第9話、【番外編】『ナ○スは嫌いなのです!』(前編)
『グレート・イースト・エイジア戦線』において、鬼人族の神聖帝国旭光が、同じ有色種族である人間族の国々を、悪辣なる『白きオーク』族の植民地支配から解放しようとする、『聖戦』を展開していたのと同様に、遙か西方のガリア大陸においても、同盟国の『聖なる陽光』第三帝国の魔族たちが、とち狂った『共産趣味』に取り憑かれた、北方の『紅いシロクマ』連邦共和国の凶暴なるシロクマ獣人族から、東ガリアの比較的真っ当な『白きオーク』族の国々を守るために、勇敢に戦い続けていました。
しかし、「オークこそが最上位種族なんでブー!」と思い上がった傲慢極まりない、西ガリアのブリトン連合王国とエスカルゴ共和国の二国は、第三帝国がガリアの覇権を握るのが我慢ならず、同じく第三帝国に対抗意識を燃やす東ガリアのオーク国家『ポメラニアン共和国』と軍事同盟を結び、いきなり第三帝国に宣戦布告をして、ガリアを戦火の坩堝にたたき落としてしまったのです。
それに対して鬼人族と並んで最優秀種族である第三帝国が、ちょっと本気を出しただけで、瞬く間にポメラニアとエスカルゴは敗れ去り、残るブリトン軍も、ガリア大陸とはドングサ海峡を挟んで北方に浮かぶ『半グレ・ブリトン諸島』へと、尻尾を巻いて逃げ込みました。
第三帝国の目的はあくまでも、ガリア大陸をシロクマ族の侵略から守ることなので、これ以上同じガリア国家同士で争う必要は無いと、美少女総統のアドルフィーネ=ヒトラーは、腹心中の腹心である副総統をわざわざブリトンに派遣してまで、和平条約を結んで、ガリアに平和を取り戻そうとしました。
それなのに、政治家としてアドルフィーネに対抗意識を持ち、自意識過剰で主戦派で人間族蔑視の差別主義者である、ブリトンの首相『小小人』ことチャッチルは、何と信じられないことに、正式なる使者である第三帝国の副総統を逮捕拘禁して、戦争継続を強行したのです。
これには国際世論はもちろん、ブリトン国内からも非難囂々でしたが、実はチャッチルには『勝算』があったのです。
──何と信じられないことに彼は、北方の大国『紅いシロクマ』連邦共和国と、密かに手を結んでいたのでした。
こうして『戦後』を生きていらっしゃる読者の皆様は、どう思われるか知りませんが、この時点ではこのようなことなぞ、とても考えられなかったのです。
シロクマ族と言えば『共産趣味』などと言った、人類の文化的進化を否定しかねない誤った思想を狂信している、間違いなくブリトン連合王国やアメリゴ合衆国等の、一応は自由や資本主義を掲げる勢力から見たら、文字通り『水と油』あるいは『不倶戴天』の関係にあり、むしろこの両勢力でこそ戦争すべきでありました。
けれども、自分さえアドルフィーネに勝てるのなら、魔族はもちろんシロクマ族なぞ何千万人犠牲にしようが構わないと思っていたチャッチルは、うまく立ち回って第三帝国とシロクマ連邦を潰し合わせようとしたのです。
そのための『エサ』も、ちゃんと用意していました。
一つは、現在第三帝国側についている東ガリア諸国の、戦後における支配と共産化の黙認であり、
もう一つは、彼自身のお抱えの有色種のメークアップアーティストがもたらしてくれた、『とっておきの情報』でした。
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「──お願いだ、我々第三帝国関係者は、即刻本国に引き揚げるから、これ以上亜蘭の人々に危害を加えるのはやめてくれ!」
