17、第二王子殿下
それから一週間。
私は魔法の講義と魔術の講義を受けていた。講義は講師役であるジャイルズやシュゼットが本を使用しながら行うので、疑問があればすぐに訊ねる事ができるのもありがたい。
今もジャイルズの魔法講義を受けていた私。すると、扉の外が慌ただしい事に気がついた。
二人で顔を見合わせる。首を捻ったジャイルズが侍女に話を聞くためにドアノブへと手を伸ばそうとした。しかしそれと同時に、扉が勢いよく開く。
開いた扉に顔が当たったジャイルズは、相当痛かったらしく顔を覆っている。どうやら扉を開けたのはリーナのようだ。
「リーナちゃん、扉を開ける時はノックしてくれないか……?」
「も、申し訳ございません〜!」
ぶつかったところをさするジャイルズ。リーナもどうしたら良いのか分からないのだろうか、狼狽えている。話が進まないであろう事を察したジャイルズが、彼女に声をかけた。
「もしかしてそろそろ昼の時間か?」
確かにお腹の空き具合からみると、昼に近いのかもしれない。けれども、お昼だけでこんな慌ただしい事があるのだろうか、と私は思う。リーナはジャイルズの言葉で我に返ったのか、彼女がここに訪れた理由を話し出した。
「そ、それどころじゃありません! 第二皇子殿下が……屋敷にいらっしゃいました!」
「第二皇子殿下って、ユーイン殿下か?!」
「はい、ユーイン殿下です!」
そう聞いて、騒がしいのに納得がいく。
もし公爵様が殿下の来訪を聞いていたら、あの方の事だ。前もって準備をしているはず……。使用人だけではなく、私にも必ず連絡が入っているはずだ。
けれども、こんなに屋敷が騒々しいという事は……もしかしたら今回は事前の通達がなかったのかもしれない。非常事態だと把握した私はジャイルズに魔導士団へと戻るよう伝える。そして私は部屋へと戻り、身支度を整え始めた。
早急に支度を終えた私が、マルセナの案内で応接室へと向かうと、既に公爵様と向かい合って座っていた男性がいた。金の刺繍がふんだんに施された黒地の服を身にまとう男性は、どう見ても高貴なお方にしか見えない。多分この方がユーイン殿下なのだろう。
マルセナの指示で公爵様の隣へ座る。すると殿下は私の姿が目に入ったらしく、少しだけ目を瞬かせていた。もしかしたら公爵様は私がエスペランサだという事を知らないのかしら? と思っていたのだが――。
「いやぁ、急に来て申し訳ないねぇ! 君がエスペランサ嬢かな? レオネルから報告は聞いているよ!」
公爵様からきちんと報告は受けているらしい。安堵した私は礼を執る。
「王国より参りました、エスペランサ・ホイートストンでございます」
「私はこの国の第二皇子で、ユーイン・ソラル=ローランド・セクンドゥスというよ! よろしく! それよりも、あっちの禁呪で『ブレンダ・ホイートストン』を名乗るよう強制されていたんだって? 聞いた時は驚いたよ!」
あっけらかんと笑いながら話す殿下に、私は気圧される。軽やかな振る舞いをされてはいるけれど、彼の佇まいは気品に溢れていた。
「まさか君がその禁呪を木彫りのクマへと移す事ができたから良かったものの……それができていなかったら、君はどうなっていたか……」
そう告げた殿下は私へ顔を向けた。まるで私の事を試しているような……そんな厳しい視線を感じた。
私は彼へとニッコリ微笑む。すると私の行動に驚いたのか、最初は目を見開いていたが……殿下は降参と言わんばかりに肩をすくめた。
目線でのやり取りに公爵様が気が付いたかどうかは分からない。けれど次に反論したのは、彼だった。
「お言葉ですが殿下、私は最初から彼女がブレンダ嬢ではない事に気づいていましたので、エスペランサ嬢の不安を煽るような事はしないでいただきたい。それに、もしこちらに来ていたのが本当にブレンダ嬢であったとしても、私は丁重におもてなしをします」
眉間に深い皺を刻んだレオネルに、ユーイン殿下は慌てて自分の言葉を否定した。
「いやいや、冗談だって!」
「殿下、冗談は時と場合を選んでください」
「ごめんって〜」
思った以上に気安い関係なのね、と私は思う。何度か瞬きをしながら二人を見ていると、私の様子に気づいたユーイン殿下が教えてくれた。
「レオネルは昔軍部で世話をしたんだ。心許した仲でね」
そういえば、ルノーが言っていたわね。公爵様も帝都で騎士として働いていたと。ユーイン殿下は第二皇子として軍部をまとめられている方なのかもしれない。そう一人で納得していると、渋い表情の公爵様が呟いた。
「いえ、殿下のお世話をしたの間違えでしょう」
「え〜? そう? レオネルはいつも厳しいなぁ〜」
仕方なさそうに首をすくめたユーイン殿下は、足をぶらぶらさせる。本当に公爵様と打ち解けているのだろう。まるで駄々っ子のように口を尖らせているけれど、その行動もどこか品がある。
ふと皇子繋がりだからだろうか、ジオドリックを思い出した。彼の行動はユーイン殿下と比べるのも……ユーイン殿下に失礼だわ。王子と皇子でこんなにも違うのねぇ……と他人事のように考えていた。
その間に彼らの戯れが終わったのか、ユーイン殿下の表情が真剣なものとなっていた。私も再度気を引き締める。
「今日は前触れもなく訪れてすまなかった。内密に話し合いたい事があってな。転移陣を使用させてもらった」
公爵様が息を呑む。
ユーイン殿下の話によれば帝都から公爵家まで、どんなに早くても二週間以上は掛かるのだそう。だが、この領土はデヴァイン王国と国境が隣接している場所。重要拠点なのだ。
そのため以前の戦争の際、許可された者だけが使用できる転移陣が施されたのだという。
ここに転移陣がある事を知るのは、公爵家でも上部の者たちだけらしい。
「あの、そんな重要な件を私が知ってもよろしいのでしょうか?」
ユーイン殿下は包み隠さず私に教えてくださったのだが、隣で聞いていた公爵様の雰囲気に焦りが混じっていた気がする。
心配する私をよそに、殿下の反応は淡白なものだった。
「ああ、先程告げた通りだ。転移陣に登録した者しか通る事ができないからな。それに何処にあるかも分からないだろう? そもそもエスペランサ嬢はレオネルの婚約者なのだから、先に知るか、後で知るかになるだけだ。それよりも……エスペランサ嬢に用がある。用事とは、バレンティナ魔導皇女殿下……いや、あなたの母君についての話だ」




