第一話「筋肉、異世界に立つ」
高原雄二。筋トレマニアの平凡な成人男性である。
私は___いつの間にか、見知らぬ野原に倒れていた。
直前の記憶は、暴走するトラックに轢かれそうな人を助けようと、道路に飛び出した瞬間の景色。
「・・・。」
起き上がると、ここが何か違う世界であると理解するのに十分な光景が広がっていた。
見たこともない動物が草を食っている。見たこともない生き物が空を飛んでいる。
「あれは・・・ドラゴンか?」
なんということだろう。異世界転生は実際にある現象だったのだ。私は今まさにそれを体験している。
辺りを見回して目につくのは、ひとまず危険性の低そうな草食 動物と巨大な鳥たち。
今すぐにでも命の危険に晒されることはなさそうで安心する。
「とりあえず、衣食住の問題から始まるわけか・・・」
幸い、前世で鍛え上げられた私の肉体はデカいままだった。この肉体がこの新たな世界でどこまで役に立つのだろうか。
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しばらくあてもなく歩いていると森に入った。森といえば、猪系のモンスターやゴブリンなんかが定番どころだが・・・。
「・・・。」
さっそく、三体のゴブリンが現れた。
ゴブリンたちは明らかに体格差のある男の姿を見て・・・怯えているように見える。
棍棒のようなものを持っており、小さい体躯といえあれで殴られたらタダでは済まなさそうなのだが・・・。
「害してこない相手を一方的にやるのもなんだかなぁ・・・。」
とはいえ、この世界のモンスターに自分の肉体がどこまで通用するのかを試したい気持ちがある。
私は、近くの石を拾って、軽くゴブリンに向かって投げつけてみた。
石は・・・想像以上の威力でゴブリンの顔を掠め、背後の木に突き刺さった。
「な、なんだ!?」
巻き上がる砂埃を見て、その威力が尋常ならざるものであることがわかる。
私はこの体を手に入れるため、日々トレーニングを重ね相当なパワーを持っていることは自覚している。
しかし、今のそれは人間の域を遥かに超えている気がした。
この力の理由はよくわからないが、恐れ慄いたゴブリンたちは逃げ去っていってしまった。
・・・さて、その後森を彷徨いながら石を投げたり、いろんなものに拳を振るったりで数時間。わかったことは三つ。
この世界で、私は通常の人間を遥かに凌駕する怪力の持ち主であるということ。
次に、特定の動作で異常な性能の高さを発揮できること。
石を投げ続けてわかったが、その気になれば数十メートル先の小さな標的も撃ち抜くことが可能なようだ。
幸い、この力があればゴブリン程度のモンスターに遅れをとることはなさそうで安心した。
しかし、私にはまだまだ解決しなくてはいけない問題が山ほどある。
「・・・過剰な有酸素運動とタンパク質の不足。これはすぐにでも解決しないとなぁ。」
この世界の文明レベルによっては今後満足なトレーニングや栄養管理が難しいかもしれない。
それは私にとって、死にも等しい、まさに死活問題なのだ。
___________
この世界に来てから数時間。
ずっと動き続けてきたわけだが、残念ながら何も口にすることができていない。
この状況は、『カタボリック』。平たく言うと筋肉を分解してエネルギーを作る反応が加速していく。早く食事をとって休憩したいものだ。
幸い発見することができた馬車か何かが作ったのであろう轍をずっと歩いているが、どこか
に辿り着けると言う保証がないのが怖いところだ。
しばらくすると、遠くから何かガラガラと大きな音が聞こえてきた。
「おぉ!馬車か?」
森の奥から馬車がこちらに向かってくるのが見える。しかし、明らかに普通ではない速度だ。
「あ、危ねっ!?」
突進してくる馬車をすんでのところで躱す。御者の様子から何かから逃げているようだが・・・。
「おいおい・・・マジかよ!」
馬車を追いかけているのは馬鹿デカいゴブリンだ!
その周辺には先ほどまでちらほらと見かけていた普通のゴブリンも数体いる。
馬車を追っていたゴブリンたちは私を見ると、ターゲットを変えたようにこちらに向かってきた。
「や、やるしかないのか!?」
当然走って逃げるという手もある。しかし、この世界に来てから数時間も歩いて、ここに来てさらに走るというのは確実に筋分解を促進させる。
走って逃げ切れるという保証もないし、ここは全力でっ・・・!
