表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
45/117

第1話:異空間の玉座にて

 異空間――魔王城。


 そこは地球でもアルティリアでもない。

 二つの世界が擦れ合う境界に生まれた、歪んだ領域だった。


 空気は重く、色彩は薄れ、音は遅れて響く。

 まるで世界そのものが壊れかけているような、不安定な空間。


 崩れた城壁が宙に浮かび、黒い霧が床のように揺れ、時間すら脈動するように歪んでいる。

 その中心に――

 朽ちた玉座があった。


 玉座に座る魔王ヴォルネクサスの姿は、黒い霧が辛うじて人型を保っているだけの不完全体。

 かつて世界を震わせた威容は、今は影の残滓にすぎない。


「……まだ……足りぬ……」


 魔王の声が空間を震わせた。

 声が響くたび、周囲の霧が波紋のように揺れる。


「忌々しい女神め……転移中に介入してくるとは……貴様が我を弾き飛ばしたせいで……異界に落ちた際の魔力流出が……大きすぎる……」


 魔王は敗北を認めていない。

 あくまで――

 女神の妨害で計画が狂っただけだと考えている。


 本来なら、事前に用意していた予備核へ転移した後そこから復活し、再び世界を侵略するはずだった。


 だが女神レティシアの干渉により、魔王は異界――

 地球へと弾き飛ばされた。


 落下地点は地球の地脈の源。

 後に《狭山ダンジョン》と呼ばれる場所である。


 落下の衝撃で魔力が暴走し、魔王の欠片が世界中へ飛び散った。

 それらがダンジョンの種となり、各地にダンジョンが発生した。


 魔王自身は魔力を大きく失い、肉体を維持するために異空間へ退避するしかなかった。


「この世界の地脈は……豊かであるというのに……今の我では……直接吸うことができぬ……ゆえに……この狭間で器を保つしかない……」


 魔王の胸奥で、黒い光が脈打つ。

 それは魔王の核の名残。

 しかし今は弱々しく、かつての力の影もない。


「……む……? 異界に……魔力の波動……?」


 微弱な存在魔力が、異空間の魔王城にまで届いた。

 細く、しかし鋭い波動。

 魔王の核を刺激する。


「この波動……懐かしい……これは――」


 魔王の目が赤く光る。


「勇者レオンの魔力……!」


 怒りが空間を震わせた。


「忌々しい勇者レオンめ……なぜ異界で動いておる……我の気配を追ったか……それとも女神の差し金か……」


 魔王の声には、怒りと焦りが滲んでいた。

 今の不完全な状態では、勇者と戦うどころか、側近すら満足に呼び出せない。


「……今の我に呼べるのは……二人の側近のうち……王影シャドーのみ……吸血姫メフィストを呼ぶには……魔力が足りぬ……」


 魔王は手をかざし、黒い魔法陣を展開した。

 魔法陣は歪み、軋み、空間を削るように広がっていく。


「来い……我が影……シャドー……!」


 黒い霧が渦を巻き、人影がゆっくりと形を成す。

 有象無象の魔物とは比べ物にならない濃度の影。

 空間そのものが拒絶するように歪む。


 シャドーが跪いた。


「……魔王様。お呼びに応じ、参上いたしました」


 その声は低く、冷たく、闇そのものが言葉を発しているようだった。


 魔王の声が低く響く。


「シャドー……我はまだ……不完全……メフィストを呼ぶ力も……ない……」


「承知しております。魔王様の魔力は、まだ器に戻りきっていない」


「……ゆえに……お前に命じる……」


 魔王の赤い瞳が細められる。


「異界にある世界中のダンジョンから、地脈エネルギーを回収せよ。勇者レオンが動く前に……我が復活を早めるのだ……!」


「御意」


 シャドーの影が揺らぎ、その一部が黒い霧となって分離する。


「……まずは我が使い魔、影の欠片を送り込みましょう。この世界の地脈に触れ、道を開くために」


 霧は細かく砕け、影の粒となって異界へと落ちていく。


「行け……我が分身よ。地脈を汚染し、魔王様の復活の礎となれ」


 影の粒は現実世界へと滲み出し――

 その一つが、狭山の雑木林で目を覚ますことになる。


「私は地脈の源に向かうとしよう」


 シャドーの姿は霧となり、玉座の間から消えた。


 魔王はゆっくりと立ち上がる。

 その動きだけで空間が軋み、霧が震える。


「レオン……貴様が動くというのなら……我も応じよう……」


 魔王の体が黒く脈打つ。

 その脈動は空間そのものを侵食するようだった。

 黒い霧が玉座の周囲で渦を巻き、異空間の壁が低く唸る。


「いずれ……貴様の存在魔力も……我がものとしてやる……フフ……フハハハハ……!」


 魔王の笑い声が響くたび、空間がひび割れ、黒い稲妻が走る。

 その威圧感は、かつて世界を滅ぼしかけた魔王の片鱗を確かに示していた。


 だが――

 その笑いの裏には、焦りと苛立ちが混ざっていた。

 不完全な肉体、欠けた魔力、そして勇者レオンの気配を感じたという誤認。


 魔王はまだ知らない。


 その、感じた魔力は――

 レオンではなく、朔弥のものだということを。


 玉座の間に漂う黒い霧が、魔王の脈動に合わせて波打つ。


(勇者レオン……貴様が異界で動くというのなら……我が復活も早めねばならぬ……)


 魔王の赤い瞳が細められる。

 その視線は、異界のどこかにいる敵を睨みつけていた。


 しかしその敵は、魔王が思う勇者ではない。


 狭山に立つひとりの少年――

 朔弥の存在が、静かに世界の均衡を揺らし始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