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第13話:剣士・優斗の覚悟

 昨日の美咲の訓練から一日が経った。

 学校が終わり、三人は再び公園に集まっていた。

 昨日の余韻がまだ身体に残っているような、不思議な緊張が漂う。


 夜の帳がゆっくりと降り始めた公園。

 美咲の浄化ピュリフィケーションが放った白光はすでに消えているのに、空気にはまだ魔力の残滓が薄く漂っていた。


 その静寂を断ち切るように、レオンが木刀を手に取る。


「次は……優斗だ」


 優斗は肩を回し、深く息を吸い込んだ。

 美咲の圧倒的な成長を目の当たりにしたあとだからこそ、胸の奥では焦りと負けたくない、という感情がせめぎ合っていた。


「よし……来い、レオン」


 レオンは無言で木刀を一本投げる。

 優斗は反射的にキャッチし、そのまま構えを取った。


 レオンが静かに足を開く。

 ただそれだけで、空気が変わった。


 朔弥が思わず呟く。


「……あれ、絶対本気のやつだ……」


 その声は震えていた。

 レオンの構えは、ただ木刀を持っているだけなのに、見えない刃が何本も優斗に向けられているような圧迫感を生んでいた。


 美咲も息を呑む。


「優斗くん……大丈夫かな……」


 祈るような声。

 優斗の背中に向けられた視線は、その肩がわずかに震えていることを確かに捉えていた。


 優斗は苦笑しながらも、目は真剣だった。


「大丈夫じゃなくても……やるしかねぇだろ」


 軽口のように聞こえるのに、胸の奥に沈んだ覚悟がはっきりと滲んでいた。

 昨日までの優斗なら逃げ道を作ったかもしれない。

 だが今の優斗は違う。

 仲間の成長を見て、自分も前に進まなければと強く思っていた。


 レオンの口元がわずかに緩む。


「その意気だ。では――始める」


 その一言が落ちた瞬間、空気が張りつめた。

 風が止まり、夜の気配が濃くなり、公園の灯りが遠くで揺れる。

 優斗は木刀を握り直し、レオンは静かに一歩踏み出した。

 その足音は小さいのに、地面が震えたように感じられた。

 朔弥も美咲も息を呑み、二人の間に流れる緊張に飲み込まれそうになる。


 そして――

 戦いの幕が静かに上がった。


 レオンが踏み込んだ瞬間、空気が裂れた。


 ヒュッ――!


 風を切る音が耳元で鳴ったかのように鋭い。

 優斗は反射だけで木刀を上げ、ギリギリの角度でその一撃を受け止めた。


 ガンッ!!


「っ……重っ!!」


 腕が痺れる。

 骨まで響く衝撃。

 木刀同士とは思えない――

 まるで鉄塊を叩きつけられたような重さ。


 優斗の足が半歩、無意識に後ろへ滑る。

 踏ん張らなければ吹き飛ばされていた。


 対してレオンは――

 微動だにしない。

 呼吸すら乱れず重さという概念から切り離されたような静けさ。


「剣は力ではない。重心と、流れと、意志だ」


 その声には余裕があった。

 まるで優斗の全力を確認しているだけのような静けさ。


 優斗は歯を食いしばりながら押し返す。


「言われなくても……わかってる!」


 だが――

 身体が追いつかない。


 レオンの一撃は、ただの攻撃ではない。

 積み上げた年月、戦場で磨かれた技、生き残るために研ぎ澄まされた感覚――

 そのすべてが一振りに凝縮されていた。


(……これが……本物の剣士……!)


 腕が震え、呼吸が荒くなり、汗が背中を伝う。

 それでも優斗は前に出る。


(負けねぇ……! ここで折れたら……美咲にも朔弥にも、胸張れねぇだろ!)


