6.デザイナーやって来る
「はぁい!お久しぶりね!」
今日はドレスのデザイナーが来る日だった。
地震がいつ起きるかも分からないので変更したかったが、わざわざ遠方から来てくれるのと、何ヶ月も前から決まっていたので直前で変える訳にもいかなかった。
「ええ、お久しぶり」
「早速だけど、このドレス当ててみてくれるかしら?」
侍女がデザイナーからドレスを受け取り、女王にドレスを当てた。
「わぁ…いつも綺麗なドレスをありがとう…」
「いいのよ。貴女のおかげで儲けさせて貰っているから」
デザイナーは片目を瞑った。
女王が反応に困っていると、気にせずにデザイナーはしゃべり出した。
「ケレース王国の女王陛下とほぼ同じような服が着られるって評判なんだから!」
「ええ…」
女王は王族と似たようなデザインの服が着られるのは嬉しいのだなとしか思わなかった。
実際は大人気の芝居の元になった人物が着ているデザインだからである。
ケレース王国はお金がないので当分ドレスを作らないつもりでいたが、デザイナーからの提案でほぼ無料で作って貰っている。
女王のドレスとだけあってかなり豪華だが、それでも十分黒字のようだ。
「全く同じなのは流石に駄目だから、ちょこっとデザインや素材を安価な物に変えて街のお嬢さん達にお届けするの。我ながら良い案よねぇ。あ、貴族のご令嬢達にも人気があるの。彼女達に合わせて色や装飾を変えてあげてるけど、元になるのは同じなのよね」
「そんなに人気ならドレスが被ってしまうのではないの?」
仲が良い人同士でお揃いなら分かるが、そうでもない人と被ったらどうなのだろうと女王は思った。
「そこはご令嬢相手ならそこは私が回避するから大丈夫よ。それと、ご令嬢方のは街の子と被らないように、一般に出のは前に先に夜会とかのお披露目が終わってからにしてたの。だけど……」
「だけど?」
デザイナーは大きく息を吸った。
「真似してくる奴が出てきたんだろ?」
部屋の隅にいた王配が言った。
「んもう!なんで先に言っちゃうのよ!だけど、それもよ!それもなの!使わせてくださいって言うなら使わせてあげるのに!本当になんなのよ!!」
「それは酷いわね…」
「でしょう?!!街に出たのを、そっくりそのままのデザインで!!本当に許せない!!あれを私が!私の可愛い子ちゃん達が作ったと思われたら!!」
可愛い子ちゃん達とはデザイナーの会社の従業員達だ。
「そんなに酷い作りなの?」
「それはもう!!」
デザイナーの顔や耳は怒りで真っ赤になっている。
侍女がデザイナーに水の入ったグラスを渡した。
「ぷはぁ!クラリッサありがとう…。ああ、もうイライラするわ!」
名前を呼ばれた侍女は軽く礼をした。
デザイナーは水を飲んでも怒りは収らないようだ。
感情が豊かな人だから仕方ないだろう。
デザイナーは残りの水も飲み干し、クラリッサにグラスを返した。
「それもって事は他にも?名前も勝手に使われてるとか?」
「そうよ!それで私が悪いみたいに言われたら!こんなに腹が立つ話ってある?!!ご令嬢に私の名前を使って、すでに市井に出回っているデザインでドレスを作ったって言うじゃない!!名前だけ使うならまだしも、既製品のデザインを使うなんて!!」
デザイナーは憤慨している。
頭から湯気が出そうだと女王は思った。
「その怒りようだと逃げられたのか」
王配は何歩か近寄って止まった。
デザイナーの怒りようから、あまり近寄らない方がよいと判断したようだ。
「そうよ!!あらゆる伝という伝を使ってお客様とお客様になり得る人に警戒と犯人に警告をしたわ。もちろん市井にも模造品を買わないように、商店にも取り扱わないように言ったわ!」
「大変だったのね…。そんな中でもこんなに綺麗なドレスを作ってくれて本当に感謝するわ」
