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世界のバグと伝説の勇者の孫

こちらの作品は過去作「兄姉が立派過ぎて影の薄い末弟は、ただ恋がしたい」から7年後の世界です。

基本は過去作を読まずともお楽しみ頂けますが興味を持って頂ければ、是非過去作も御覧下さい。


いよいよ新作投稿に漕ぎ着けました。

1年くらい続けてきたクレインの物語です。

過去作からの続投キャラは年齢が付いてます

勿論今回もpixivにもキャラのビジュアル投稿しますのでそちらも御覧下さい

夢と技術と自由の国


人々は働き、笑い、未来を語る。

この国では、誰もが夢を見ることができた。



かつて世界を渡り歩いた第三王弟。

果てには神にすら喧嘩を売った――そんな規格外の姉兄たち…


修羅と慈愛を併せ持つ若き統治者。

クレイン王国を導く女王。

ディアドラ・クレイン。


王国軍全指揮を束ねる男。

大海を制する艦隊の頂点に立つ指揮官。

国防軍総元帥、アズール・クレイン。


常識外れの魔法を操る

王国随一の力を持つ魔術師。

大魔導士、ハーデス・クレイン。


そして――

かつて世界を巡り、多くの国を救った男。

津波を呼ぶ三叉槍を振るい海そのものを従えた英雄。

救国の英雄、海神。

アクア・クレイン。


だが――

世界というものは、平穏な時間が長く続くほど、

その裏側で何かが静かに動き出すものらしい。

まだ誰も知らない。

王都の喧騒の向こうで、

遠い海の底で、

あるいは誰にも知られぬ古い遺跡の奥で。

小さな異変が、ほんのわずかに積み重なり始めていた。


それはまだ、噂にもならないほどの出来事。

誰かが気づくには、あまりにも静かな変化。

だが確かに――

かつて世界を揺るがした英雄たちを、

再び騒がせることになる“何か”が、密かに動き出そうとしていた。


王都の喧騒から少し離れた場所にある、クレイン王城。


その奥まった一室――執務室の窓から、穏やかな午後の光が差し込んでいた。

机の上には書類の山。

しかし、その横では妙にのんびりとした空気が流れている。


椅子にだらりと背を預けた女性が、窓際で足をぶらぶらさせながら呟いた。

「いや〜今日も平和だね……アクアきゅんと紫苑ちゃん元気そう」

大賢者にして第二王弟夫人。

メグ・クレイン、二十八歳。


彼女の視線の先には、水晶のような魔導具が浮かんでいた。

その表面には遠く離れた異国の景色がぼんやりと映っている。

どうやらまた誰かの様子を覗き見しているらしい。


机の向こうで書類に目を通していた男が、小さく鼻で笑った。

「フ……また覗きか? 相変わらずだな、君は」

長い外套を肩にかけた魔導士が、ペンを置いて顔を上げる。

王族にして王国屈指の魔導士。

ハーデス・クレイン、同じく二十八歳。


メグは悪びれる様子もなく肩をすくめた。

「だってさぁ、気になるじゃん。マブダチのイチャラブ生活だよ?ほら見て、紫苑ちゃんがお茶淹れてる」


「やめておけ。向こうに気付かれたら怒られるぞ」

「大丈夫大丈夫、ちゃんと隠蔽魔法かけてるから」

まったく反省の色がない。


ハーデスは呆れたようにため息をつき、再び書類へと視線を落とした。

窓の外では、王都の街並みが静かに広がっている。

遠くでエンジン音が響き、空には白い雲がゆっくり流れていた。

確かに――

今日もクレイン王国は、平和そのものだった。