周囲の砂漠一帯に響き渡る、恰幅のいいスーツ姿の中年魔族の声。
『聖なる陽光』第三帝国から派遣されている、中央エイジアに位置する石油産出国『亜蘭王国』駐在特使、ギュンター=ルートヴィヒ。
その背後には、大勢の一般市民からなる亜蘭義勇兵が、怪我と疲労を押して立ち並び、
更にその周囲をぐるりと、ブリトン軍の重歩兵戦車『セイラ=サン』と、連邦軍ご自慢の『シロクマ重武装連隊』とが、取り囲んでいました。
──そして、すぐ面前に立ちはだかっている、一匹の小太りの白オークと、一匹の大柄で姿勢のいいシロクマ。
まさにそれこそは、ブリトン連合王国首相、チャッチルに、紅いシロクマ連邦共和国最高指導者、クマーリンの、二大巨頭でした。
「──はあ? 何を寝言を言っとるのだ、この卑しき魔族風情が⁉」
「ぐあっ!」
猪豚のくせにたるみきった犬そのままの頬肉を揺らしながら、手に持っていたステッキをギュンターの土手っ腹に叩き込み、いかにも憎々しげに吐き捨てる、チャッチル。
「──特使さま⁉」
「貴様、無抵抗の相手に、何をしやがるんだ⁉」
「亜蘭から出て行け、ブリテンのオークども!」
慌てて駆け寄り特使の身体を支えながら、チャッチルのほうを睨みつける、亜蘭の民兵たち。
それに対して少しもひるむことなく怒鳴り返す、ブリトン首相。
「──やかましい! 穢らわしき魔族やおまえら有色種の人間族が、我々偉大なる白色獣人種に歯向かうこと自体が、けして赦されざる罪なのだ! 奴隷は奴隷らしくしていろ! これ以上抵抗するのなら、南エイジアの『テンジック』の奴隷たちのように、戦車でひき殺すぞ!」
「な、何だと⁉」
「おまえらブリトンが、テンジックを始めとするエイジア全域で行っている、人間族の植民地に対する搾取や圧政は、本当のことだったのか⁉」
「何が、ガリアの正義のために立ち上がっただ⁉ 貴様らこそ、横暴な独裁者じゃないか⁉」
「まさか、この亜蘭まで、おまえらの植民地にするつもりか⁉」
人を人とも思わぬ、まさに獣そのままの暴言に、気色張って詰め寄る民兵たち。
「──くっ、雑魚どもめが⁉」
「くくく、同志小小人、すっかり舐められていますなあ?」
「黙らっしゃい、このシロクマ書記長が! くそう、戦車隊、何をしておる、カスどもを踏み潰せ!」
「「「──サー、イエス、サー! ただちにゴミ処理を、開始いたします!!!」」」
「──ま、待て、待ってくれ! どうしてブリトンが、何の罪もない亜蘭に攻め込む? それに何よりも、どうして共産趣味国の連邦と、手を組むことができたのだ?」
民兵たちを守るためにも、必死に問いただす、魔族の特使さん。
……確かに、東ガリアの支配権くらいなら、やろうと思えば連邦軍単独でもけして不可能では無いので、あえて資本主義国のブリトンに寝返らせるには、『エサ』として不十分ですよね。
「ああ、それはわしの部下が、連邦が喉から手が出るほど欲しかった、『情報』を有していたからだよ」
そのチャッチルの言葉に応じるようにして、首相専用車の中から姿を現したのは──
「…………なっ、き、鬼人族、だと⁉」
そうそれは、こんな中央エイジアの砂漠地帯にはいるはずの無い、遙か極東の島国固有の種族であり、黄色腫の人間族にそっくりでありながら、頭部の二本の角だけが異彩を放っている、やけに貧相で卑屈な表情をした鬼人族の若者であった。
「へっへっへっ、お初にお目にかかるぜ、『聖なる陽光』の魔族と、亜蘭の人間ども。俺様はチャッチル首相専属の化粧師の、無=虚=偽って言うナイスガイさ!」