「いいのよ!貴女を見ると滾々と湧き出る泉の如く、次々と素敵なデザインが浮かぶの…。と言うわけで、こちらも当ててみて」
また言われるがままにドレスを当ててみた。
夏らしく明るい色とデザインがされており、夏の花々が刺繍されていた。
「はい、次はこれ」
こちらは夏の空のような色をしている。
「これも」
これは朝焼けか夕焼けだろうか。
「はい、これもね」
これは星空だろうか。
「題して、夏空の移ろい三部作!!」
「おー」
王配が小さな歓声を上げた。
「後、これは私じゃなくて、可愛い子ちゃん達が貴女にって」
「え?いいの?…これも素敵ね。ありがとう。よろしく伝えてね」
渡されたのは赤の濃淡のドレスだった。
「はっ!これはトマトね!」
女王は明るい顔で嬉しそうに言った。
トマトのように頬が赤くなっていた。
「薔薇よ…」
「トマト……」
「薔薇だそうだ。トマトは緑から赤くなるんだろう?これは濃い赤と薄い赤だ」
「皮と中身じゃ…」
「ここを見て。ほら、薔薇があるでしょう?」
「……」
「すまない…。トマト好きが再燃したようなんだ」
女王は幼い頃、塔に幽閉される以前にトマトを気に入り、そればかり食べていた時期があったそうだ。
デザイナーは場を切り替えるために咳払いをした。
「はい、次ね。王配殿下。貴方にも作ってきてあげたから、その粗野な格好はやめてちょうだい」
デザイナーに指摘された王配は、下級官吏が着るようなシャツと上着を着ていた。
「なっ!動きやすいんだからいいだろう!」
王配は激しく動揺している。
「貴方、顔はいいんだからちゃんとした服を着なさい」
デザイナーの目は鋭くなっている。
「やっと好きな格好が出来ると思ったんだが。というか、何故俺の寸法を知っているんだ?!」
王配がセマルグル王国の王子だった時は、如何にも王子といった格好をさせられていた。
王配が好まない装飾で飾られた堅苦しい格好をさせられていたのだ。
「何故ってこの国の侍従達に聞いたからよ」
王配は小さく、くそぅと悔しそうに言った。
「貴方の叔父さんでもお客が来るときはもう少しましな格好をしていたわよ」
デザイナーは王配の祖母のドレスのデザインをした経験があるそうだ。
その時に会ったのだろう。
「イワン殿が?…確かに私の所に来る時はここまで楽な格好はしていなかったわね」
「…俺たちは夫婦だろう。王と司令官ではない」
「ねえ、私がお客って事を忘れてない?ちょっとはもてなすフリをしてくれてもいいのよ?」
王配は悔しそうな顔のままだった。
「貴方の好みは聞いているわ。そんなにフリフリした飾りはつけていないから安心して」
王配はデザイナーに、ずいっと目の前に出された服を受け取り、鏡の前で合わせた見た。
「ああ…そんなに煌びやかではないんだな」
「わぁ!袖と襟元の刺繍がお洒落ね!」
女王が王配の隣にひょこっと顔を出した。
鏡で王配の全身を確認し、視線を鏡から実際の袖に移した。
「直線と曲線を上手く組み合わせて、最低限の装飾にしてみたの」
「感謝する」
「と、言うわけで、王配殿下の服も女王陛下のドレスと同じように少しデザインと素材を変えて販売するから。はい、この書類に名前書いてね」
「抜け目ないな…」
「ふぅ…で、新しいドレスのデザインはこんな感じでいいかしら?」
「ええ、いつも通りお任せするわ」
デザイナーが持つペンは紙の上を踊るかのように縦横無尽に動きまわり、あっという間に何着ものドレスが出来上がっていったのだ。
出来上がるまでの様子を女王と王配は目を丸くして見ていた。
「…あの、まだ先の話なのだけれど、この国の大学で期間限定で講師をして貰えないかしら?」
デザイナーは息つく暇もなく世界中を飛び回り、大勢の顧客を持っているので女王は駄目元で尋ねてみた。
「いいわよ」
