第10話、『民主』主義国家なんだから、あなた自身が立ち上がらないと、大切な人を守れないよ?(前編)
「……こ、これに、乗るのか?」
「ええ、提督、ぼやぼやしていると、そちらの武装親衛隊の方々に、怒られますよ?」
「うっ、仕方ない、覚悟を決めるか」
ここは、『ゲンダイニッポン』の首都『トウキョウ』の、とある巨大ターミナル駅のプラットフォーム。
本来なら、剣と魔法のファンタジーワールドから転移してきた僕や、その僕の年の頃十歳の少女の『ナデシコ』(仮名)からすれば、超先進的科学技術に満ちあふれた文明社会であるはずなのだから、現在の周囲の状況は、その期待を見事に裏切っていた。
もはや立錐の余地もない電車の入り口へと、次々に詰め込まれていく、『サラリーマン』と呼ばれる奴隷階級の老若男女たち。
そんな屠所に向かう羊や豚そのままの人々に対して、高圧的に罵詈雑言を放ちながら乗車を促している、制帽からブーツまで全身真っ黒な装いの中で、『黒狼』の表象が描かれた腕章だけが、鮮血のごとく禍々しく深紅に染め上げられている、駅員たち。
それぞれの右肩に、MP40短機関銃『シュマイザー』を、ぶら下げながら。
「──おら、グズグズするな、サラリーマンども!」
「どんどんと詰めろ、まだ入るだろうが?」
「貴様あ! 家畜の分際で、我々黒狼に歯向かう気か⁉」
「奴隷は奴隷らしく、大人しく命令に従っていろ!」
時には銃口で小突かれながらも、唯々諾々と車内に乗り込んでいくサラリーマンたち。
なぜなら、ほんの少し不満そうな顔をしただけで、MP40の銃床で滅多打ちをされている男性の姿を、まさに今目の当たりにさせられているのだから。
もはやピクリとも動かなくなったサラリーマンを、テキパキといかにも慣れた様子で担架で運んでいく、白衣の救急班。
ただしあくまでもそれは、怪我人に対するものなんかでは無く、あたかも不要なゴミを撤去するといった感じの、粗雑極まる手つきであったが、
「──さあ、提督、私たちも乗りましょう! ぼやぼやしていると、あの哀れなサラリーマン男性のように、駅員さんにポアされてしまいますよ?」
「ポアとか言うな! ゲンダイニッポンの鉄道会社は、別にカルト宗教団体でも、特定民族絶滅結社でも無いよ! ……確かにこの作者は何かにつけて、『集合的無意識とアクセス!』とか言って、高次元領域に接触しようとしたり、オカルト心理学にかぶれていたりするけどな!」
「え、私は、首都大規模通勤用鉄道網『邪悪』ではなく、このトウキョウ自体を、『価値観の狂った、ロボット人間たちの邪教集団』だと、見なしているだけですけど?」
「余計悪いわ!」
「──おい、そこの外国人、早く乗車しないと、排除するぞ!」
「あ、はい、今すぐ乗ります!」
今この駅員さん、素で『排除』とか言ったぞ? ナデシコの言う通りじゃん⁉
それに僕は『外国人』はなく、『異世界人』なんですけど?
……そのようなことを、胸中でぶつくさつぶやきつつも、機関銃の銃口がこちらに向いている状態では抗う勇気も無く、ナデシコとともにもはやほとんど巨大な一つの肉饅頭状態と化している電車内へと、為すがままに押し込まれる。
──ぐふうっ⁉
な、何ですか、これって?
たぶん、首都圏以外の幸福な地方在住の方は、一生縁の無いことかと思いますが、この通勤電車の感覚って、ほとんど異世界ですよ、ホンマ。
ぎゅうぎゅう詰めなので、圧縮されて『痛い』とか『苦しい』とか、当然の感覚なんてすでに超越していて、ぶっちゃけて言うと、『浮遊感』というのが一番正しかった。
うん、何か『宇宙遊泳』しているみたいで、もはや苦行を飛び越えて、別の次元に『解脱』してしまいそうな感じだよな。
※【注意1】朝のラッシュ時と言っても、路線によって異なります。基本的に、『中○線』や『総×線』の上り線が該当します。
※【注意2】当然『個人差』もございますから、誰もが同じ快感──もとい、感想を得られるとは限りませんので、悪しからず。
──と、こんなふうに、ゲンダイニッポンのビジネスマンにとっての、朝の『日常風景』のあまりの『異常』さに、僕が何かに目覚めかけようとしたところ、
「ひいっ⁉」
突然、臀部に走る、何か『突起物』を無理やりこすりつけられるような、不快な感触。
耳元に吹きかけられる、荒々しく生温かい吐息。
……え、これって、もしかして?
──しまった、すっかり忘れていた。
これぞまさしく、ゲンダイニッポンのサラリーマンたちの朝の通勤時における、最も代表的な『風物詩』、
満員電車における、『痴漢行為』ではないかああああああああ!!!
え、でも、何で?
僕って、男ですよ?
もしかして、『誤爆』?
「……ぐふふふふ、まさかいつもの通勤電車の中で、こんな金髪碧眼の美青年の獲物が見つかるとは、今朝はラッキーじゃわい♡」
うおおおおっ、ガチの『通勤電車=ハッテンバ』系の、ホモ痴漢だあああ⁉
た、確かに、僕は美男子であるかはともかく、間違いなく『異世界人』だから、ゲンダイニッポン人の皆様からしたら、物珍しく見えるよね⁉
──はっ、そうだ!
