49.目的は?
王城のとある一角で二人の男女、と言っても恋仲ではなく兄妹が話をしていた。
兄は兵士、妹は侍女だ。
「陛下付きの侍女はもう慣れたか?陛下や殿下に無礼を働いていないか?」
「大丈夫よ。兄さんは心配性ね」
「そうか。だが、慣れてきた頃が一番失敗しやすいから気を付けろよ?」
「分かっているわよ」
王族専属兵のダニエルと彼の妹のジュリアだ。
カロリーナが妊娠したため、新たに侍女を入れたのだ。
「最初は緊張しすぎて息が止まりそうだったけど、少しずつ呼吸が出来るようになってきたわ」
「そりゃ良かったな」
「それにしても……」
ジュリアがいつになく真剣な顔をするので、ダニエルも真剣な顔になり身構えた。
「どうした?」
「お二人の色気はなんとかならないのかしら?」
妹があまりに真剣な表情するのでダニエルは悩みが出来たのかと思ってしまった。
だが、妹の口から出た言葉が予想外すぎたのでダニエルはガクッとなった。
「ならないだろう。あれは自然の物だから、止めようもない」
女王と王配は容姿が整っているうえ、立ち振る舞いも優雅である。
「何気ない言動に心が揺さぶられてしまうのよねぇ……」
ジュリアは思い出しのか、頬を赤くしている。
「んまぁ、分からなくもないが……」
女王と王配の二人は意識していないのだろうが、漂う雰囲気からして違うのだ。
「あんなに色気を出されていたら仕事にならないわよ」
「そのうち慣れる……と思う」
ダニエル自身は慣れたと言い聞かせて仕事をしている。
そうしないと、いちいち赤面していないといけない。
「ああっ!慣れてしまった方がいいのでしょうけど、慣れたくないって気持ちもあるのよね」
ジュリアはかなり大袈裟に抑揚をつけて喋った。
まるで劇で演技する役者のようだった。
「どっちなんだよ」
「前にいらしたセマルグル王国の前王様の色気も素晴らしかったわ。渋い色気よね。おじさんが好きって人の気持ちがよーく分かったわ」
ジュリアは何度も頷いた。
「ああ、確かに凄かったな。大人の余裕があった」
「侍女達は裏で皆キャーキャー言ってたの。王配殿下のお祖父様なんだから当たり前なんだけど、格好良かったわ」
「ああいう、年の取り方をしたいよなぁ…」
王配の祖父アンドレイは貫禄があって、男から見ても格好良かった。
「お金があったら出来るのかしら?それとも余裕?教養?知性?品性?誇り?敬い?」
「言い出したら日が暮れそうだな」
「ん~、そうね」
ここで兄妹の近くを一人通りかかった。
「ダニエル、そろそろ時間だ」
「はい、すぐに行きます!」
話しかけたのはダニエルの先輩であるマッテオだった。
「ああ、なんだ妹さんも一緒か。こんにちは」
「こ、こんにちは!」
マッテオはジュリアに挨拶をし去って行った。
ジュリアはマッテオの背中を見つめていた。
「……」
ダニエルはまさかと思いながら、横目で妹の様子を伺っていた。
「ねぇ、兄さん。マッテオさんにいい人っているの?」
「さあ、聞かないな」
王族専属の兵士となるとそれなりにモテるらしいが、ダニエルはそんな体験をした事なかった。
「本当?」
「……」
「今度紹介してくれない?」
「いいけど、なんて紹介するんだ?妹ですって?」
「それの何が問題あるの?」
「すでに妹だって知っているしなぁ。うちの妹どうですかって?やっぱりおかしいだろう」
「……そうかしら?」
二人が沈黙した時、また違う人物が通りかかった。
ダニエルの先輩のルカとパスカーレだ。
「ダニエル、まだいたのか?」
「ああ、すみません。すぐに行きます。じゃあ、またな」
「うん、兄さんまたね」
ダニエルは先輩二人について行った。
「俺も妹か姉さんが欲しかったなぁ」
パスカーレがポツリと言った。
「口うるさいだけですよ」