「くらえッ・・・!」
石を拾って投げる。今回は混じりっ気なしの本気。
放った石が周辺の空気を巻き込み巨大ゴブリンの顔目掛けて飛んでいく。
「・・・・は?」
放った石は巨大ゴブリンの顔に目中・・・というより”通過”したと言った方が正しいような手応え。
巨体が地面に倒れていく。ゴブリンたちはその光景を見て蜘蛛の子を散らしたように逃げていく。
「う、うわぁ。」
自分がやったこととはいえその光景にドン引きしてしまう。確かに当たった私の”石”は巨大ゴブリンの頭部を消し飛ばしていた。
しばらくするとその体は塵となって消え、紫色の綺麗な水晶のようなものが残った。
「おお・・・これはなんだか良い物のような気がするぞ。」
異世界ファンタジーでは倒したモンスターから有用なものが出てくると言うのはお決まりのパターンだ。これはありがたくもらっておくことにしよう。
「ひとまず、これが金策になればいいんだが・・・。」
私の”投擲”がこの世界でどの程度の破壊力だったのか、あの巨大ゴブリンがどの程度の強さかはわからないが、ひとまずこの水晶を持って人がいるところに辿り着くのが目標だ。
___________
馬車が逃げ去って行った方向へ歩くことさらに数時間。すっかり腹も減って最悪の気分だ。
しかし幸いながら森を抜けると、大きい門と柵のような人工物を発見することができた。
門の先は町になっているようだが・・・入り口の門番が私を見るや否や駆け寄って話しかけてきた。
「お、お前。森の方角から来たな?」
「え、ああ、はい。」
「先ほど森でホブゴブリンが出たと知らせがあった。何か知らないか?」
「ホブゴブリン・・・ってあの馬鹿でかいゴブリンのことですか?それなら私が倒しましたが。」
「なんだと・・・?お前、武器も何も持って・・・。」
門番は私を不審そうに見た。確かに私の体は大きい方だが、到底あのような巨大な化け物を倒せるようには見えないだろう。
「えーっと・・・こ、これを見ていただければ証明になったりしますか?」
私はホブゴブリンとやらから手に入れた紫色の水晶を差し出した。
「こ、これは・・・!」
門番は驚いた様子で水晶を観察する。
「・・・失礼いたしました。格闘家のジョブは武器を持たずに戦うとは聞いておりましたが、これほどのものとは知らず・・・」
なにか誤解されているようだが、今は一刻も早く食事を摂るのが先だ。それには金がいるだろう。先ずは___
___________
先ほどの門番の案内で、私は簡単にこの街の冒険者ギルドを見つけることができた。
「これ、森で倒したホブゴブリンから出てきたんですけど・・・いくらくらいになります?」
ひとまずギルドの窓口らしきところに水晶を持っていく。門番曰く、モンスターから出た素材や水晶は基本的に冒険者ギルドで買い取ってもらえるらしい。
「え・・・?」
窓口の女性は驚いた表情を見せると「少々お待ちください・・・!」といって裏に下がってしまった。
しばらくすると、明らかにこの施設で重要な地位にいそうな男が出てきた。
「お待たせしました。よろしければ、こちらでお話をお伺いしても?」
男の案内で、私は別室に移動となった。周辺の冒険者らしい面々がざわついている。今の私にはその理由がわからないが・・・。
「先ず、この街の危機となり得るホブゴブリンの早期討伐。このギルドの副代表として御礼申し上げます」
この男はこのギルドの副代表でセリオというらしい。聡明な印象の眼鏡をかけており、その特徴的な耳の形からエルフ?のような種族であろうことがわかる。
彼が言うには、近隣の森でホブゴブリンが出たという報告を聞いてギルドは大騒ぎだったようだ。
「その体格・・・さぞ名のある格闘家とお見受けしますが、旅のお方でしょうか?当ギルドに格闘家ジョブの登録はなかったと記憶しておりまして」
「あ〜まあはい。そんなところです」
「それに、お持ちいただいた魔水晶。見たところほぼ外傷もなく・・・」
セリオは水晶を鑑定するように見ている。モンスターから出た水晶は”魔水晶”と言うらしい。
「それに一撃で倒さなければこのような完全に近い形の魔水晶にはなりません。一体どうやって?」
私は異世界転生した後の出来事を話した。私が転生者であることはなんとなく隠すことに。
「石を投げてホブゴブリンの頭を吹き飛ばしたと・・・。これはこれは。本当に驚きました」
そうは言いつつも、セリオは落ち着いている。
「本来、ギルドが報酬を支払うのは発行された依頼が受理、達成された場合のみですが」
セリオは色々と書かれた紙を机に置く。
「これがギルドが発行予定だった依頼書です」
なになに・・・緊急、ホブゴブリン討伐。報酬1万バル・・・魔水晶はギルドで回収。質は問わず・・・か。
1万バルというのはおそらくこの世界、この国の通貨なのだろうが、その価値の程が全くわからないのが辛いところだ。
「ギルドとしては、この受理されていない依頼書をあなたに行使することができません。しかし、ご了承をいただければ、あなたがこの依頼の達成者ということで話を進めさせていただければと」
それは願ってもいないことだ。この国の物価や通貨価値はわからないが報酬には変わりない。話ではホブゴブリン出現は一大事のようだったし、それなりの額であることを期待しよう。
私は小金貨数枚と少しの銅貨、銀貨の総額1万バルを受け取りギルドを後にした。
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