11、 マルセナ
ルノーに対するマルセナの視線は非常に冷たいモノだった。
そんな視線を軍の頂点に投げても良いのかしら……と思っていると、リーナが私の耳元でささやいてくる。
「ルノー様はマルセナさんのお父様なのです。ちなみにマルセナさんはお母様似です!」
マルセナの……父? 改めてルノーとマルセナを確認する。
リーナの言う通り、マルセナは母親似なのだろう。よく見ると、目元がルノーとそっくりだとは思うけれど……。
森で会ったら熊と間違えるのではないか、と思うほどの体躯を持ち、豪快に喋るルノーが……マルセナの言葉に背を丸めてしょんぼりとしている。何で例えるといいだろうか……ああ、イタズラが発覚した子どもを怒っている母、のような構図ね。
話を聞いていると、感極まるとルノーは相手に触れたり近づき過ぎたりする節があり、いつもマルセナや彼女の母がルノーに説教をしているのだそう。「この家は女性が強いんですよぉ〜普段の光景です」とリーナは事もなさげに言っていた。
最初は大きく頼もしい背中だったルノーだが、今は頼りなさげに肩を落としている。一通り怒ったらしいマルセナは、こちらを向いた。
「お見苦しいところをお見せして、大変申し訳ございませんでした。後で言って聞かせますので」
私に頭を下げたマルセナを見て、思わず公爵様を見る。彼も慣れた事なのか、苦笑いをしていた。まずはマルセナの頭を上げさせないといけない。
「マルセナ、私は気にしていないわ。だから頭を上げてほしいの」
そう言うと、マルセナは私を見据えた。にっこりと微笑めばマルセナも納得したようだ。私が何度もマルセナから感謝を言われている間に、公爵様がルノーの肩を軽く叩いた。
「ルノーも気をつけるんだな」
「……面目ない」
意気消沈しているルノーを不憫に思った私は、彼に声を掛けた。
「また訓練を見にきても良いかしら?」
「勿論! お待ちしておりま――痛て!」
勢いよく体を乗り出したからか、再度マルセナに頭を叩かれるルノー。
「本日は母にもこの件を伝えてから、全力で絞りますので……」
その光景を見て、マルセナは怒らせてはいけないわね……と密かに思った。
ここで一旦マルセナとルノーとは別れる。ルノーは訓練の指揮をしなくてはならないからだ。マルセナはリーナがそろそろ訓練所に案内する頃だろう、という事を見込んでこの場所に来たのだという。それほどルノーの行動が心配だったらしい。
マルセナとも別れた私たちは、リーナの案内で研究所へと向かう事になった。
私の後ろから静かに公爵様も付いてくる。
「お仕事はよろしいのですか?」
急に前から話しかけられた事に驚いたのか、まばたきを忘れたかのように固まった公爵様。けれどもすぐに我に返ったらしく、私の問いに答えてくれた。
「ああ、仕事はひと段落ついているから問題ない。私もエスペランサ嬢の事が気になってな……研究所といえば、セヴァルがいるからな。きっと彼女がいるから問題ないと思うが、念のためにな」
そう言って苦虫を噛みつぶしたような表情を見せる公爵様。話を聞くと、せヴァルは公爵家の魔法研究所の副所長という立場なのだが、彼の上に女性上司がいるそうな。話し始めたセヴァルを止められるのは彼女しかいない、と言われるほどらしい。
あのセヴァルを止められる女性……どんな方なのだろうか。私は少しワクワクしながらリーナの後ろをついて行った。
「こちらが研究所です」
訓練所の奥に佇んでいる建物……それが研究所だった。他の建物よりも頑丈に作られているような気がする。後々リーナに訊ねたところ、研究に集中し過ぎて、研究員が何度か建物を半壊させた事があるらしい。建て直しを繰り返し、今の形になったのだという。現在、研究所の壁は非常に固い金属で作られており、この壁になってからはまだ一度も建物を壊されていないようだ。
私たちが入ろうとすると、公爵様に止められた。まずは所長をここに呼ぼう、という話になる。
リーナが所長を呼ぶ間、私と公爵様は研究所の外にあるガゼボの椅子で座って休む事にした。椅子に座って待っていると、公爵様が呼んでくださった侍女が私たちの前に軽食とお茶を用意してくれる。私と公爵様はそれを軽くつまんでいた。
建物の中から、何かが爆発するような音が繰り返し聞こえる。思わずぼーっと音の鳴る建物を見ていると、公爵様が私に声を掛けてくださった。
「うるさくてすまない。ここの研究所の職員は、大抵が研究漬けの者ばかりでな……まあ、何というか……セヴァルみたいな奴が多いと認識してもらえると助かる。いや、正確に言えばセヴァルが一番の研究狂か……そのお陰で素晴らしい研究結果がもたらされるので、言うにも言えなくてな」
「結果を出されるのでしたら、素晴らしい事だと思います」
ため息をつきながら話す公爵様。きっと、一癖も二癖もある人たちばかりなのでしょうね。そんな話をしていたら、聞き覚えのある声が耳に入ってきた。
「おやぁ? お嬢様と公爵様ではありませんか?」
満面の笑みをたたえ、揉み手をしながら現れたのはセヴァルだった。彼の一方的な話によると、研究が一旦落ち着いた彼は飲み物と軽食を手に入れようと、研究所内にある食堂へと歩いていたところだったらしい。食堂は彼の研究室の反対側にあり、入り口の扉の前を通ろうとしたところ、そこにリーナが入ってくるのを見たのだという。
その後軽く食べた後、戻る途中で私たちが休憩しているのを見かけたのだとか。
「奇遇ですね」とニコニコ笑うセヴァルだったが、私の顔を見て何かを思い出したようだった。手を軽く鳴らす。
「そうそう、そうでしたねぇ。お嬢様、こちらをお貸しいただきありがとうございました!」
差し出された手には、昨日私がセヴァルに貸した形見の首飾りがあった。
「割れてしまった宝石の分析は終わっておりませんので、少々お待ちいただきたいのですが……ひとまずこちらの鎖と土台に関しては分析が終わりましてねぇ。お返ししようと思っていたところだったのですよ。こちらの土台には、まず『盗難防止』の魔術が刻まれておりましてねぇ……素晴らしいモノですよ! こちら、宝石が原動力となっていたようで――」
セヴァルが研究結果を説明しようと近づき始めたところで、公爵様が眉間を揉みながら彼と私の間に入ってくる。
彼の手の上に置かれていた首飾りを手に取り、私の手の上に置いてくださった。
「セヴァル、研究結果は書面でと何度も言っているだろう? 彼女にもその書面を見せる予定なので、それで一旦落ち着くように」
「おや、そうでしたねぇ……ですが、それ以外に何の用が……?」
首を捻りながら考えていたセヴァル。公爵様が所長に会いに来た――という用事を言う前に彼は手を軽く合わせた。
「もしかして、お嬢様の魔力測定に来ていただいたのですか?! それでしたら今すぐに準備をいたしますよぉ! 少々お待ちくださ――いたっ」
「セヴァル、お前はもう少し人の話を聞きなさい」
「ゲッ……所長……」
そこには、セヴァルの襟元を掴み上げている女性と微笑んでいるリーナがいた。