「ほら、女友達とか紹介して貰えそうだろ?」
パスカーレはニヤッと片方の口角を上げた。
「ああ……」
「それは言えてる」
「ルカはとある侍女と仲が良いと聞いたが?」
「……俺は殿下の所へ行く、二人は陛下だったな。では、また後で」
ルカは早足で二人を置いていった。
「逃げられた……。ダニエルは誰だか知っているか?」
「うーん。陛下専属の侍女達の誰かなのは分かるのですが……」
「くそぅ……誰だ?」
パスカーレは腕を組み眉間に皺を寄せて考え始めた。
その様子は真剣そのものだ。
「クラリッサさんか、トスカさんか、ジャンナですよね」
「トスカは違うな。楽団の誰かと仲が良かったはずだ」
「なら、クラリッサさんかジャンナですね」
「どちらだ?若い方か?」
「その言い方は……あ」
パスカーレは頭を傾げて必死に考えているが、年齢で判断するのはよろしくない。
そう、ダニエルが言いかけた時だった。
「うおっ」
「私の名前が出たようですけど?」
クラリッサが曲がり角から現れたので、ダニエルとパスカーレは驚いた。
「それはですね、今日の陛下の髪型について話していました。今日も実に見事でしたよ」
一切そんな話はしていなかったのに、パスカーレが上手く誤魔化したのでダニエルは感心した。
「ええ、当然です。私が腕によりをかけましたからね」
「はい、妹のジュリアもいつも驚いているそうです」
「ありがとう。ジュリアも大分慣れてきたみたいですね」
「皆さんが親切だからですよ」
このままクラリッサとパスカーレとダニエルの三人は女王の執務室まで行った。
するとちょうど執務室に入っていく女王が見えた。
「あら?三人が一緒なのは珍しいわね」
「はい。途中で会いましたので共に参りました」
「交代の時間だものね。よろしくね」
「はい!」
女王とクラリッサが執務室に入り、パスカーレとダニエルは戸の前で見張りを交代した。
少しすると、王配と宰相と将軍が執務室に入って行った。
「西領からの報告によると捕らえた女が脱走しました。手引きした者がいるようです」
宰相が言いながら、報告書を見せてきた。
「手がかりとか、犯行声明とかはあるの?」
「いいえ。イワン殿が調べた反乱分子かと思ったのですが、近隣の者は動きが見られなかったそうです」
西領領主が動きを見張らせていたそうだ。
どうしても捕まえるという信念が窺える。
「未確認の者がいたの?それとも見張りに気付かれていたとか?それとも別の地域の者とか?」
「そこまで確認出来ていないようです」
「彼ら、あるいは彼女らに直接聞けないかしら?関係の有無も調べたいし」
「直接ですか?」
一番驚いたのは宰相だが、王配も目を丸くして驚いていた。
「もちろん、それは出来ないから聞けたらいいな程度の話よ。仮に出来そうでも戦闘になりそうだからやらない方がいいわよね」
「噂程度なら、市井の人から聞けるんじゃないか?そこで怪しげな動きをする者が見つかったら幸運だな」
「聞き取り調査の様子を見張るのね」
女王が言うと王配は黙って頷いた。
「武器を買っている人はいないのですよね?」
例え普通の町人でも武器を持って暴れたら、彼らを鎮圧するのは骨を折るだろう。
「そのようです」
「作るとかは……?刃物は無理でも鈍器なら作れるんじゃない?」
「確かにな。疑念を植え付けるだけとは思えない」
「だけど、彼らの企みはイグニス島が噴火したら全てが終わるわよね?」
今の所、イグニス島の噴火活動は嘘だと言って回っているだけのようだ。
「皮肉だな。稲の収穫まで持って欲しいと思うのに、噴火までの時間が長くなったら奴等の活動が活発になってしまう。そうなれば、惑わされる国民が増えてしまう」
「降灰後はどうするつもりなのかしら?まさか本当に嘘だと思っていないでしょう?」