メグは魔導具の映像を消すとぐっと背伸びをした。

椅子の背にもたれかかりながら、気の抜けた声を漏らす。

「じゃあ……仕事もしなきゃだけど、平行世界の管理もやっとくかぁ」


静かに意識だけに集中していく

メグの意識の中にいくつもの光の線――世界線が淡く浮かび上がった。


メグは指先でそれをなぞりながら、ひとつひとつ確認していく。

「よしよし……A世界線、安定。B世界線、まあ平和。C世界線――」

ふと、メグの指が止まった。

「……ん?」

眉がぴくりと動く。


「世界線……? なんか忘れてるような……」

数秒の沈黙。

そして――


「……あ!!!」

執務室に突然、素っ頓狂な声が響いた。

書類に目を通していたハーデスが、ゆっくり顔を上げる。

「どうした……?」

メグは勢いよく立ち上がった。


顔が青い。

「やべ!思い出した!」

机に身を乗り出して叫ぶ。

「ハーデスさん!魔王復活するんだった!」

一瞬、部屋の空気が止まった。


ハーデスは数回瞬きをしてから、ゆっくりと首を傾げる。

「……は?」


メグは机に身を乗り出したまま、水晶球を指差して騒ぎ始めた。

「ここって世界線Aじゃん?」

ハーデスが眉をひそめる。

「そう……なのか?」

「そうなの!でね、世界線Bだとワイアットさんが新魔王爆誕する前に倒すんだけど!この世界線だと新魔王放置してたんだった!やべー!アタシとした事が!!」


頭を抱えてその場でぐるぐる回り始めるメグ。

さっきまでの気の抜けた様子はどこへやら、完全にパニックである。


ハーデスはしばらく黙ってその様子を見つめていたが、やがて小さくため息をついた。

(……我が妻は、いったい何を言っているんだ……?)


魔導書の山、積み上がった書類、そして水晶球の前で騒ぐ大賢者。

執務室の平和な空気は、どうやら少しずつ崩れ始めているらしかった。


メグは頭を抱えたままぐるぐると歩き回っている。

執務室の空気が急に落ち着かなくなった。


ハーデスは椅子からゆっくりと立ち上がると、腕を組んだ。

「とにかく……君が言う新たな魔王が再来するというのは事実なんだな?」


メグは振り返り、力強く頷く。

「うん! しかも魔力も最高潮レベルになってるかも……早く止めなきゃヤバいねぇ」

軽い口調だが、表情はさすがに真剣だ。

水晶球の中では、どす黒い魔力のようなものがゆらりと揺れている。


ハーデスはそれをじっと見つめた。

「しかし……急過ぎる話だ……」

ぽつりと呟く。

王国の軍を動かすにも、海軍を動員するにも、準備がいる。

国を担う立場として、軽々しく決断できる話ではない。

しばらく考え込んだ後、ハーデスはメグに視線を戻した。

「誰が行く?」


メグは腕を組んだまま、しばらく天井を見上げていたが、ふっと顔を上げた。

「やっぱ、アクア?」

ハーデスはすぐに首を振った。

「いや…そっとしておこう」

「えー、こんな時に過保護〜!」

メグが不満そうに頬を膨らませる。

ハーデスは腕を組んだまま、静かにため息をついた。

「せっかく平和に暮らしているんだ、日ノ本で新婚生活だぞ」

メグはむーっと唸りながら、指折り数え始める。

メグは腕を組んだまま、うーんと唸った。


「じゃあ……ワイアットさん?」

ハーデスの眉がぴくりと動く。

「父上は……」

そう言いかけて、ハーデスは軽く目を閉じた。

意識を集中させ、遠く離れた相手へと魔力を伸ばす。

王族の魔導士が使う通信魔法――テレパスだ。

(父上、聞こえますか)

