55.大晦日
ちょうど大晦日に大晦日の内容を投稿すると分かり、いつもだったら話を分けるところ、一話に詰め込んだため少々長いです。
今日は今年最後の日、大晦日だ。
朝食が終わり、女王と王配は寝室に戻ってきた。
この日はどの部署も会議をしないし、兵士達の訓練もなかった。
「包丁も火も初めて使うわ……。大丈夫かしら?」
「なるようにしかならないぞ」
分かっているがどうしても不安に感じてしまうのが女王の性格なのだ。
リゾットは夜食用に作るのだが、女王は朝からそわそわしている。
「そんなんじゃ身が持たない。別の事を考えよう」
「別の事……そうね、降灰の対策はなんの不備もないわよね?」
王配はやはりそうなるのかと苦笑した。
「臨機応変だ、臨機応変。噴火の報告があったら、いつ降灰が到達してもいいように皆に傘を持ち歩いてもらうんだろ?」
「ええ。傘があればかなり防げると思うわ。マスクも携帯してもらえば更にいいと思うわ」
「他には何かあるか?」
「残党よね。まさかケレース王国とセマルグル王国の残党が手を組むとは思わなかったわ」
これは誰もが思っているだろう。
「そうだな。ドナートによると、すでに捕らえてある者らに話を聞いたら……」
「聞いたら?」
「認知症が出ているらしくて、話にならなかったそうだ」
かつて王配は彼らを老人と呼んでいた。
王配は友人のアルトゥールと高齢による症状などを懸念していたが、その通りになってしまった。
老人達は古くから政治に携わっていた家系の人達で、現役を退いた後も様々な企みをしていたのだ。
「他の者達、まぁ彼らより若い仲介業者や下っ端の奴らだな。に聞いたが、彼らは全て把握していないらしくて、断片的な情報しか得られなかった。なので、お年寄り達から何とかして話を聞き出そうとしているらしい」
刑務作業も出来ず牢にはいるものの、本人達はほぼ寝たきりなので介護人が世話をしているそうだ。
当然認知症のふりをしている可能性もあるので、監視付きだ。
だが、面会も禁じられているし、手紙のやり取りもなく外部との接触はない。
あるとしたら介護人に耳打ちするぐらいだろうが、監視付きなので出来ないだろう。
「何かのきっかけで思い出すかもしれないものね」
「おだてれば悪事自慢をしだすんじゃないか?」
「ありそうね…」
王配は鼻で笑い、女王は俯き気味になった。
二人の性格の違いが態度で現れた。
「逃がしてしまい申し訳ないと書いてあった」
「そんな…、ドナート殿達はしっかり仕事してくれているわ」
「ああ、感謝しきれないな。…ふむ、セマルグル王国で長年逃げ回ってきたから、今回もなかなか捕まらないのだろう。父上も長年かけて追っていたようだしな」
セマルグル王国国王は何年かけて何人も潜入させて、証拠を掴もうとしていたらしい。
「主要な人物じゃなかったのかしら?捕まっていないなら指名手配するものね」
「うーん、かもな。あっちもこっちも、目立っていなかったから捕らえ損ねても気付かれなかったのか」
「だけど、今回はそうはさせないわ。捕らえてやるんだから!」
「お!勇ましいな」
「来年は護身術や武術を習おうかしら?リーザにも色々教えてもらったけど、アレクセイの方が得意だろうって言われたわ。だから、教えてね。アレクセイ先生」
先生と言われ、王配はまんざらでもなかった。
「まぁ、子どもの頃から自分の身は自分で守れと言われてきたからなぁ。ついでに愛する者も守れとも言われたな」
王配は満面の笑みを浮かべながら嬉しそうに言った。
「へぇ。じゃあ私も守れるようにならなくちゃ。子どもじゃないのだから、守られているだけって良くないものね」
女王は守られ続ける気はないようだ。
「お、おう……」
王配は女王が照れると思っていたので、想定外の反応され、返事がかっこ悪くなった。
王配としては一生女王を守り続けたいと思っているので、今の女王の反応は少々寂しい。
「なら筋力は大事だろうな」
「他には?」
「体力と柔軟性もだろうな。……うん、前からの課題だな」
女王はそうねとだけ言った。
彼女は何をやっても誰に教わっても、運動系は上手く出来ないのだ。
