―幕間― 異界裂孔の胎動
狭山の雑木林。
朝の光が差し込むはずの木々の間で、影だけが異様に濃く沈んでいた。
まるで光そのものが、この場所を避けているかのように。
その中心で――
黒い霧が渦を巻き、ゆっくりと人型へと収束していく。
シャドーが、狭山の地に降り立った。
「……ここが魔王様の落下地点……そして地中深く――地脈の源か」
足元には、朽ち果てた古い建造物があった。
形こそ残っているが、内部は崩れ、魔王の落下の衝撃で完全に機能を失っている。
シャドーの声は、風を凍らせるように冷たかった。
存在そのものが光を拒絶し、周囲の空気がわずかに歪む。
シャドーは地面に手を触れた。
その瞬間――
地脈が震え、大地の奥から脈動するエネルギーが溢れ出す。
「……豊潤……」
黒い霧が地面へと染み込み、地脈の流れを静かに、しかし確実に汚染していく。
大地が呻き、木々がざわめき、鳥たちが一斉に飛び立った。
地面が波打つように盛り上がり、朽ちた建造物は音もなく倒壊した。
土が裂け、黒い光が地中から漏れ出す。
シャドーは静かに呟く。
「魔王様の残滓……この地に残された核の欠片……地脈と融合し、迷宮へと変質せよ」
黒い霧が地面を覆い、世界の法則が書き換わっていく。
木々が黒く染まり、根がねじれ、空間が歪む。
やがて――
大地に巨大な裂け目が生まれた。
底が見えない闇の穴。
その奥で、魔王の残滓が脈動している。
「……これにて《異界裂孔》、起動」
シャドーの声に呼応するように、裂け目の奥で黒い光が脈打った。
シャドーは裂け目の縁に立ち、ゆっくりと影を広げる。
「世界中のダンジョンから集められた地脈エネルギー……すべてはこの裂孔へ集約される。ここは送電塔――魔王様へ力を送る中枢」
裂孔は、世界中のダンジョンを繋ぐ最後の柱。
他の柱が崩れようとも、ここだけは決して折れないように造られている。
「この裂孔を深め……最深部に到達し門を開く……その時には、他の柱はすべて壊れているだろう……最後の柱は……ここだ」
地脈の奥で、黒い光がさらに強く脈動した。
影が地面を這い、森の奥へと伸びていく。
シャドーは裂け目に向かって手をかざした。
「まずは……五層。地脈エネルギーが集まるほど……階層は深くなる。魔王様の復活が近づくほど……この迷宮は完成へと向かう」
地面の奥から、迷宮の構造が生まれていく音が響いた。
壁が形成され、通路が伸び、魔物の気配が芽吹く。
裂け目の奥で、黒い光が渦を巻いた。
「門が開けば……魔王様の望みが叶う……その時こそ……世界は再び闇に染まる」
シャドーは影を引き、ダンジョンの奥へと溶けていく。
「……勇者レオン。魔王様を害した唯一の存在……異界で再び動くのなら、排除するのみ」
しかし、影は続けた。
「だが、私はこの裂孔の番人……魔王様の命なくして、地脈から離れることは出来ぬ。勇者には……我が使い魔、影の欠片を向かわせよう」
影が完全に消えた瞬間――
裂孔は静かに、しかし確実に稼働を始めた。
その存在は、まだ誰にも知られていない。
ただひとり――
狭山に住む少年・朔弥の存在魔力だけが、この異変に微かに反応し始めていた。




