第6話:束の間の温もり
―第四階層:影の巣―
階段を降り切った瞬間、四人は思わず足を止めた。
第三階層の濁った霧とは違い、第四階層の霧は――
静かだった。
色は深い灰。
濁りは強いのに、どこか落ち着いた冷たさがある。
地面は黒い岩盤で、ところどころに細い影の筋が走っていた。
空気はひんやりとして、呼吸をするたび胸の奥が冷える。
「……ここが、第四階層……」
美咲が小さく呟く。
優斗は足元を軽く踏みしめた。
「第三階層みたいに脈打ってはねぇな……でも、なんか……静かすぎる」
朔弥も周囲を見回し、眉を寄せる。
「うん……魔力の流れは乱れてないけど……逆に、何も感じない……」
レオンは周囲を一巡見渡し、静かに言った。
「ここで一度――」
その瞬間。
ぐぅぅぅ……
静寂を破る、妙に響く音。
続けて、
ぐるるる……
きゅるる……
三人のお腹が、見事に合唱した。
「……おまえら……」
レオンが額に手を当てる。
朔弥は視線を逸らしながら言う。
「ち、違うんだ……! ほら、緊張してたし……!」
優斗は耳まで真っ赤にして、
「俺も……その……」
美咲は肩をすくめ、小さく呟いた。
「わ、私も……ちょっと……」
三人がしどろもどろに言い訳を並べると、レオンは深いため息をつき――
「はぁ……休憩するぞ」
と、観念したように言った。
三人の顔がぱっと明るくなる。
レオンはストレージに手をかざし、調理器具と食材を取り出した。
「レオンくん、料理できるんだ……」
美咲が目を丸くする。
「遠征が長いと、嫌でも覚えるさ。食べないと死ぬからな」
そう言いながら、レオンは手際よく生活魔法を使う。
「《水流》」
空中に細い水の流れが生まれ、野菜や手を洗い流す。
「お前たちも手を洗え」
言われて三人も慌てて手を綺麗にする。
「《着火》」
小さな炎がふわりと灯り、鍋の下に安定した火力を作り出す。
優斗が感心したように呟く。
「……なんか、プロっぽいな……」
朔弥も思わず見入っていた。
「レオンって、こういうのも完璧なんだ……」
美咲は嬉しそうに笑う。
「なんか……かっこいい……」
レオンの手が、ほんの一瞬だけ止まった。
「……褒めても何もでないぞ」
と言いながら、耳がわずかに赤い。
だが――
その瞬間、胸の奥に微かなざわつきが走った。
(……前にも……こんなふうに……誰かに料理を作って……笑われて……褒められて……)
霧のように曖昧な記憶が、ぼんやりと揺れた。
レオンは小さく首を振り、意識を料理へ戻した。
鍋から立ち上る香りが、疲れた身体にじんわり染み込んでいく。
やがて――
「できたぞ。さぁ食べよう」
温かいスープと、香ばしく焼かれた肉と野菜のプレートが並ぶ。
三人は同時に目を輝かせた。
「うまっ……!」
「これ……本当にレオンが作ったの……?」
「……あったかい……」
三人の素直な反応に、レオンはそっぽを向きながらも、口元がわずかに緩んでいた。
「……俺は料理の手は抜かない主義だ」
その横顔は、どこか懐かしさを噛みしめるような、少しだけ切ない笑みだった。
束の間の休息。
霧の迷宮の中で、ほんの少しだけ温かい時間が流れた。
温かい食事を終えると、四人の間にふわりとした緩い空気が流れた。
優斗は満足そうに背伸びをし、朔弥はその場にごろんと寝転がる。
「……はぁ……生き返る……」
「お前、もう寝る気かよ」
優斗が呆れたように言うが、その声にもどこか柔らかさがあった。
美咲は空になった皿をまとめ、レオンの方へ持っていく。
「レオンくん、片付け……手伝うね」
「助かる」
レオンは淡々と答えたが、その声はいつもより少しだけ柔らかかった。
二人で並んで後片付けを始める。
レオンが水流で器を洗い、美咲が布で丁寧に拭き取る。
「レオンくんの料理、ほんとに美味しかったよ」
「……そうか」
「うん。なんか……安心する味だった」
レオンの手が一瞬だけ止まる。
(……安心……か)
胸の奥で、また微かなざわつきが揺れた。
霧の奥に沈んだ記憶の欠片が、触れられたように震える。
だが、思い出せない。
レオンは小さく息を吐き、気持ちを切り替えるように器を重ねた。
「片付いたな。戻るか」
「うん!」
美咲が笑顔で頷く。
レオンが灯火を少し強め、小さな焚き火を作る。
ぱち、ぱち、と火が弾ける音が、第四階層の静寂に心地よく響いた。
四人は自然と火を囲む形で座った。
優斗は刀を膝に置き、布で丁寧に刃を拭いている。
「……こうして落ち着くとさ、なんか変な感じだよな」
「変って?」
朔弥が寝転んだまま顔だけ向ける。
「いや……ダンジョンに入ってから、ずっと戦って、走って、焦って……こうして座ってるのが、逆に不思議っていうか」
「わかる……」
美咲も火を見つめながら頷いた。
「第三階層、ほんとに怖かった……霧も濁ってたし、影の根も……」
朔弥は腕を枕にしながら呟く。
「俺、正直……何回かやばいと思った……でも……みんながいたから、なんとか……」
レオンは黙って火を見つめていたが、やがて静かに口を開いた。
「お前たちはよくやっている。第三階層を抜けたのは、実力だ」
三人は驚いたようにレオンを見る。
「レオンが褒めるなんて……珍しい」
優斗が笑うと、レオンはそっぽを向いた。
「事実を言っただけだ」
耳が、ほんの少し赤い。
美咲が火に手をかざしながら言う。
「……この下、五階層に行けば、ボス戦……あるのかな」
朔弥がごくりと喉を鳴らす。
「第五階層のボス……どんなのなんだろ……」
優斗は刀を見つめたまま呟く。
「影の濃度、今いる第四階層よりヤバいよな。絶対なんかいるだろ……」
レオンは火の揺らぎを見つめながら、静かに言葉を落とした。
「通常、ダンジョンの奥には核があると言われている。そこを守る存在がいるなら……間違いなく、強敵だ」
三人の表情が引き締まる。
レオンは続けた。
「だが――今のお前たちなら、戦える」
その言葉は、焚き火の温かさよりも強く、三人の胸に灯った。
朔弥は寝転んだまま拳を握りしめ、優斗は刀を軽く持ち直し、美咲は静かに微笑んだ。
「……うん。みんなでなら、きっと行ける」
焚き火の火が、四人の影をゆらゆらと揺らす。
束の間の休息。
だが、その温かさは確かに四人を繋いでいた。




