09
「ミチさんのご飯、食べたいなあ」
エーイチが何気なくミチホに言った。
ミチホは戸惑った。そこまで料理が得意ではないからである。
味は普通だと思う。ただし、見た目が保証できないのだ。
テキトーで大雑把なミチホは、「旨けりゃいいだろう」という性格である。
そして料理は科学だ。黄金比率を守れば味が悪くなることはない。
ただ、誰かに見せられるような料理を作る自信は無かった。
「うーむ。あんま得意じゃないんだよねー。」
「ミチさんが作ったものなら、なんでもいいからさ。」
「期待しないでくれるなら、特別に作ってあげよう。今は何も用意がないから、また明日ね。」
「やった。楽しみ。」
楽しみにしてもらえるのはいいのだが、何を作るべきか。
ミチホは悩んだ。
男子高校生と言えば肉だろう。肉しか有り得ない。
ミチホは考えた後、ごはん、味噌汁、唐揚げにする事にした。
唐揚げなら見栄え云々を気にすることはない。
野菜はキャベツの千切りでも添えとけばいいだろう。
ミチホは料理が得意ではない。頑張りすぎても後が辛いだけだ。
エーイチが帰宅した後、ミチホは鶏肉を買いに出かけた。
ふと、頑張らなさすぎも良くないかもしれないと思いたち、昆布とかつお節を購入してみた。
出汁を取るためである。
鍋に五カップの水と八センチほどの昆布を入れ、弱火にかける。
面倒なので昆布を拭いたりしない。手で軽く叩いただけだ。
味噌汁用だからあまりこだわらない。
昆布が浮いてきたら取り出す。
水はそのまま沸騰させ、百ミリリットルの水を加え、かつお節を加える。
沸騰しかけたら、また百ミリリットルの水を加える。
三分ほどしたら濾しておわり。
そう大した手間ではないが、ミチホは頑張ったような気持ちになった。
普段と違うことをすると、本番で失敗するものだ。
ミチホは夜に出汁を少し使って味噌汁を作って食べてみた。
顆粒ダシに慣れたミチホには少し薄く感じた。
さらに顆粒ダシを加えるべきか。
ミチホは悩んだ。しかしせっかく出汁を取ったのだ、無駄にしたくはない。
ミチホは冷めた出汁に、煮干しを四本放り込んで冷蔵庫にしまった。
煮干しの水出しである。
明日の朝、生臭くなっちゃったら顆粒出汁にしよう。
ミチホは諦める準備をしながら寝た。
翌朝、出汁を確認すると、大丈夫なようだった。
また少し出汁を使って味噌汁を作ってみる。
まあ及第点と言えるだろう。もう頑張れない。
炊飯器をタイマーでセットして、キャベツを千切りにしておく。
お店のような細さではないが、太すぎることもない。
本番の味噌汁作りをする。
出汁を六百ミリリットル、豆腐、刻んだネギ、わかめ、油揚げを入れる。
中火にかけつつ、味噌を大さじ三ほど溶かす。
味噌が溶けたら、沸騰を待たずに火を落とした。
これで温め直せば出来上がりだ。
そしてメインの唐揚げを準備しておく。
鶏もも肉を一口サイズに切り、ビニール袋に入れ、塩胡椒を入れて揉み込む。
次に醤油を入れて揉む。最後にごま油を少し入れて馴染ませる。
おろし生姜を入れてもいいのだが、無くてもおいしい。
実はおろし生姜が家に無いだけなのだが。
味をつけて油でコーティングした鶏もも肉に、天ぷら粉と片栗粉を入れて混ぜる。
天ぷら粉だと、サクサクした食感になるのでお気に入りだ。
あとはフライパンに二センチほどの油を敷き、焼き揚げすれば大丈夫。
ミチホは料理が得意でないので、時間がかかる。
早めに準備をはじめて、余裕を持たせる作戦だった。
ちょっと早めに準備しすぎたかもしれない。
ミチホは時計を見た。時間はまだまだあった。
しかし、ミチホの技術でもう一品作るには、時間が足りなさそうでもあった。
お茶を飲みつつ、ゆっくり使い終わったものを片付けていると、ようやくエーイチがやってきた。
ミチホは落ち着かず、待ちくたびれた気分だった。
「今日なに作ったの?」
「からあげ作るよ。揚げてくるわー。」
揚げ物は揚げたてに限る。
ミチホがフライパンを中火にかけると、エーイチは後ろで座ってその様子を見ていた。
「ミチさんってエプロンしないの?」
「うん。裸エプロンとか期待した?」
「やってーって言ったらしてくれる?」
「いや、残念ながらエプロン持ってないんだよねえ。」
アホな会話をしながら、味噌汁を温め治し、唐揚げを揚げ終え、エーイチの待つテーブルに配膳した。
唐揚げはなかなか良い出来だ。
「へいお待ちー。唐揚げ定食です。」
「うまそー。いただきまーす。」
エーイチはちゃんと手を合わせてから、唐揚げを食べた。
ミチホも軽く手を合わせ、一緒に食べ始める。
二人とも無言で食べる。ミチホは不安になった。イマイチだったろうか。
「エーイチ、唐揚げ、どう?」
「すっげー旨いんだけど。料理上手じゃん。」
夢中で食べていただけらしい。
ミチホは一安心した。エーイチの胃袋を掴んでやったと少し嬉しく思った。
だが料理上手と思われるのは困る。
「お口に合ったようで。でも上手じゃないからね。」
「もーミチさんの唐揚げしか食えなくなりそう。」
「いつからそんな殺し文句を言うように……ハッ、お前ニセモノだな?!」
「どうしてそーなる。なんでニセモノ?」
談笑しながらごはんを食べて、なんか新婚さんみたいだなとミチホは思った。
きっと結婚したら、エーイチはエプロン買ってくるんだろう。
いや、結婚することは無いんだろうけど。






