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第4話:戦いの果てに

 ドォォォン!!


 地面が揺れ、砂煙が舞う。

 

 現れたのは――

 身長三メートルのアーマーオーク。

 黒鉄の鎧をまとい、赤い目を光らせ、黒い瘴気をまとった大斧を構えている。


「な、なんだよあれ……!?」

「ゴブリンの比じゃねぇ……!」


 二人の声は震えていた。

 目の前に立つアーマーオークは、ただの魔物ではなかった。

 鉄板のような皮膚、岩のような筋肉、そして何より――

 その存在そのものが圧を放っていた。


 近づくだけで空気が重くなる。

 呼吸が浅くなる。

 心臓が勝手に早鐘を打つ。


 レオンは聖剣を構えたが、その手がわずかに震えていた。


(……身体が重い……

 魔王戦の直後だからか……

 それとも、この世界の魔力が合わないのか……? くそ……力が半分も出ない……)


 レオンの額から汗が落ちる。

 勇者である彼が、ここまで追い詰められている。

 その事実が、三人の背筋を冷たくした。


 アーマーオークが咆哮する。

 地面が震え、木々が揺れ、空気が裂けるような音が響く。


 そして――

 突進してきた。


 巨体が地面を砕きながら迫る。

 その一歩ごとに、地面が陥没する。

 まるで戦車が突っ込んでくるような迫力だった。


 朔弥が反射的に手を突き出す。


「《火球(ファイアボール)》!!」


 ボッ!!


 火球が生まれ、一直線に飛ぶ。

 だが――

 怯ませるだけ。

 アーマーオークは一瞬だけ顔をしかめたが、すぐに再び突進を続けた。


「くそっ……もう一発!!」


 ボッ!!


 火球が連続で放たれる。

 朔弥の手のひらが熱を帯び、皮膚が焼けるように痛む。


「まだだ……!!」


 ボッ!!


 三発目。

 だが、アーマーオークは止まらない。

 炎を浴びても、皮膚が黒く焦げるだけで、その巨体は揺るがなかった。

 朔弥の呼吸が荒くなる。


「はぁ……はぁ……っ……

 身体が……重い……」


 視界が揺れる。足が震える。

 胸の奥で、またあの異質な脈動が走る。

 火球を撃つたびに、体力だけでなく何か大事なものが削られていくような感覚。

 魔力の流れが乱れ、頭が熱くなり、手足が鉛のように重くなる。


(……なんでだよ……さっきの影の時は……

 もっと動けたのに……)


 朔弥の中で雷の気配が微かに揺れた。だがまだ形にならない。

 ただ胸の奥で、苦しげに暴れているだけ。


 アーマーオークが再び咆哮する。

 その声は、朔弥の心臓を直接殴りつけるような衝撃だった。


 美咲が叫ぶ。

 声が震えているのは、恐怖ではなく――

 朔弥の異変を誰よりも近くで感じているからだった。


「朔弥くん、大丈夫……!」


 朔弥の肩に触れた美咲の手が、微かに跳ねる。

 朔弥の体から、魔力が抜け落ちていく感覚が伝わってきたのだ。


(魔力切れか……!? 初心者が連発すれば当然だ……!)


 レオンの表情に緊迫が走る。

 勇者である彼が焦りを見せるのは、よほどの事態だ。


 朔弥は膝をついた。

 地面に手をつくと、指先が震えているのがわかる。

 呼吸が浅く、胸の奥で何かが軋むように痛む。


「くそ……動けない……!」


 視界が揺れ、音が遠のく。

 魔力が枯れた身体は、まるで鉛の塊のように重かった。


 アーマーオークが朔弥に迫る。

 巨体が影を落とし、地面を踏みしめるたびに土が跳ね上がる。

 その咆哮は、鼓膜を破りそうなほどの衝撃だった。


「させるかッ!!」


 レオンが飛び込み、聖剣を振り下ろす。


 ガキィィィン!!


 金属同士がぶつかるような甲高い音が響く。

 だが――

 押し負けた。

 レオンの足が後ろへ滑り、地面に深い溝が刻まれる。

 聖剣を握る手が震え、腕が痺れているのが見て取れた。


「くっ……!」


(俺は……こんなに弱かったか……?

 いや、魔王戦の疲労が残っているだけだ……!)