次の瞬間、視界が繋がった。

――見えた光景。


薄暗い部屋。


そして妙に近い距離にいる男女。

「エトラ……」

「ワイアットさん……♡」

一瞬の沈黙。

ハーデスは無言でテレパスを叩き切った。

「……」

メグが首を傾げる。

「どうだった?」

ハーデスはこめかみを押さえながら、静かに言った。

「……取り込み中だ」

メグは一瞬ぽかんとしたあと、すぐに状況を察したらしい。

「あー……なるほど」

執務室の空気が、ほんの少しだけ気まずくなった。



「じゃあ誰だろ……あ!ノーザさん!」

ハーデスは一瞬固まったあと、ゆっくりとこめかみを押さえた。

「おい…あの人もう74だぞ…」

執務室に、しばし沈黙が流れた。


執務室に微妙な沈黙が流れた。

メグは腕を組んだまま、うーんと唸る。

ハーデスも同じように考え込み、しばらく何も言わなかった。

やがてハーデスがゆっくり口を開く。

「………“アイツ”を呼ぶか…」

メグは一瞬きょとんとしたあと、すぐに察したらしい。

「あ〜……でも、流石にお義姉ちゃんに相談したほうがいいんじゃないかな?」


ハーデスは黙って頷いた。

確かに、その男を動かすとなれば話は別だ。

ただの冒険者ではない。


王族であり、問題児であり、そして――

国でもっとも扱いに困る存在でもある。

ハーデスは深く息を吐くと、机の上の通信魔導具に手を伸ばした。


「……仕方ない、姉上に報告だ」

執務室の空気が、少しだけ緊張を帯び始めていた。


王城の奥――女王の会議室。

重厚な扉の向こうには、静かな緊張が漂っていた。

丸い会議卓を囲むように、数人の人物が席に着いている。

その空気を、いつもの軽い声が破った。

「てな訳で〜……ちょっとマズいかも」

椅子の背にもたれながら、メグが肩をすくめる。


話を聞いていた老女が、ゆっくりと目を細めた。

王室相談役

ヴィヴィアン・スカーレット、七十四歳。

「……魔王か…懐かしい名だな、アイツの倅か」

その声には、どこか遠い昔を思い出すような響きがあった。


会議卓の中央、王座に近い席に座る女性が静かに口を開く。

女王、ディアドラ・クレイン。


三十歳になった彼女は、阿修羅と呼ばれたかつての頃よりも落ち着いた威厳を纏っていた。

「メグさん……間違いは無いのね?」

メグは軽く頷く。

「まあね……」

短い言葉だが、その意味は重い。


ヴィヴィが腕を組み、小さく息を吐いた。

「……若い頃ならアタシが行ったんだがね……」

老いたとはいえ、その眼差しはまだ鋭い。

だがさすがに七十四歳。かつてのように剣を振るうわけにはいかなかった。


その沈黙の中で、ディアドラが静かに立ち上がる。

「やむを得ません……私が行きます……」

女王としての決意を帯びた声が、会議室に響いた。


ディアドラの言葉に、会議室の空気がぴんと張り詰めた。

だが、その空気を切り裂くように、椅子に腰掛けたままのヴィヴィが低く言った。

「ディアドラが動けば隠密には済まず、事が荒げるだろう……止めときな」


女王は一瞬言葉を詰まらせる。

「大師……しかし……」


ヴィヴィはゆっくりと腕を組んだ。

かつて伝説の勇者ノーザと共に魔王と戦った戦士の目は、今も鋭い。

「それにディアドラ相手なら魔族共は必死こいて総攻撃してくるだろう……」

静かな声だったが、会議室の全員がその意味を理解した。


女王が動く。

それはつまり、王国が動くということだ。

全面戦争の合図になりかねない。

メグが肩をすくめて口を挟む。

「てな訳だからさ……」

その先の言葉は言わなくても分かる。

会議卓の端で腕を組んでいた青年が、小さく息を吐いた。

国防軍元帥、アズール・クレイン、二十八歳

彼は、苦笑するように呟く。

「呼ぶのか……あの兄弟一の問題児を……」


王城での会議から少し時を遡る。

場所はクレイン王国、王都の城下町。

大通りから一本入ったところにある、小さな商店だった。

昼時の店内はそこそこ賑わっている。

棚には輸入された品や工具、日用品が並び、店員たちは忙しそうに動き回っていた。

だが、その平和な空気を壊す声が響いた。


「おい、俺ここの店長と知り合いだぞ?」

