30、幼馴染?
侍女としてマルセナが私に付き添いとなる。そして今回はヘンリーも帝都へ共に来るようだ。
最初は私に気を遣っていただいていたのか、ゆっくりと進んでいたのだけれど……途中で私が「早く進んで問題ありません」と告げたところ、速度がどんどん上がっていった。以前王国で乗った馬車は上下の揺れが酷く、最初は気分が悪くなってしまったけれど……それに比べたら、公爵様の馬車は静かだし揺れもほぼ感じなかった気がする。
その話を告げると、彼は眉間に皺を寄せる。そしてこの馬車には魔道具が使われており、シュゼットの発明なのだとか。私は彼女に感謝しつつ、旅を楽しんだ。
公爵領から二週間と少し。私たちは無事に帝都のタウンハウスへと辿り着いた。
門内に馬車が入ると、タウンハウスの使用人が整列して立っている。正面にタウンハウスを管理している執事……ドリーが中心で頭を下げていた。彼はヘンリーの従兄弟らしい。
公爵様が降り、私に手が差し出される。感謝を述べて手を取り私が降りると、周囲にいた使用人たちが小さく息を呑んだような気がした。
私たちはドリーの前に並ぶ。そして公爵様は彼に声を掛けた。
「タウンハウスの管理を任せてしまってすまないな」
「勿体無いお言葉です。長旅お疲れ様でございました」
一同がドリーの言葉で一礼する。そして彼は私の方に顔を向けた。
「お嬢様のお越しを、心よりお待ちしておりました」
私はにっこりと微笑んで、軽く礼を執る。この屋敷で私がエスペランサであり、禁呪を解除した事を知っているのは、このドリーと左側にいる侍女長のみ。他の貴族の目もあるかもしれないと、私は公爵様と相談して喋れない振りをする事に決めていた。
ドリーも私に答えてくれ、口角を上げる。そして私に背を向けて屋敷内を案内しようとしたその時。
「レオネル様っ! お待ちしておりましたのよっ!」
公爵様へと声が掛けられる。そこにいたのは、桃色のドレスを着た御令嬢。後ろで従者らしき者が、狼狽えている。
この令嬢はどなたなのかしら? ここは公爵家の敷地内。そんなに簡単に入れるものなのかしら。
そう思い公爵様へと顔を向けると、彼も予想外だったのか……表情を曇らせていた。という事は、誰かの独断で公爵家に入っているという事かしら?
後ろで控えていたマルセナも無表情ではあるが、視線は鋭い。彼女が表情に出すのは珍しい、そんな事を思いながら後ろにいたドリーへと私は視線を送った。
ドリーもわずかに眉を歪めている。そして公爵様へ向けて謝罪を述べた。
「大変申し訳ございません。私の不徳の致すところでございます」
ドリーは公爵家に代々仕えており、子爵位を賜っているのだそう。そんな彼が追い出せない……とすれば、伯爵家以上か。とはいえ、ここまでの無作法を許す貴族がいるのかしら? と考えていると、思い当たる節があった。
以前マルセナの授業を聞いた時に、末娘に甘い貴族がいると聞いたことがあるわね。その家はたしか――。
「ディロン伯爵令嬢、本日もお元気なことで」
公爵様が目を細めて彼女へと声をかける。やはりディロン伯爵令嬢だったのね。名前はエルシーだったかしら。
「はい! レオネル様の事、お待ちしておりましたの! それよりも、レオネル様? 私のこと、エルシーと呼んでくださいと言っているではありませんか!」
私は彼女の返答を聞いて首を傾げた。この方、公爵様の嫌味も分かっていないようね。伯爵家の末娘がそのようなお花畑思考で問題ないのかしら……いえ、このようなお考えだから前触れもなく押しかけてくるのね、と納得もした。
彼女は公爵様の腕を取ろうとする。まるで隣にいる私の事など全く見えていないかのようだ。
流石に公爵様に対して無礼よね、と私が思ったのと同時に、公爵様とディロン伯爵令嬢の間に衛兵が立った。
「あなた! 何故邪魔するのかしら?!」
まるで婚約者は私よ、と言わんばかりの表情で叫ぶ令嬢。すると公爵様が声を張り上げた。
「ディロン伯爵令嬢、あなたは私の婚約者ではない。それに、名で呼ぶ許可も出していないのだが。ディロン伯爵に抗議文を送らせていただこう」
抗議文と聞いて、目を丸くする令嬢。
「ですが、昔は色々とお話しさせていただいたではありませんか!」
何を急に? と言いたげな表情で彼女は首を捻っている。貴族は王国でも帝国でも政略結婚が多い。彼女はその事を知らないのだろうか。目の前で、「昔からお慕いしておりました」と笑って話す彼女。まるで公爵様が彼女に会えて喜ぶのが当たり前、と考えているかのよう。
どうしたらここまでの思考になるのかしら、と不思議に思っていると、公爵様が少しだけ声を荒げた。
「色々と、と言うが……君に懇願されて一度邸で話したくらいだろう。私の婚約者は幼少の頃から決まっていた」
彼が私を一瞥する。その仕草でやっと私が隣にいる事に気がついたらしい。彼女は一瞬目を見張ってから、私を睨みつけた。
「こんな女、レオネル様には相応しくありませんわ! 差別主義国の女ではありませんか! あなたも図々しいのね? 公爵様に取り入って帝国を裏切るつもりなのでしょう? 信用できませんわ! それなら、私と婚約した方がいいと思いますの」
あら、彼女は私が王国から嫁いできたという事は知っているのね。てっきりどこの馬の骨……とでも言うのかと思ったのだけれど。それよりも大声でそんな話をして良いのかしら? だって、この婚約は皇帝陛下の承認があって結ばれた婚約よ。彼女は皇帝陛下の裁量を否定している形になっているけれど。
……ほら、公爵様も怒っているじゃない。
「この婚約は皇帝陛下も承認されている婚約だ。ディロン伯爵令嬢は、皇帝陛下の命に異を唱えるという事でよろしいか?」
ここまで言われて、やっと彼女は自分が何を言ったのかを理解したらしい。顔から血の気が引いている。それでも私へと刺すような視線を送ってくるあたり、自分が正しいと思っているのよね、きっと。
この方、表情も読みやすいし……言動も少し幼稚な気がするわ。貴族社会で生きていけないと思うけど、良いのかしら。まぁ、私が心配する事でもないわね。
すると後ろから声がかかった。
「レオネル殿、私の娘がすまない事をしたね。どうやら君に会いたがって、先走ってしまったようだ」
後ろから現れたのは、ディロン伯爵だ。彼は口元の立派な髭に触れつつ、笑ってこちらへと歩いてくる。娘を回収しにきたのかもしれない。公爵様は、ディロン伯爵を冷めた目で見つめている。
「ははは、大目に見てくれると嬉しいよ。婚約者殿も娘のような気持ちを持った事があるだろう?」
どうやら伯爵は、公爵様がまだ爵位を継いでいない次期公爵であると思っているのかもしれない。もし公爵本人だと分かっていたら、こんな口調で話すはずないでしょう?
笑いながら伯爵は令嬢に声をかける。名残惜しそうにしているけれど、伯爵には逆らえないようで大人しく帰っていく。ただ、私への視線は冷淡だ。私に圧を掛けてくる娘と、彼女の意思を押し通そうとする伯爵。彼らが真実を知った時、どうするのだろうか。