これだけ上手くいかないとなると、十年間塔に幽閉されていたからではなく、生まれ持ってのものなのだろう。
「…筋力をつけるだけなら大丈夫さ。体力も塔を出てすぐよりついてきただろう?」
「ええ。食事も沢山食べられるようになったし、執務室や食堂まで行っても心臓がドキドキしなくなったわ」
塔の中での生活だと寝台か、すぐ近くの椅子に座り机に向かって本を読むぐらいだった。
「私ね、気付いてしまったの」
「何にだ?」
あまりにも女王が真剣な顔をするので、王配も身構えてしまう。
王配はゴクリと唾を飲み込んで、女王の言葉を待った。
「私、走れるのかしら?」
「……そういえば、走っているのを見たことないな。まぁ、走る必要ないからなぁ」
「ちょっと、寝室内を走ってみようかしら?」
「え?いきなりだな。だが、人前で走るより俺だけの前で試してみるのもいいだろう」
王配は女王の靴を脱がせ、床に何も落ちていないのを確認した。
侍女達が毎日掃除しているので塵一つ落ちていなかった。
「念のため俺が隣を走るからな。倒れたら大変だからな」
「ええ」
「俺が手本を見せようか?大丈夫か?走ると言うのは歩くのと違い、両足が地面から離れる瞬間があるんだ」
「知ってるわよ。大丈夫よ。平気よ」
王配は心配そうに女王を見つめたが、女王は走る気満々で止められそうにない。
王配はすぐに女王を受け止められるように、横を向き少し身を屈めて両腕を伸ばした。
「ぴょんと行くのよね」
「んん?後ろ足をすぐに前に出すんだ」
女王は王配の両足が地面から離れるという説明から、跳ぶと判断したようだ。
「よし、行くわよ」
女王は一歩また一歩とぴょんぴょん跳びながら移動した。
「アレクセイ、私走れてるかしら?」
女王は手足を動かしながら隣にいる王配に聞いてみた。
「…え?ああ、上じゃなくてもっと前に行かないとな」
「難しいわね」
女王は足を前に前に出して走ってみた。
腕も後ろに振ってみた。
「いいんじゃないのか?」
「本当?意外と出来るものね」
寝室の端で二人は微笑みあう。
「そうだな。俺は元の位置に行っているから、俺に向かって走って来てくれ」
「分かったわ!」
女王は王配が乗り気になったので嬉しかった。
「いいぞ」
「行くわよ」
女王は王配の元へ駆けていった。
足を前に出しては蹴り、出しては蹴りを繰り返した。
「おおっ!上手いじゃないか!」
「本当?」
女王は王配に飛び込むように抱きついた。
王配も女王の腰に手を置いて、彼女を抱きしめた。
「どうだったかしら?上手く走れていたかしら?」
女王は笑顔で王配の顔を見上げると、彼も笑顔だった。
「ああ、よい物が見られた」
「物?」
「いや、なんでもない。良い走りだった」
「今度はスキップをしてみるわね。片足で跳ぶのよね」
「……」
王配の顔は何とも言えないような顔になってしまった。
スキップするのは賛成ではないようだ。
「……どうして何も言ってくれないの?」
「まずはちゃんと走れるようになろう」
「え?いい走りだったんじゃないの?」
王配が笑顔で褒めてくれたのは、どうやらお世辞だったようで女王はがっかりした。
「いや、まだまだ練習が必要だ。スキップは来年に持ち越そう」
王配は女王は長椅子に座らせ、彼も隣に座り昼食まで過ごした。
女王は昼食後から夕食までの時間にも走る練習をしようとしたが、危なっかしかったので王配にとめられてしまった。
何度か隙を見て練習しようとしたが、すぐに見つかってしまい阻止されてしまった。
そうしている間に夕食の時間になっていた。
女王の分の夕食は夜食を食べるために、いつもより少なくして貰った。
ちなみに王配はいつもと同じ量を食べた。
「年越しは起きているのよね」
「ああ。ずっと起きていると腹が減るから、そのための夜食だ」
「そうなのね。失敗しないように…包丁で食材以外を切らないようにしないと……。火傷も気を付けないと……」
女王は誰がどう見ても、心がここにあらずのようだった。
「朝と同じような事を言ってないか?」
王配が言うと女王はため息をついて黙り込んでしまった。
女王は今はリゾットの調理についてしか考えられないのだった。