店の中央で、一人の男が店員に詰め寄っている。

どうやら些細なことで揉めているらしい。


「だからさっきから言ってるだろ! 俺は常連なんだよ! ちょっとくらい融通きかせろ!」


店員は困り果てた様子で頭を下げる。

「申し訳ありません……ですが規則ですので……」

「規則? そんなもん知るか!」

男はカウンターを叩き、周囲の客たちがぎょっとして振り向いた。


どうやら典型的な――

いわゆるカスハラというやつである。

店内の空気が少しずつ気まずくなる。

誰も関わりたくないのか、客たちは距離を取りながら様子を伺っていた。



すると、騒いでいる男の一つ後ろに並んでいた若者が、無言でレジの上に一枚の札を置いた。

この国でよく流通している高額紙幣――

一万ダスト札だ。

店員も、周囲の客も、一瞬きょとんとする。

騒いでいた男が振り返り、眉を吊り上げた。

「あ?なんだ?テメェの番じゃねえだろ!」

若者は何も答えない。


ただ、にこりと笑った。


そして――


パリーン。


乾いた音が店内に響いた。

若者の手にあった酒瓶が、男の頭の上で見事に砕け散る。


ガラスの破片と酒が床に飛び散り、男は何が起きたのか理解できないままその場に崩れ落ちた。

店内が一瞬、完全に静まり返る。

酒瓶の首だけが若者の手に残っていた。

彼はそれをぽいっとゴミ箱に投げる。

そしてカウンターの店員を見て、軽く肩をすくめた。

「はいこれ、この酒代と迷惑料」

レジの上の一万ダスト札を、指で軽く叩く。

髪を無造作にかき上げながら、若者は笑った。


店内の全員が、ぽかんとしてその男を見ていた。

王族の血を引きながら、王城より酒場が似合う男。

女好きで、トラブルメーカーで、そして兄弟一の問題児。


カロン・クレイン、十七歳。

――これが、クレイジーな勇者(?)の登場である。


カロンは気絶した男の襟首をつかむと、そのままずるずると床を引きずりながら店の外へ向かった。

店員たちはぽかんとしたまま見送るしかない。

扉が閉まり、城下町の通りに出る。

昼の陽気な空気とは裏腹に、路地裏の方からは鈍い音が何度か響いた。


ゴン。

ドス。

ガン。


しばらくして、カロンが手をぱんぱんと払いながら戻ってくる。

背後の路地には、完全に沈黙した男が転がっていた。

「いや〜、なんでディア姉ってこう言う奴、違法にしないんだろうな……」

肩を回しながら、のんびり呟く。


すると通りの向こうから、もう一人の若者が駆けてきた。

「カロン!お前……またやったのか……」

カロンが顔を上げる。

「あ、レオン!なんだ?今日は休みか?」

現れたのは、きっちりとした軍服を着た青年だった。


クレイン王国軍、伍長。

そしてカロンの幼馴染で親友。

レオン・グランツ。


レオンは倒れている男とカロンを交互に見て、深くため息をついた。

「違う!元帥並びに女王がお前を呼んでる!来い」

カロンは一瞬きょとんとする。


「兄貴達が?てか、んな事に部下使うなって言ってやれよ!」 


レオンは額に手を当て、呆れたように言った。

「いいから来い……」

城下町の騒ぎは、どうやらここで終わりではなさそうだった。


王城の大扉がゆっくりと開く。

重厚な廊下を抜け、やがて会議室の前へと辿り着いた。

レオンは姿勢を正すと、扉をノックする。

「陛下!カロン・クレイン、連れて参りました!」


中からディアドラの落ち着いた声が返る。


「ありがとうございます、グランツ伍長は下ってください」

扉が開き、二人は中へ入った。

広い会議室には、すでに王国の重鎮たちが揃っている。


女王ディアドラ。

元帥アズール。

大魔導士ハーデス。

そして王室相談役ヴィヴィと、大賢者メグ。

レオンは一礼すると、静かに下がっていった。

カロンはその様子を横目で見ながら、軽く肩をすくめる。


すると腕を組んでいたアズールが、呆れた顔で口を開いた。

「お前……また派手にやったらしいな……」

どうやら城下町の騒ぎは、すでに耳に入っているらしい。


カロンは悪びれた様子もなく、にやりと笑う。

「なんだアズ兄?知らないのか?先制攻撃は正当防衛なんだぜ?」


