15.一週間後
使者が来て一週間が経過した。
とっくに使者は帰り、王配がセマルグル王国に出した使いも帰って来ている。
手紙を届けるだけでなく、状況の説明や支援物資のお願いのために少々長く出てもらった。
「マクシム、ご苦労だった」
王配は彼より年上の男性に話しかけた。
「いえ、この短期間に二度も母国に帰れて嬉しいですよ」
マクシムはうっすらと作り笑いを浮かべながら、本心でない事を言った。
「…すまない」
マクシムは元は王配の叔父イワンの部下だった。なので、あまり親しくはない。
優秀なのは分かるが、少々取っつきにくい。
マクシムはケレース王国の女性と結婚したので、そのままこの国に暮らしている。
普段は城下町にの商家で仕事をしているので、時折王配から頼まれごとをされる。
「しかし、噴火ですか…。大陸中が混乱するでしょうね。食べ物の値段も上がり始めているようです」
「保存するためにか?」
「ならいいのですが、さらに高値で転売されるのは腹立たしいですね」
マクシムは嫌悪した顔になっている。
「分かった。言っておく。個人が一度に大量に買うのを禁止にすればいいのか?」
「単純ですがそうするしかないでしょうかね。免許制や許可証制にしたら偽造し出すでしょうし」
「はぁ…。その制度を始めると、人を雇ってそいつらに少量ずつ買わせるとか始めるんだろうな…」
「いたちごっこですね」
マクシムは眉一つ動かさず真顔だったが怒っているようだ。
「本物の鼬だったら食えなくもないし、毛皮もとれるがなぁ…」
食えなくもないが鼬の肉は獣臭いし硬いらしい。
「許可されていない販売者から買うのを禁止しても、食糧がなければそこから買うしかないですからね」
「闇市か…。いっそ、全国民配給制してしまうか?」
「…おすすめ出来ませんね。利権がどうのとなるでしょう」
「だよなぁ…」
王配は背もたれに寄りかかり天井を見た。
「あの、王配殿下…」
「何だ?」
王配はマクシムの顔を見た。
何やらあまり良くない事を言いそうな顔をしている。
いや、いつもそんな感じだが今回はさらにだ。
「陛下との夜でお困りだと伺いました」
「リンダからか?」
マクシムは女王の専属の侍女リンダと結婚したのだ。
「ええ、妻から聞きました。…何をしたのか存じませんが、怒っておりましたよ」
リンダは若い侍女の中だと女王と過ごした時間が一番長い。
「…体力差や体格差で苦労をかけたらしい」
「今は将軍殿に強制的に運動させられているとか」
「強制的ではない。自主的でもないが、頼まれて兵士達を鍛えているんだ」
「妻が見たところ、殿下対複数人の兵士だそうで…」
マクシムが鼻で笑ったので、王配は睨んだ。
「笑いたきゃ笑え」
「私も是非とも見てみたいですね」
「なんならマクシムも彼らを鍛えてやってくれ」
「いえいえ、私は妻に迷惑をかけておりませんので大丈夫です」
「いや、腕が鈍っているかもしれないぞ?」
王配とマクシムが静かに睨み合う。
「兵士達の良い見本になってやってくれないか?」
王配はにっこりと笑ったが、邪悪さがあった。
「今日は元連合国軍司令官補佐のマクシム殿が訓練に来てくださった!」
将軍が高らかに言った。
マクシムは真顔のままだが、心の中では悪態をついているかもしれない。
「王配殿下同様かなりの使い手でらっしゃる!心してかかるように!」
「はいっ!」
訓練の様子を遠くから女王とリンダ、他の侍女達が見ていた。
「今日はマクシム殿も一緒なのね」
「え、ええ…」
リンダは不安からか、顔色が良くない。
「どうしたの?心配なのかしら?」
「いえ、そうではないのですが…。突然でしたので驚いているのです」
「予定は大丈夫だった?」
「ええ、戻ったその日は休みでしたので大丈夫です…」
女王は何か様子がおかしいと思ったが、聞かないでおいた。
「では、マクシム殿に手本を見せてもらう!今日は素手での戦闘だ!」
「はい」
マクシムは兵士と一対一になった。
相手の兵士は木剣を持っている。
武器を持った相手との戦闘を想定しているようだ。
「はじめ!」
相手の兵士は木剣を振り下ろしたが、マクシムは後方へ飛んで回避した。
兵士は次々と斬りかかったが、どれもマクシムには当たらない。
「ああっ」
リンダは手を胸元で握り締めて心配している。
マクシムへの攻撃はどれも当たらなかった。
次第に兵士の動きが鈍くなってきた。
マクシムはその隙を狙って懐に入り込み数発殴り、木剣を奪い喉元に突きつけて終わった。
「すごい!勝ったわね!」
「はい…よかったです」
女王は笑顔になり、リンダはほっとした表情になった。
「これで夜も安心ね」
「え?ええ…そうですね」
女王は単純に怪我をしなくてよかったと言った。
しかしリンダは夜も機嫌が良いだろうと言ったと思った。
リンダはマクシムに久しぶりに会ったのに機嫌が悪いのは嫌だったのだ。
「さあ、作業所に行きましょう」
「はい」
王配は後悔していた。
マクシムに一泡吹かせてやろうと思ったのにそれが出来なかったからだ。
最終的に王配とマクシムが試合させられた。互いに素手での戦いだった。
王配は勝ちはしたが、それなりに打撃を受けた。
(あの野郎、普通に顔を狙ってきやがった…)
体と顔に防具は着けていたので、痣は大したものではなさそうだ。
王族の顔面を狙うはずないと油断していたのが悪かった。
(そういう奴だった…)