僕のことなんか、どうでもいい。
──ナデシコのほうは、どうなっている⁉
僕ごときが、このざまなんだ。
一応過去のニッポンの軍艦縁の存在だから、基本的に黒髪黒目であるので、ボクほどの違和感は無いとはいえ、あれだけのとてつもない美少女なんだ。
こんな、痴漢だらけのゲンダイニッポンの満員電車に放り込んだりしたら、どんな目に遭わされるかわかったものじゃないぞ⁉
──くっ、僕はあいつの保護者でありながら、何という考え無しの行動を!
「ナデシコ、無事か⁉ 今助けてやるからな!」
もはや、痴漢に対する恐怖心なぞどこかに吹っ飛び、背後から伸びてきていた手なぞ力任せに振り払って、連れの少女のいるほうへと振り向けば、
「……………………………………へ?」
満員電車の中ではけしてあり得ない、直径一メートル以上の、円形の空き空間。
その中心にて、折りたたみの椅子に身を預けて、優雅に紅茶を嗜んでいる、十歳ほどの幼い女の子。
「──いやいやいやいやいやいや、一体全体、どういうこと? 何がどうして、そんな謎空間が出現するわけ⁉」
「……提督、いきなり大声を上げたりして、一体どうしたのですか? 周りの皆さんにご迷惑ですよ?」
「迷惑なのは、この超過密な車内で、一人で大幅にスペースをとって、お茶なんか飲んでいる、おまえのほうだろうが⁉」
「そんなことはありませんよ? ここにおられる乗客の皆様は、自主的に私から距離をとられているのですから」
「え、ほんと?」
思わず周囲に目を走らせれば、皆一様に大きく頷くサラリーマンたち。
「……まったく、救いようのない『情弱』なんだから、提督ってば。ゲンダイニッポン人にとって、痴漢行為を断罪されるのは、確かにそれなりに致命的なことですが、極論すれば、いろいろと『逃げ道』もあるのです。──しかし、幼女である私に対して、ほんの少しでも『疑いを持たれるような行為』をしでかしただけでも、その時点で人生はおしまいなのですよ? 職場をクビになるのはもちろん、親兄弟からも見放されて、いくら刑務所で大人しく刑期を終えようが、社会人として復帰することなぞ完全に不可能で、一生『変質者』としての烙印を押されて、惨めに生きていく他はありません。──例えば、頭の狂った連続殺人犯が、裏社会でアウトローとして生き延びていくことができたとしても、『ロリコン犯罪者』は、どんな社会にも、受け容れてはもらいません。唯一の『希望』は、それこそ三流Web小説みたいに、異世界にでも生まれ変わることくらいでしょうね」
……それって暗に、「死ね」って、言っているようなものだよね?
しかもその言い方だと、Web小説における『転生主人公』たちが、みんな元の世界で『ロリコン犯罪』を犯した罪人ばかりのようにも聞こえるから、気をつけようね?
でも案外、間違いでも無いような…………いえ、何でもありません!
「それから、そこのガチホモのハゲ中年。これ以上私の提督に不埒な行いをするつもりなら、この防犯ベルを押しますよ?」
「──はっ、すみません! 以後気をつけます!」
ほんとだ、痴漢野郎がビビってやがる。──ぅゎぁ、ょぅι゛ょっょぃ。
……ていうか、僕を痴漢していたのって、ハゲ中年だったの?
「ほんと、ゲンダイニッポン人て、奴隷か家畜じゃないのかしら? こんな人権無視の殺人電車に乗せられておいて、何が『痴漢だ!』『冤罪だ!』よ。『女性専用車両』を完備すれば、問題解決ですって? 馬鹿言ってるんじゃないわよ! まずは『満員電車自体を撲滅する』ことを考えなさいよ! あなたたち、鉄道会社からはもちろん、勤め先の企業等の経済界からかも、トウキョウを治めているトウキョウ○庁からも、国政を担う政治家からも、『人間扱いされていない』わけなのよ? 何でこんな『囚人護送列車』あるいは『屠殺用の家畜運搬車』に毎日運ばれていて、『当たり前』だと思えるの? もうトウキョウのサラリーマンたちは、人間としてのプライドなんか、誰一人とて持っていないわけ? ──そんなんだから、時代が『○和』になった途端、首都圏の人間が、全滅してしまうのよ!」
え。
「な、何だよ、首都圏の人間が、全滅してしまったってのは⁉」
あまりに突然の思わぬ台詞に、慌てて問いただせば、あっさりと驚くべき事実を開陳する、かつてニッポンの超科学技術で創られたという、軍艦擬人化少女。
「この国の元号が変わってすぐ、大陸発祥の非常に感染力の強い伝染病に見舞われたのですけど、特に毎朝のごとくこのような人口過密な通勤電車で無数の労働者を輸送していた、トウキョウを中心とする首都圏一帯において、爆発的に被害が広がっていって、数ヶ月とたたないうちに、ニッポン人がほとんど全滅してしまったのです。──そして、その後数百年ほどかかって再興を果たした新生大ニッポン第三帝国『旭光』は、どのような天災や伝染病や戦乱等の過酷な状況下においても生き延びることが可能な、『新人類』を生み出したのでございます。──そう、少女の肉体に、かつての海の覇者である大ニッポン第二帝国の聯合艦隊の軍艦の性能を詰め込んだ、私たち『軍艦擬人化少女』をね」
──‼
※今回かなり、センセーションな結末となりなりましたが、次回にてフォローする予定ですので、どうぞよろしく!