一瞬、会議室の空気が固まる。

アズールが思わず声を上げた。

「いや!違うよ!?」


ハーデスがこめかみを押さえながら小さくため息をつく。

「やれやれ……」


会議室の空気が、少しだけ静かになる。

さっきまでの軽いやり取りとは違う。

女王としての顔に戻ったディアドラが、ゆっくりと口を開いた。

「カロン……今日は遊びの呼び出しじゃないの」

その声には、王としての威厳と――

弟にだけ見せる、わずかな優しさが混じっていた。

ディアドラは机の上に置かれた資料へ視線を落とす。


「世界の各地で、妙な魔力の動きが確認されているの。まだ確定じゃないけれど……放置できる規模じゃないわ」


カロンは椅子の背にもたれ、腕を組んだまま聞いている。


ディアドラは続けた。

「ただし不用意に私や軍が動けば、各国に大きな波紋が広がる……王国が本格的に動いたと知れれば、魔族側も警戒するでしょう」

そこで一度、言葉を区切る。


そしてカロンをまっすぐ見た。

「だから――」

ほんの少しだけ、表情が柔らぐ。

「カロン……貴方にお願いしたい」

部屋が静まり返る。

カロンはしばらく何も言わず、天井を見上げていた。


やがて面倒くさそうに頭をかく。

「え〜……」

椅子をぎしっと揺らしながら呟く。

「でもタダじゃなぁ〜」

会議室の何人かが一瞬固まる。

カロンは悪びれた様子もなく続けた。

「いやさ、ディア姉の頼みだからってのは分かるけどよ。魔物退治って結構手間なんだぜ?遠出になるし、命の危険もあるし」

ちらっと周囲を見回す。

「ほら、普通はここで“報酬”とかあるだろ?」


だが困ったことに――

この男、別に金には困っていない。

王族だし、好き放題やっているが資産もある。

賭け事でも妙に勝つし、娯楽にも不自由していない。

つまり。

金では釣れない問題児なのである。

カロンは椅子をくるっと回しながら、にやにやと笑った。

「で?なにくれんの?」


会議室に微妙な沈黙が流れた。

ディアドラは困ったように弟を見つめ、アズールは腕を組んだまま天井を仰ぎ、ハーデスはこめかみを押さえている。


「やっぱワイアットに似て生意気なガキだね…」

ヴィヴィは小さく鼻で笑い、そして一人だけ、楽しそうに顎に手を当てている人物がいた。


大賢者メグである。

「う〜ん……しゃあないなぁ」

メグは椅子からひょいと立ち上がると、カロンの隣まで歩いてきた。

「じゃあカロンきゅん、ちょっと耳貸して」

カロンは怪訝そうに眉を上げる。

「なんだよメグ姉…」


「いいからいいから」

メグはカロンの肩に手を置き、顔を近づけた。

そして――

誰にも聞こえない小さな声で、何かを囁く。

数秒。

カロンの表情が変わった。

さっきまで面倒くさそうだった目が、ゆっくり細くなる。

「それは……」

口元がにやりと歪む。

「ふっ、堪らんね」

椅子から立ち上がり、軽く肩を回す。

「分かった!行くわ!」

その場の全員が一斉にメグを見る。


ディアドラも、アズールも、ハーデスも、ヴィヴィまでも。

だがメグは、何事もなかったように肩をすくめただけだった。

「交渉ってのはコツがあるのよ」

何を言われたのか。


それはこの場にいる誰にも分からない。

ただ一つだけ確かなことがある。

カロン・クレインという男が――

命を賭けても欲しい“何か”が、この世に存在するということだ。


会議が終わると同時に、カロンはさっさと城を後にした。

背中には妙に軽い足取り。どう見ても、これから危険な任務に向かう人間の様子ではない。

城門を出て、王都の大通りを数分。

カロンが向かった先は――


銃砲店だった。

重たい扉を勢いよく押し開ける。

「店長ー!」

店の奥から、落ち着いた声が返ってくる。

「いらっしゃいませ、カロン様」

店主は慣れた様子で軽く頭を下げた。

どうやらこの店、常連らしい。


カロンは店内を見渡すと、壁に並ぶ武器の数々を楽しそうに眺め始める。

「いや〜、久々だなここ」

棚には最新式の銃器や弾薬が整然と並び、ガラスケースの中には刃物や護身具が飾られている。

王国でも有名な銃砲店だ。