叔父イワンがマクシムを配下にした時に聞こえてきた噂は良い物ではなかった。
商家の次男坊が長男との待遇の差で捻くれた愚か者などと言われていた。
何でも叔父はマクシムが街で殴り合いの喧嘩をしていたところで声をかけたらしい。
「いててっ」
侍従達は医師を呼んできた。
すでに体中の汗や泥などは拭き取ってある。
「唇が切れておりますね」
医師はまず顔の傷の確認をした。
王配の顔に痣があるのは左側だ。
「どおりで血の味がすると思った」
「まぁ、すぐに治るでしょう」
塗り薬を塗られた。
「痣は冷やしておいてください」
侍従に渡された冷えた布で痣を覆った。
「体の痣も冷やしておきましょうかね」
侍従達が布を押さえて痣を冷やしてくれたが、絵面的に不気味だろう。
「ああ、手も見せてください」
「分かった」
王配は右手を医師の前に出すと、医師は手を確認しだした。
「痛みはないですか?違和感とかもないでしょうか」
「んー、大丈夫だ」
王配は右手を握ったり閉じたりを繰り返して確かめた。
「左手も大丈夫でしょうか」
左手も同じく握ったり閉じたりをした。
「大丈夫そうだ」
「少しでもおかしな点がございましたら、いつでもおっしゃってください」
「ああ、分かった」
医師が出て行くと、入れ替わりで女王が入って来た。
心配して駆けつけたようだ。
「アレクセイ大丈夫なの?アレクセイは見ているだけだと思ったのに…」
女王が遠くから侍女達と見ていた時はそうだった。
王配にも予想出来なかった事態だ。
「これくらい大丈夫だ。最後に試合を組まれたんだ。まぁ、勝ったからよかったな」
「…マクシム殿も怪我をしているのね」
「…そうだな」
女王は勝った負けたで喜ぶ人ではなかった。
「リンダは久しぶりにマクシム殿に会えたのに…」
「う、うん…」
女王は王配を責めたつもりはなかったが、王配にはそう聞こえてしまった。
純粋に怪我をしてしまったら喜びが半減するだろう程度にしか思わなかった。
「だけど、訓練じゃ怪我はつきものだものね…」
「だな」
「ところで、いつまでそうしているの?」
女王の目の前には、王配の体の痣を侍従二人がかりで冷やしている不気味な光景があった。
「お前達、もういいぞ」
「ええ、ありがとう」
「はい」
侍従達は冷やすのを止め、王配はシャツを着た。
「…玉葱の皮で染めた旗を見に行ったら、その帰りでアレクセイとマクシム殿が負傷したって聞いたからびっくりしたわ」
「不測の事態だな」
「ええ、本当に」
「旗の実物はあるか?」
王配がいうと侍女のジャンナが黄色い布を見せてくれた。
侍従が受け取り、別の侍従と旗を広げた。
「おお!結構綺麗に染まったな。へぇ、っていたより黄色になるんだな」
「えっと、この布はミョウバン媒染をしたらしいわ。銅や生石灰から作った媒染液を使用しすると違う色味が出るそうだけど、これでいいわよね」
まず玉葱の皮の煮込んで出来た染液に布を浸す。
染液から取り出した布を媒染液につけると更に色が変わるのだ。
「ああ、これで十分だろう」
「アレクセイならそう言うと思ったから量産を許可したの」
旗の中継地点はまだ選定中なので必要数は不明だが、予備込みで大目に作っておく。
「黒は炭で染められるとして赤はどうするんだ?」
「…紅花じゃないの?それか虫…」
コチニールカイガラムシという虫から赤い染料が作れるらしい。
「紅花は輸入しないとないか…。何か赤い布を代用出来ないか?赤い布ならどこかしらにあるだろう」
「それもそうね…」
女王は赤と言われて、先日デザイナーが持って来た赤いドレスが浮かんだ。
流石にまだ袖を通していないのでそれを旗にしようとは思っていない。
なんとなく頭に浮かんだだけだった。
「いらない布…着なくなった服…あ!」
王配が声を上げた。
女王と侍従と侍女達は声の主を見る。
「どうしたの?」
「あいつらの服に赤いのは残されていないか?」
あいつらとは、前王とその妻子だ。
前王は女王の父の弟で、この弟はあろう事か女王の父から王位を簒奪した。
「魔除けや身代わり人形の材料にしているから残っているかしらね」
国民を苦しめた者達が着用していた服を再利用した商品を販売している。
縁起が悪いので、最初から魔除けや身代わり人形として売っている。
これはケレース王国外に向けて販売されているのだが、入荷されたらすぐに売り切れるらしい。
これは良い生地を使用しているからでもあるだろう。
「聞いてみましょう」
侍従に王城内の作業場へ聞きに行かせたら、まだ赤い服は残っているらしかった。
他にも寝具やカーテンなども残されているらしい。
「新しくしたばかりでも、飽きればすぐに別の新しい物に取り替えておりましたからね」
一人の侍従が苦笑すると、他の侍従や侍女達も苦笑いをした。
「前のと取り替えろと言われる事もしばしばあったので、捨てる訳にもいかずにずっと保存しておいたのです」
「ですが、赤と言われて以前使用した赤い物を持って行くと、何故古い物を持ってきたと怒られたりしましたね」
侍従達の顔色が悪くなっていった。
「…嫌な記憶が蘇るのなら別の方法を考えるわ」
「いえ、そんな!」
「あいつらも今になって役に立てるのなら本望だろうよ」
王配は鼻で笑い、続けて言った。
「俺たちが役に立たせてやるんだから地獄で感謝してほしいぐらいだな」
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