」



 王配の魔の手を避けるべく動いてみたが、時すでに遅し、毛布ごと抱きしめられていた。

 臀部への攻撃は陽動だったのだ。

 女王は反論しようと毛布から顔を出そうと思ったが、きっと王配は想定済みだろう。

 すかさず口吸いをされるに決まっている。

 なので、毛布の中に籠もることにした。



「……」

「……」



 王配は女王が顔を出さないので少しがっかりしたが、毛布越しに体を撫でてやればいいだけなので特に気にしなかった。

 王配が手を何往復かした時に女王に話しかけた。



「拗ねているのか?朝から刺激的だったから、つい出来心でやってしまった」



 毛布がもぞもぞと動いたと思ったら、女王は王配に後頭部を向けて毛布から出てきた。

 王配は心の中で舌打ちをした。



「私も迂闊だったと思うわ…」

「そこも可愛いから何の問題もないさ」



 王配は女王の後頭部に唇を落とした。



「…資料にはなんと書いてあったの?」

「同じ地域ではないが小さな地震が頻発した後に大きい地震が起きているのが、何件かあったらしい」

「やっぱり…。国民に知らせた方がいいわね」

「だなぁ…」

「前回大きな地震が起きたのはいつなの?」

「エレオノーラの曾お祖父さんの時代だ。かなり農地等が崩壊したらしい。なので農業改革が行われたようだな」



 現在も女王の曾祖父によって行われた農業改革に沿っている。



「曾お祖父様の時に…。じゃあ、その時代の資料を集めてって…宰相ならもうやってるわよね」

「だなぁ…」

「さっきから何をしているの?」



 話している間中、王配はずっと女王の体を毛布の上から触っていた。



「ああ、つい…。少し冷えてきたから毛布の中に入れてくれ」

「…ええ。あ、私の寝間着を取ってくれる?」



 王配は寝台の隅にあった、女王の寝間着を手に取った。



「俺が着せてあげよう」

「自分で着られます!」



 王配はしぶしぶ毛布の中に女王の寝間着を入れた。



「あの…下着も……」



 困った顔の女王に、王配はおどけてみせた。



「おお、寝間着としか言われなかったのでな。ああ、気が利かなくてすまない」



 無言で睨まれた王配は頬を緩めるだけだった。

 王配は今まで何人もの敵と対峙してきたので、可愛い妻が睨んできても大して怖くないのだった。

 女王の白い腕が下着を奪い取っていった。



「下着は俺が…」

「結構です!」




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