カロンは迷う様子もなく、いくつかの商品を指差した。

「それと、それ。あとそれもくれ」

数分後。


カウンターの上には

散弾銃。

金属バット。

ナックルダスター。

スタンガン。


どう見ても、正規軍の装備とは言い難い物が並んでいた。

店主は慣れた手つきで包みながら尋ねる。

「今回も遠出ですか?」

「まぁな、ちょっとした用事」

カロンは軽く答えながら鞄を開いた。

中から取り出されたのは、すでに持ってきていた武器。


愛用のピストル。

そして、くるりと回るバタフライナイフ。

カウンターの上に並べていく。


散弾銃。

金属バット。

ナックルダスター。

ピストル。

バタフライナイフ。


まるで芸術品でも鑑賞するかのように、カロンはそれらを眺めて微笑んだ。

「……いいねぇ」

その表情は、妙に楽しそうだった。

これから向かうのは、魔王復活の兆候を調査する旅。


普通の人間なら、少しは緊張する場面である。

だが――

少なくともこの男には、そんな空気は一切なかった。

むしろ。

どこかこれから楽しい遊びに出かける子供のようだった。


銃砲店を出たカロンは、袋を肩に担いだまま大通りを歩き出した。


歩き方は相変わらず軽い。これから危険な任務に向かう人間の足取りではない。

数分後、カロンが立ち止まったのは古びた看板の下だった。


酒屋。

重たい扉を押して中に入る。

「社長ー!」

奥から陽気な声が飛んできた。

「いらっしゃい!カロン様!」

この店も、どうやら常連らしい。

棚には世界各国の酒瓶がずらりと並び、ほのかに甘い香りが店内に漂っている。


カロンは迷いもせずカウンターへ歩くと、ガラスケースの中を覗き込んだ。

「これくれ」

指差したのは、磨かれた金属の小さな容器。

前から目をつけていた品だ。

「お、スキットルかい。いいやつだよ」

社長が笑いながら取り出す。

カロンはそれを手に取ると、光にかざして満足そうに頷いた。

「あとこれと……これ」


棚から選ばれたのは、琥珀色の瓶。

スコッチ。

そしてコニャック。


社長が手際よく包みながら、にやりと笑う。

「ツーリングかい?」

カロンは肩をすくめた。

「まあそんなとこ!ディア姉から小遣い貰ったから!」

完全に、休日の買い物の会話である。

店内の空気はのんびりしたままだった。

これからこの男が、魔王復活の調査に向かうなど――

誰一人、想像もしていない。


準備を一通り終えたカロンは、城下町の喧騒から少し離れた通りへ足を向けた。

王都の中心にありながら、どこか落ち着いた空気の流れる場所。


そこにあるのは、クレイン家の私邸――

カロンが生まれ育った家だった。


扉を開けると、中にいた女性が振り向いた。

赤い髪を揺らしながらゆっくりと目を細める。

元海賊団船長、そして、かつて仲間とクレイン王国を統治した女王。


街では未だに二十代と間違われるほどの若々しさ、

ワイアットを愛し、彼の子供7人を育てあげた

カレン・クレイン、五十二歳。


カロンはいつもの調子で手を上げた。

「てな訳で、ママ、行ってくるよ。ダディーによろしく!」 

軽い。

あまりにも軽い。

だがカレンは、すぐには笑わなかった。

「うん……まあ……カロンならやれるわ……」

口調はいつものように軽い。


だが、その表情には普段の陽気さがなかった。

カレンはゆっくりと歩み寄る。

そして、何も言わずに息子を抱きしめた。

「絶対……死なないでよ……」

声が少しだけ震える。

「アンタは……アタシとワイアットの……宝物……」

しばらくそのままの時間が流れる。


だがカロンは、いつものように軽く笑った。

「大丈夫だって!」

ぽんぽんと母の背中を叩く。

「嫌になったら辞めるから!」

あまりにも気楽な言葉だった。


それでもカレンは、少しだけ笑った。

「……ほんと、あの人そっくりね」

カロンは照れくさそうに頭をかくと、玄関へ向かう。


扉を開ける。

庭の金木犀の香りが微かにが流れ込んできた。

カロンは振り返らずに手を振る。

そして――

そのまま、旅へと出ていった。


玄関先に立ったまま、カレンは遠ざかっていく背中を見つめていた。