 レオンの目がわずかに細まる。

 その瞳には、優斗の覚悟を見定める光が宿っていた。


 優斗は踏み込み、横薙ぎに斬りかかる。

 風を切る音が鋭く響く。

 だがレオンは軽く身をひねっただけ。

 ほんの数センチの動きで、優斗の全力は空を切った。


「悪くない。だが――遅い」


 次の瞬間、木刀が優斗の肩に触れる。


 トン――。


 叩いたのではない。

 ただ置いただけのような軽さ。


 それなのに――


「ぐっ……!」


 痛みよりも完全に見切られたという事実が胸を刺した。


(……見えねぇ……! 全部後手に回ってる……!)


 レオンは汗ひとつかかず、呼吸も乱れない。

 優斗の全力をただ観察しているだけのような余裕。


「何度でも来い。剣士は倒れても立ち上がる者だ」


 その言葉が、優斗の胸に深く刺さった。

 優斗は何度も打ち合い、何度も弾かれ、何度も地面に叩きつけられた。

 木刀が落ちる乾いた音が、夜の公園に響く。

 砂埃が舞い、息は荒れ、腕は痺れ、足は震え、汗と土で顔はぐしゃぐしゃだった。


 それでも――立ち上がる。


 朔弥が叫ぶ。


「優斗……無理すんなよ……!」


 美咲も胸の前で手を握りしめる。


「もう……十分じゃ……」


 だが優斗は首を振った。


「まだだ……! 俺は……みんなを守るって決めたんだ……!」


 その掠れた声の奥には、折れない芯があった。

 レオンの目がわずかに見開かれる。


(……折れない心。剣士に最も必要な芯を持っている)


 レオンはストレージに手を伸ばし、淡い光の中からポーションを取り出す。


「飲め。筋繊維が限界だ」


 優斗は震える手で受け取り、一気に飲み干す。

 温かさが身体の奥に広がり、痛みが引いていく。


「……っ、すげぇ……」


 レオンは静かに頷く。


「傷は癒える。だが――心までは治らない」


 優斗はゆっくり立ち上がる。

 その瞳には、先ほどよりも強い光が宿っていた。

 レオンは優斗を真正面から見据えた。

 その瞳は試す者から教える者へと変わっていた。


「――優斗。ここからは剣士の極意を教える」


 夜風が吹き抜け、空気が静かに変わる。


「剣士は斬ることを考えるな。剣は――通す剣だ」


 レオンの一振りは、風すら切らない静けさ。だが軌道は完璧だった。


(……無駄が……一つもねぇ……)


 レオンは木刀を優斗の喉元に添える。

 優斗は反射的に肩をすくめた。


「今の反応――それが死を呼ぶ。恐れたまま動ける者が剣士だ」


「守りたいものがあるなら、その意志を刃に乗せろ。剣は――心の延長だ」


(……守りたい……俺は……みんなを……)


 胸の奥で、小さな火が灯る。


「では――極意を身体に刻み込め」


 レオンが踏み込む。

 空気が重くなる。

 優斗は恐れを押し殺し、前へ。


 ガンッ!!


 先ほどまでのように弾かれない。

 優斗の木刀が、レオンの流れに滑り込む。

 レオンの目がわずかに見開かれる。


「……今のは、悪くない」


(……通った……! 俺の剣が……レオンに届いた……!)


 その一瞬が、優斗の全身を熱くした。

 レオンは木刀を下ろし、優斗を見つめる。

 その瞳には、驚きと評価が静かに宿っていた。


(……極意を言葉だけで理解するとは……普通、数ヶ月はかかるものだ)

(美咲は聖魔法を三段階一気に習得し、優斗は一日で剣士の芯に触れた……)


 夜風が吹き抜け、四人の影が揺れる。


(……この三人は、本当に選ばれた者なのかもしれない)


 その影は、これから始まる戦いの序章を静かに告げていた。

ご一読いただき、誠にありがとうございます。

本作は【毎日1回(夜19:00)】に更新を予定しております。

結末までプロットをしっかりと構築して臨んでおりますので、どうぞ最後まで安心してお付き合いいただけますと幸いです。

もしレオンと朔弥のこれからの旅路に興味を持っていただけましたら、お気に入り登録ブックマークやフォローで応援していただけると、今後の何よりの励みになります。

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