 レオンは自分に言い聞かせるように歯を食いしばる。

 だが、現実は残酷だった。


 アーマーオークの大斧が振り下ろされる。

 その軌道は重く、速く、避ける余裕などない。


 レオンはギリギリで受け止めるが――

 膝が沈む。

 地面がめり込み、土が四方に飛び散る。

 聖剣と大斧がぶつかり合う衝撃が、空気を震わせた。


 レオンの腕が悲鳴を上げる。

 押し返せない。

 勇者であるはずの自分が、ただの壁にされている。


 その後ろで、朔弥は立ち上がれずにいた。

 美咲は必死に支え、優斗は竹刀を握りしめて震えている。


 誰もが理解していた。

 ――このままでは、誰かが死ぬ。


「レオン!!」


 優斗が叫ぶ。

 竹刀を握りしめているが、震える手では前に出ることすらできない。

 相手は竹刀で殴ってどうにかなる存在ではなかった。


 美咲は朔弥を抱き寄せる。

 魔法が使えない彼女には、朔弥の体を支えることしかできない。

 それが余計に胸を締め付けた。


「どうすれば……どうすれば……!」


 美咲の声は震え、涙が滲む。

 焦りと無力感が胸を締め付ける。


 アーマーオークが大斧を振り上げる。

 その影がレオンを覆い、まるで死そのものが迫ってくるようだった。


 レオンは歯を食いしばった。

 腕が震え、膝が沈み、呼吸が荒い。

 それでも剣を下ろさない。


(俺は……あの時……

 何かを失った気がする……

 でも……今度こそ……!)


 胸の奥が熱くなる。

 理由はわからない。

 記憶は封印されている。

 だが――

 守れなかった誰かの影が、レオンの背中を強く押した。


 その瞬間、レオンの身体から光が溢れた。


「うおおおおおお!! 《光刃連撃(ライトラッシュ)》!!」


 光の斬撃が連続で走る。

 その一撃一撃が、レオンの魂の叫びのようだった。

 アーマーオークの鎧が切り裂かれ、鉄の破片が飛び散る。

 巨体がわずかに怯む。


 レオンはその隙を逃さなかった。

 地面を蹴り、跳び上がる。

 光を纏った身体が、夜空に弧を描く。


「これで……終わりだッ!!

 《光刃(ライトブレード)》!!」


 振り下ろされた光の斬撃が、アーマーオークの胸を一直線に貫いた。

 アーマーオークは絶叫し、その声は空気を震わせ、地面を揺らす。

 次の瞬間、巨体は黒い霧となって崩れ落ちた。


 ズズズ……ッ


 空では黒い穴が縮み始める。

 まるで世界が傷口を閉じるように、ゆっくりと、しかし確実に収束していく。


 そして――

 パァンッ!!


 乾いた破裂音とともに、黒い穴は完全に消滅した。

 静寂が訪れる。

 風が戻り、木々が揺れ、世界がようやく息をした。


 だが――

 レオンの身体は限界だった。

 聖剣を支えにしながら、ゆっくりと膝が地面に落ちる。

 戦いは終わった。

 しかし、代償はあまりにも大きかった。


「……消えた……?」


 優斗が呆然と呟いた。

 竹刀を握る手はまだ震えている。

 戦いが終わったという実感が、すぐには胸に落ちてこない。

 美咲は朔弥の背中をさすりながら、震える声で言葉を絞り出した。


「よかった……本当に……」


 その声には、安堵と涙が混ざっていた。

 魔法も使えない自分にできたのは、朔弥を抱きしめて震えを止めることだけ。

 それでも、朔弥の体温が戻ってくるのを感じて、美咲は胸の奥がじんわりと熱くなった。


 レオンは聖剣を地面に突き立て、肩で息をしていた。

 光を纏っていた身体からは、もう何の輝きも残っていない。

 ただ、疲労と痛みだけが重くのしかかっていた。


(……危なかった……今の俺では……

 これが限界……でも……なぜだ……

 俺は……もっと強かったはず……)


 レオンは自分の胸に手を当てる。

 そこには、説明のつかない空白があった。

 力が出ない理由が、疲労だけとは思えない。

 

 まるで――

 自分の中の何かが欠けているような感覚。

 その違和感は、戦いの最中よりも、今の静寂の中で強く浮かび上がる。


 レオンはまだ知らない。

 その違和感こそが、封印された記憶の影響であることを。

 そして朔弥の胸の痛みもまた――

 魔王因子の微かな反応であることを。


 風が吹き抜ける。

 戦いの余韻をさらいながら、どこか遠くで、まだ見ぬ脅威の気配を運んでくるようだった。

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