「ああ、いたずらに騒いでいるだけなはずないしな」
「別の部隊が動くとかでしょうか?」
「二段階で仕掛けて来るのね。人工降灰だ、とでも言うのかしら?」
そんな大がかりな事は出来よう筈がないが、彼らなら言いそうだ。
「今動いていないと見せかけて、裏で画策しているのかもしれないと…」
「気を付けているしかないのだろうか。やられっぱなしは性に合わないんだがな」
「私もです」
王配と将軍はニヤリと笑った。
「お二人が動いたら、王都を守る人が少なくなるのでお控え願いたいですね」
宰相が表情一つ変えずに言った。
冗談でも言うなと言っているようだ。
「マクシムが調べてくれているんだが、尻尾を出さないらしい。商人仲間にもそれとなく聞いてくれているらしいが、成果がないそうだ」
マクシムは諜報もこなせるが、今はただの商人の一人なので行動出来る範囲が限られる。
「マクシム殿がなんの情報も掴めないだなんてあるのね」
「それだけ身を隠すのに慣れているとなると、残党の可能性が高くなったな。あの男に媚びを売って、懐を肥やす。しかし、民の前では彼らと同じように被害者の顔をする。実際すでに捕らえてある多くは、富を見せびらかしていた者達だ」
当然そうでない者もいるが、ほとんどが贅沢な暮らしを見せびらかしていた奴等だった。
質素な暮らしを装っていても金の流れを辿って捕らえられた者もいるが、全員ではなかったのだ。
「頭が良いのね」
ため息をついた女王の表情は優れない。
「悪知恵と言うべきでしょう」
「悪知恵でも知恵があるなら、もっと良いことに使えばいいのに」
宰相が言うと、女王はまたため息をついた。
女王は悪人の気持ちが理解出来なかった。
「一度甘い汁を吸ってしまったら戻れないのだろう」
「若い女の名はヴィオレッタ、彼女の親に行きに心当たりがないか尋ねたり、今までの交友関係を聞いたようですが、潜伏先の情報はありませんでした。すでに西領から出ているかもしれないので、他領にもより警戒するように伝えてあります」
若い女の名は分かったが、それ以外は何も分かっていない。
ヴィオレッタを組織に引き入れた男の素性も分かっていない。
二人の人相書きは出回っているが、めぼしい情報は得られていないのだ。
「思ったより、大きい組織なのかしら?」
「大きくても、ばらけていたら分かりにくいからな」
王配の整った顔はしかめっ面になっていた。
「悔しいけど、本当に何も分からないわね」
女王は何回目か分からないため息をついた。
「さっきも言ったが、嫌がらせなわけないしなぁ。取りこぼしの奴等だったら、何が目的だ?元の生活に戻れるはずないのに」
「では、どうやったら戻れるのか考えてみる?」
女王は逆から考えるのはいいかと思った。
「……いや、無理だろう。我々はそいつらを重宝しないのだから、金品を渡したりしない。よって元の贅沢は出来ない」
「国内で彼らが望む金品を渡せる立場の人間は限られますね」
渡せるのは貴族ぐらいだろうが、彼らの素性は調べ尽くされている。
「いないだろ」
「そうよね。いないわよね」
「悪あがきなだけじゃないか?」
「黒幕は他国にいるとか?」
「まさか」
王配はまさかと言ったが、宰相と将軍が女王の言葉に一瞬息を詰まらせた。
「ケレース王国のせいにして何かから目を逸らさせているとかはない?」
「それとなく文を出して反応を見ましょうか?」
「……殿下、セマルグル王国で排除した者達はどうなりましたか?」
将軍の目は鋭い刃物のように、見た瞬間にヒヤリとするものになっていた。
「エレオノーラに他国と言われて浮かばなかった訳ではないが……、ああ、なくはない線だな。ドナートに連絡を入れよう」
兵士達は年上か年下で敬称をつけています。