「その都度指示してくれるだろうから大丈夫さ」
女王は静かに頷いた。
彼女の表情は非常に固かったが、目は決心したようだった。
厨房で準備が整ったので女王と王配は厨房に行き、料理長から説明を受けていた。
噂を聞きつけて何人かが入り口から覗いていた。
「――では、お二人には材料を切って頂きます。陛下には私が、殿下には副料理長がつきます」
女王には料理長がついたが、後ろには侍女長と侍女次長がいるので実質には三人ついている。
対する王配には副料理長一人だけだった。
一応若い侍従がついているが、彼は料理はあまりしないらしい。
「アレクセイ、頑張りましょうね」
おう、と王配は言ったが、彼は負けないぞと言おうとしていた。
「陛下、こちらが包丁でございます」
女王は返事をするのも忘れて、包丁を受け取り材料を恐る恐る切り出した。
「殿下っ!同じ大きさに切ってください。火の通りがまばらになってしまいます」
王配は何も気にせず、玉ねぎをザクザクと切っていた。
なので、かなり大きさに差があった。
「ん?腹に入れば皆同じだろう?」
「陛下もお召し上がりになるのですよ!」
「そうだった。大きいのを切るか……」
副料理長はやたら大きく切られた野菜を分別して並べた。
王配は並べられた野菜を同じ大きさになるように慎重に切った。
「陛下、ゆっくりで大丈夫ですからね」
「……」
女王はトン、トン、とゆっくりと同じ大きさで切っていった。
後ろで三人はかなり真剣な顔で女王の手元を覗いていた。
一回一回が緊張の瞬間である。
皆がハラハラドキドキと見守りながら、女王はなんとか材料を切り終わった。
「にんにくと玉ねぎだけでいいの?トマトは?」
「スープとトマトは我々で下準備しておきましたので、早速材料を火にかけていきましょう」
「ええ」
女王がチラリと王配の方を見ると、彼はすでに米を油で炒めていた。
「殿下っ!もっと優しく混ぜてください。米が割れてしまいます」
「わ、わかった……」
副料理長に言われると、王配の動きから荒々しさが消え静かに混ぜ始めた。
「陛下、まず油とにんにくを入れて炒めます。にんにくの香りがしてきたら玉ねぎを入れてください」
「ええ」
女王は料理長に言われるがまま、にんにくを炒めた。
少しすると、にんにくの香りがしてきたので玉ねぎを入れた。
「玉ねぎは透明になってくるまで炒めてください」
「ええ」
女王はゆっくりと混ぜていたが、ここで料理長から声がかかった。
「陛下、焦げてしまうかもしれませんので、もう少し速めでお願い致します」
「え、ええ。混ぜるだけでも大変なのね。ここにまた別の材料が入るのだから、もっと大変になるのね」
「ええ、そうなのです。…玉ねぎはもういいでしょう。ここで生米を入れます」
料理長が鍋に生米を入れ、女王は再び炒め始めた。
白っぽかった生米が、油と同じ色になっていった。
「焦げつかない程度にゆっくり混ぜるのね」
「そうでございます。米の一粒一粒の表面を油で覆うようにしてください」
「待て。俺はそんなこと言われなかったぞ?」
「言う前に混ぜ始めちゃったんじゃない?」
女王が言うと、副料理長と若い侍従が頷いていた。
そんな彼らを見て、王配はすまんと言った。
「エレオノーラ……もう少し速くてもいいんじゃないか?」
「…アレクセイは今何をしているの?」
「スープを入れたところだな」
「……」
女王は自分で質問しておいて、自身の作業に没頭してしまった。
「殿下、スープを足しましょう」
「おう」
「ふぅ…最後にバジルを入れるのね」
「その前にチーズをかけます」
料理長はチーズを削って入れ、鍋の柄を持ってクルクルと回した。
「ここでバジルを入れて少し混ぜ、火を止めます」
「そして味を馴染ませるために少し置くんだ。俺は今その時間が終わった。俺が作ったやつから食べよう」
真っ白の皿にトマトリゾットを盛り付け、再びチーズを振りかけた。
「美味しそうね」
「エレオノーラから食べてくれ」
「いいの?じゃあ、いただきます!」
女王はフォークでリゾットをすくった。
少し置いていたとはいえ、まだ熱いので、息で冷ましてから口に運んだ。
