41、終幕
私達が帰路に着こうとしたところ、陛下より二人分の宿泊の準備が整っているらしい。
お言葉に甘えて今日は王宮へと宿泊をさせていただくことになった。寝る支度を終えた私は、ひとりでベッドに座る。今日は色々なことがあった……それにもかかわらず、目が冴えていた私は夜風にあたろうとバルコニーへと繰り出す。
そこには、数え切れないほどの綺麗な星達が空を覆っていた。手を伸ばしたら掴み取れるのではないか、と思うくらい星が身近にあるような気がする。将来はゆったり星を見ることができるようになるわ、とあの頃の私に伝えたら、きっと目を剥いて驚くに違いない。
夜空の美しさを言葉に表すことができなかった私は、まばたきを忘れて星空をじっと見入っていた。王国でのことが思い起こされ、頭をよぎっていく。
そんな時にふと隣に人の気配がした。左を向くと、そこには寝巻き姿の公爵様がいる。
「どうした、もしかして寝られないのか?」
心配そうに告げる公爵様。
「今日は色々なことがあったので、目が冴えているようでして。気分転換に夜空を見ていたのですわ」
「同じだな。私も気持ちが高揚しているのか、寝付けなくてな」
そう言った公爵様は星空を見上げた。私も釣られて空を見つめる。
――二人の間を一筋の風が通り過ぎていく。
ふとこの状況をどこかで見たような覚えがあった。
公爵領で初めてユーイン殿下が訪れた日の夜だ。その時の夜空の星々は哀愁を漂わせて見えていたけれど……今日の星空はひとつひとつの星が力強く光り輝いてみえる。
こんなに穏やかな気持ちでいられるのは、隣にいる彼のお陰だろう。
しばらく無言で星空を見つめていた二人。その沈黙を破ったのは公爵様だった。
「……以前も公爵領で夜空を見たな」
「……そうですね」
まさか公爵様もあの時のことを思い浮かべていたとは思わなかった私は、一呼吸返事が遅れた。しかし、公爵様はそのことを指摘することもなく、言葉を紡ぐ。
「あの夜は、君があまりに綺麗で儚く見えたからな……夜空が君を奪ってしまうのではないかと思った」
「まぁ……!」
私は公爵様の言葉に驚いてしまう。
あの時は確か、お母様のことを考えていたはずだ。お母様が予言の巫女であり、私にもその力があるのかもしれないと聞かされたことに、衝撃を受けていたからだろうか。
「あの時はお恥ずかしいところをお見せしました」
思わず公爵様へと頭を下げる。あの時に可愛いウサギのぬいぐるみをもらったのだったな、と思い出す。あの子は私のお気に入りで、実はこの帝都にも持っていきているくらいだ。
謝罪した私の頭上から、公爵様の声が掛かる。
「いや、いきなり話されたのだ。エスペランサ嬢が話を受け入れるのにも、時間がかかったのは仕方ないと思う。それに、今は落ち着いているのだろう?」
「はい、お陰様で」
そう答えると、公爵様は嬉しそうに破顔する。私も釣られて微笑んだ。
――その後、あの一件の、その後の顛末を星々の瞬きの下で、公爵様は静かに語ってくれた。
現在、伯爵卿と協力者達、そして彼らの家族達は王宮内に囚われているという。
国宝鏡と私の誘拐を目論んだ首謀者であるディロン伯爵卿は、毒杯を賜ることになるだろう、とのことだった。そしてディロン伯爵家は子爵家に爵位を落とし、存続するらしい。
存続が決まった理由は、この件で動いていたのがディロン伯爵だけだったからだ。伯爵の嫡男はそのことに気がついており、宰相様へと事前にお目通りを願っていたことから、他の者に罪は問われることがなかった。
ただ、末娘のエルシーだけは……公爵様との婚約が絶望になったとの話を聞かされて、理性を失ったのだとか。まるで壊れたおもちゃのように――公爵様の名前を呼び続けているようだ。
見かねた彼女の兄である嫡男……現子爵は、エルシーを修道院へ送ることを決意したそうな。
エルシーは、本当に公爵様を愛していたのだな、と思う。その感情を父親に利用された……いわば被害者だ。
私がエルシーと顔を突き合わせて話していれば。
きちんと貴族令嬢としての教育を受けていれば。
誰かが隣でエルシーを見守っていれば。
たらればの話になってしまうけれど、彼女を救えたのではないか。そう考えることすら、彼女にとっては余計なお世話かもしれないが。
悩ましげな表情で私が空を見つめていると、隣にいた公爵様から声がかかった。
「君は……強いな」
「私ですか?」
隙あれば思考が暗くなってしまう私のどこが強いのだろう。そう首を傾げていると、公爵様は笑って告げた。
「君は受け入れ難い事実を突きつけられても、どうにか折り合いをつけながら前を向いているだろう? 私は前を向くのに数年以上かかったからな」
「公爵様……」
恥ずかしそうに微笑む彼を、可愛いと思った。そんな彼を支えていきたい。そんな気持ちが溢れていく。
私は公爵様の手を取ってから、両手で優しく握りしめた。
「私がお母様の話を受け入れられたのは……公爵様があの夜、話を聞いてくださったからですわ。貴方様が支えてくださったのです。本当に……ありがとうございます」
「エスペランサ嬢……」
頬に一筋の涙が流れ落ちる。次々に目から涙があふれるけれど、これは悲しさから来るのではないことだけは理解していた。
「私は……以前もお話ししましたが、お母様に常々『頑張りなさい、そうすれば貴女に幸せがやってくる』と言われ続けてきました。私が一人になっても、その言葉を信じ続けていました。けれど、王国を追放された時……一度だけ、お母様の言葉を疑ったのです」
頑張ったのに、何で認めてもらえないの――ブレンダやジオドリック達に罵倒されながら馬車に乗せられたあの日。
ユーイン殿下から真実を聞いたあの日。
自分の運命を呪いたいと思ったのは嘘ではない。……けれど、この言葉だけは微笑んで言いたかった。
「ですが……お母様の言葉は真実でした。私、公爵様の元に嫁ぐことができて、今とても幸せです」
私の顔は涙で綺麗ではないだろう。だけど、ここだけは――。
「レオネルだ」
「え?」
私は予想外の言葉に、目が丸くなる。公爵様は私の目に溜まっていた涙を優しく拭うと、優しく笑いかけてくる。
「私のことはレオネル……いや、レオと呼んで欲しい。他でもない、君に」
目を見据えられて、私は呼吸が止まりそうになる。その合間に公爵様の手が私の頬に触れていた。
「では私のことは……エラ、と呼んでくださいますか? ……レオ……」
気恥ずかしくなった私はレオから無意識に目を逸らす。今私の頬はきっと朱に染まっているはずだ。だって、頬が今までにないほど熱いのだもの。
「勿論だ、エラ」
私は俯きながらチラリとレオの顔を覗き込む。そんな赤面している私の頬に、レオは自らの顔を近づけたのだった。
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