エンジン音が一度低く唸る。

次の瞬間、バイクが勢いよく走り出した。

城下町の通りを抜けていく黒い車体。

そして、その上に乗る息子の背中。

やがて角を曲がり、見えなくなる。

カレンはしばらくその方向を見つめたままだった。

胸の奥に、妙な不安が残る。

いつものように「大丈夫よ」と笑い飛ばすことが出来なかった。


すると、背後から気の抜けた声が聞こえた。

「ま……一つ言える事は、ノーザ爺さんみたいにはなるな、て事だな」

カレンが勢いよく振り向く。


そこには、いつの間にか一人の男が立っていた。

無造作に肩へかけた外套。

飄々とした笑み。

かつて世界を騒がせた男。

そして、クレイン王国前国王。

ワイアット・クレイン。

カレンの目が丸くなる。

「ワイアット!?来てたの!?」

男は片手を上げ、軽く笑った。

「よ!カレン!」

その一言だけで、空気がふっと軽くなる。

カレンの胸の重さが、少しだけ消えた。


カレンは腕を組んだまま、しばらくワイアットを睨んでいた。

だが次の瞬間、ふっと表情が崩れる。

「まったく……アンタって人は」

呆れたように言いながら、ぐっと一歩近づいた。

ワイアットが少し首を傾げる。

「カレン……?」


するとカレンは昔のようにいたずらっぽく笑った。

「へへ♡もう…8人目作っちゃおうか…♡」


突然の甘い声に、さすがのワイアットも少し驚く。

「おいおい……俺らもう五十二だぞ?」


だがカレンは気にした様子もなく、腕を組んで寄り添った。


「だから何よ」

昔と変わらない、海賊みたいな笑顔。

「ワイアットとアタシは一生こんなもんでしょ」


ワイアットは肩をすくめて笑う。

「……違いねぇ」

年齢なんて関係ない。

この二人は、昔からずっとこんな調子だった。


・・・・



「いや〜…自分の性欲が怖いワ〜…♡」

「全くお前は…」

「え〜なに〜?ワイアットがアタシをこんなエロバカにしたんでしょぉ〜♡」





王都を抜け、郊外の道へ出る。

石畳はやがて土の道に変わり、周囲には広い草原が広がっていた。

カロンのバイクは軽快にエンジンを鳴らしながら走っている。

そのときだった。

背後から――

重厚なエンジン音。

さらに、短いクラクションが鳴る。

カロンがブレーキを軽く握り、振り向いた。

砂煙を上げながら近づいてくるのは、国防軍の軍用車両。

無骨なボディの四輪駆動車。

ガーディアン90。

バイクの横で車が止まると、窓が開く。

運転席には、見慣れた顔がいた。

「カロン!……俺も行く」

レオンだった。


カロンは片眉を上げる。

「なんだ?仕事は?サボりか?」

レオンはため息をつく。



その数刻前――

王城の会議室では、静かなやり取りが交わされていた。

ディアドラがレオンをまっすぐ見つめる。

女王としてではなく、姉としての眼差しだった。

「レオン伍長……弟の事……頼めるのは幼馴染で親友の貴方しかいません……」

レオンは背筋を伸ばしたまま、その言葉を受け止める。


その隣で腕を組んでいたアズールが、ゆっくりと口を開いた。

「これより……カロン・クレインの護衛を命ずる……俺からのお願いだ……」

元帥の言葉だったが、そこには兄としての感情も混じっていた。


レオンは一歩前へ出る。

拳を胸に当て、静かに答える。

「……はい、誇りに掛けて」

その誓いを胸に――



「陛下と元帥から直々に許可は頂いた……お前だけでは魔王より危険だ……」


カロンは一瞬黙ったあと、にやっと笑った。

「……へへ!」

バイクのハンドルを軽く叩く。

「じゃあ頼むぜ!相棒!」

レオンは呆れたように小さく笑った。

エンジンが唸る。


バイクと軍用車両が並び、同時にアクセルを踏み込んだ。

二つのエンジン音が草原に響く。

――こうして。

アウトローと、真面目な軍人。

奇妙な二人の旅が、いよいよ始まった。

実は新主人公のカロンですが実は影が薄い末弟の14話最後の方に一瞬だけ出てます。あとカレン、地味に全作皆勤賞

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