「美味しいわ!とっても美味しい!!」
「お、そうか」
王配は照れながらリゾットを口に入れた。
「うん。初めてにしては上手くいったな」
「いい先生がいたからだわ。皆さん、付き合ってくれてありがとう」
「お力になれたようで、嬉しく存じます」
料理長達は帽子を取って頭を下げた。
二人が数口食べた後、女王の作ったリゾットも同じように盛り付けた。
「いよいよ私のね……」
女王はいつしかの雄猫と対峙した時のような顔つきになっていた。
「俺から食べるけど、いいか?」
「ええ、どうぞ……」
女王は自分から食べて確認してから王配に食べて貰いたかった。
習いながら作ったので不味い筈はないのだが、やはり心配になってしまう。
女王はドキドキしながら、王配を見守った。
「うん、美味い!俺のより美味いんじゃないか?」
「また、大袈裟に言って…」
「そんな事ないって。食べてみてくれ」
女王は王配に言われるがまま、自身が作ったリゾットを口にした。
「本当だわ。なんだかお米がしっかりしている気がするわね」
「俺のは米が割れたんだろうな」
「ええ、殿下のはデンプンが出てしまったので、少しベタついてしまったのだと思われます」
二人は料理長から話を聞きながらリゾットを食べた。
「食材や調味料を入れる順番も大切なんだな」
「切り方もね」
「血抜きや捌き方は知っているんだがなぁ……」
二人は厨房内にいる人々に礼を言い、寝室に戻って行った。
「お二人とも良いお年をお迎えください」
侍女長が言うと、他の侍従や侍女に兵士達もお辞儀をした。
「ええ、皆も良いお年を」
「来年もよろしく頼む」
寝室の扉を閉め、室内には女王と王配の二人きりになった。
机には飲み物や間食が用意されていた。
「私は寝間着に着替えるわね」
「俺が着替えさせようか?」
女王はいつものことなので、笑顔で断った。
女王が着替えている間に、王配も寝間着に着替えた。
湯浴みは済ましているが、調理で汚れただろうから顔や手を拭いておいた。
これは女王も同様である。
「日付が変わるまでまだあるわね。何をしようかしら?走る練習?」
「食べたばかりだからやめておいた方がいいんじゃないか?普通に会話しているだけでいいんじゃないか?」
「あ、全然小説を読んでいないから読もうかしら。最後に読んでから何ヶ月も経ってしまったわ」
「……小説はいいんじゃないか?まぁ、用意してくれた物を飲み食いしていたら時間は勝手に過ぎていくだろう」
「それもそうね」
王配はグラスに酒を注ぎ、女王はレモネードをグラスに注いだ。
「酒は飲まないんだな」
「後味?匂い?が得意ではなくて……」
「そうか」
二人は他愛のない話をしながら、年明けまでの時間を過ごした。
「大広間では皆どんちゃん騒ぎしているのだろうか」
「アレクセイはそういうの好きじゃなさそうね」
「ああ。エレオノーラも賑やかなのは苦手だろう?」
「その場にいるのに、実は自分がその場所にいないんじゃないかって思っちゃうのよ。別の所にいるみたいなね。近くで音がしているはずなのに、とても遠くのような気がしちゃって……」
「よく分かる。別世界なんじゃないかと思ってしまうんだよなぁ」
「別の世界……塔から出たときはそんな感じがしたわね。とても眩しかったし、空気の動きも感じたの」
「そうか」
「男の人を久しぶりに見たせいでもあるわね」
女王はその時の驚きを語り出した。
甲冑姿だったのもあるが、背が高いのと声が低いのに驚かされたのだ。
「俺も冗談で美しい姫がいると話していたら、本当にいたから驚いたよ」
「うふふ!ついこの間のような、とても前のような気がしちゃうわね」
「そうだな……。さて、そろそろ踊りを踊る時間じゃないか?」
二人はケレース王国はその時に鳴っている音楽に合せて踊りながら年越しをすると侍女達から聞いていたので、二人は手を取り合って踊り出した。
「エレオノーラ、実は俺は音楽が聞こえていない」
「え?」
「なので、俺はエレオノーラに合せるよ」
女王は微かに聞こえる音楽に合わせて踊り出し、王配も女王に合せて踊り出した。
皆様良いお年を!