悩むかと思ったが、あっさりと即答された。
「えっ?いいの?!」
「ああ、出られるのは最初の数回ぐらいだろうけど、その後は私の弟子達に任せるのでいい?」
デザイナーはお茶を口に運んだ。
「ええ、もちろん!」
「ん~…なんならこの国に工房を作る?女性の就職先に…まぁ別に性別はどうでもいいけど、働く場所が増えるのは良いことでしょう?」
「いいのか?」
「勘違いしないで。ちょうど、増やそうと思っていたのよ。可愛い子ちゃん達もそろそろ独り立ちしてもいいしね」
「何から何まで…ありがとう…」
女王は下を向いて涙を堪えているようだった。
「ちょっ!泣くことないでしょうっ?!こっちは儲けさせて貰っているからそれくらい、いいのよ!」
デザイナーが言うと、女王は涙をこぼし始めた。
王配はすぐにハンカチを渡し、女王は涙を拭いた。
「…ああ、そうだ。確か北領から入国したと聞いたが、地震には気付いたか?」
「地震?寝ようとしてたら一回あったわね。小さいやつ。それがどうかしたの?」
王配がデザイナーに北領と北西領でこの一週間に小さな地震が多発していると伝えた。
「…っと、確か一ヶ月ほど前に、ここよりもっと北西にある国にいた時に、何か慌ただしくしている役人か学者らしき人達を見かけたわね」
デザイナーは少し考え、思い出しながら言った。
デザイナーの目に留まるほど慌ただしかったのなら余程の事だろう。
余程の事態なようだが、その情報はまだケレース王国に入ってきていない。
「一ヶ月前ね…。その時に地震はあった?」
女王の涙は止まったようだが、目はまだ潤んでいる。
「うーん…、気付かなかったわね。…あの国近辺で起きた地震が、日に日に大きくなってきてこの国にまで伝わるようになったのかしらね?」
「そう考えるのが自然かもしれないな」
王配は腕組みをしていた。
あまりデザイナーを引き止めても悪いので、ここでお開きになった。
世界を股にかける人なので、世界のどこかで顧客が待っている。
「教えてくれてありがとう。道中気を付けてね」
「貴女達も気を付けてね」
デザイナーが帰り、若い夫婦は部屋に二人きりになった。
二人は長椅子に座り、お茶を飲んでいた。
「…どうした?」
王配は女王の視線に気付いた。
その視線の先はもちろん王配だ。
うっとりと見つめているのなら分かるが、どうもそうではない。
「あの…とても失礼なのかもしれないけど、聞いてもいいかしら?」
「ああ、他の者なら許さないが、エレオノーラなら何でも許すよ」
とても真剣そうな顔をしている女王の気を和ませるために、王配は微笑んでみせた。
「もしかしてアレクセイって美形なの?」
「ん?」
王配はお茶を飲む手が止まり固まった。
「さっきデザイナーがアレクセイの顔はいいって言ったから…。顔貌が整っているってことよね?」
王配は顔を下に向け小刻みに肩を震わせだした。
カップの残りのお茶を溢さないように机の上にそっと置いた。
置いた後も笑っていた。
「そんなに笑わないでよっ」
「くくく、すまない…。そうか、やっと気付いたかぁ。ああ、面白い」
女王は少しむぅっとした表情になった。
「だって、文章だけだと分からないんだもの!」
女王が王女時代に読んだ小説に何か書いてあったのだろう。
「そうだ、俺はそこそこ顔貌が整っている」
王配のそこそこは信用ならない。
以前にも、そこそこと言った事があったが他の者に否定されていた。
「やっぱりそうだったのね!」
女王の頬は先ほどの赤いドレスのように赤くなっていた。
「やっぱり?」
「…その、…私がアレクセイの事が好きだから、特別格好良く見えるわけじゃなかったんだなぁって……」
「そうかぁ…そうかぁ……」
王配はとても嬉しそうに笑っていたので、女王も微笑み返した。
王配は早く夜にならないかと考えていた。




