12、研究所
「エスペランサ様、うちのセヴァルが大変申し訳ございませんでした」
その女性は右手でセヴァルの襟元を掴んだまま頭を下げる。そして力づくでセヴァルの頭を動かし、まるでひれ伏すようにお辞儀をさせた。
「所長〜、痛いですってばぁ……」
「お前のその性格はどうにかならないのかしら? 少しでいいから慎みを持ちなさい」
「いやぁ、これ以上は無理ですねぇ〜」
はあ、と大きなため息をついた女性は懐から一枚の紙を取り出した。そして何かを呟くと、その紙が光り輝いて――次の瞬間、セヴァルが何かでぐるぐる巻きとなって床に転がっている。
「そこで頭を冷やしていなさい」
そんな冷たい視線にセヴァルは光悦な表情を見せる。どうやら魔法で束縛されているのが嬉しいらしい。軸がぶれないわね、と思いながらその様子を見ていると、セヴァルの身体を巻いている紐を持った女性が、先程よりも深々と礼をした。
「大変お見苦しいところをお見せして、申し訳ございません。私、この研究所の所長を任されております、シュゼットと申します」
顎下あたりで切り揃えた髪。男性っぽいけれど、声は高い。公爵様から教えていただいた話だが、彼女は元々騎士の家系出身で、兄弟に囲まれて過ごしたがためにこの口調なのだと言う。
研究員も何故か彼女の声には従うらしい。そのため、いつの間にか研究員をまとめるのは彼女しかいない、と言われて若干二十歳で所長の立場になったのだとか。
「私、エスペランサと申します。以後、お見知りおきください」
「ご丁寧にありがとうございます」
微笑むシュゼットの笑みが可愛らしくて、彼女がこの研究所の所長だと誰が思うだろうか。ただ、セヴァルが魔法を解こうと床で蠢いている様子を見ると、魔法の実力もかなりのモノに見える。
まだまだ魔法を解けそうにないセヴァルを気にかける事なく、公爵様はシュゼットへと話しかけた。
「シュゼット、魔力測定器はすぐに準備できるものか?」
「そうですね。事前に言っていただければ用意しますが……エスペランサ様の魔力を計測する予定なのでしょうか?」
シュゼットは私へと顔を向ける。
「ええ、お願いしようかと思っております」
「でしたら事前に言っていただければ、お待たせする事なく計測に――」
「いえ、今です! 今計測しましょう! 準備をしてきますねぇ!」
いつの間にやらシュゼットの魔術から抜け出したらしいセヴァル。私たちは呆然と彼の背中を見届ける。見えなくなったところで、シュゼットがひとつため息をついた。
「エスペランサ様、申し訳ございません……あの者は魔法や魔術の事になると前しか見えなくなりますので、あの状態は私でも止める事ができません。もしこの後に予定がおありでしたら、今この場を離れる事をお勧めいたします。まあ、あの様子でしたら……後五分もかからないうちに準備は終わると思いますが」
どうするかをこちらで決めてくれ、という事だろう。私自身の時間は問題ないのだけれど、公爵様はどうされるのだろうか。そう思い彼を一瞥すると、視線が交わった。
ちょうど良い。ここで私が魔力を計測する意思を伝えておこう。
「私はこのまま計測させていただこうと思うのですが、公爵様はどうなされますか?」
「なら私も見学させていただこう」
こうして全員が私の魔力測定を見学する事に決まった。測定は王国のソレと一緒なのだろうか? そう思ってシュゼットへと声をかけようとしたところ、遠くから「準備終わりましたぁ〜」というセヴァルの声が聞こえた。
まるで今にも踊り出しそうなセヴァルの案内で、私たちは研究所のある部屋へとたどり着く。そこには見覚えのある板が演説台の上に置かれている。以前王国であの板を使って魔力を測定した覚えがあった。ただ、王国ではあの板だけだったけれど……この部屋の中には色々な道具が置かれている。
あの道具はなんだろう、という私の思考を読み取ったのか……ただ単に説明したいだけだったのかは分からないけれど、セヴァルがペラペラと喋り始めた。
「あちら台に置かれている板はご存じ、測定器ですねぇ。ちなみに周囲に置いてある道具も、魔力の適性などを測るためのものです」
その魔道具は試作品も多いようだけれど、帝都の王宮でも使われているものらしい。
実は公爵家にいる研究者たちは特に魔法・魔術研究では王宮と同等レベル……いや、それ以上の者もいるのだとか。ちなみにセヴァルはこれでも魔法研究の第一人者と言われているそうで、素晴らしい研究者のようだ。
彼が褒められている裏で、シュゼットが頭を抱えているのだろうな、というのは想像に難くないけれど……頑張って欲しいなと思う。
「板の測定器だけでは、魔力量しか測る事ができませんからねぇ!」
そう言って楽しそうに置かれていた魔道具をとっている。彼が今手に取っている魔道具は、得意な属性を判別するものだとか。この魔道具たちは帝国で発明されたらしく、試作段階のものから公式に使われているものまであるという。
「そういえば、王国では実際魔法を使ってみてから、伸ばす属性を決めていました」
確かあれは私が五歳になった時だろうか。演説台の上にある板を渡され、周囲の視線が突き刺さる中で恐る恐る測定をした事を思い出した。その時は板の説明が全くされなかったため、何が起こるか分からない恐怖を感じたものだ。後々、魔力量を測定する道具と聞いて、胸を撫で下ろしたわ。
「まさかまだあの原始的な方法で判別しているとはねぇ……」
私の言葉を鼻で笑ったのはセヴァルだ。
ちなみに私は魔力が少なかったため、「測る必要はない」と笑われた記憶がある。
「あー、もどかしい! 本当にあの国は勿体無い事をしていますねぇ……過去の栄光を大事にするのは結構ですが、魔法は進歩している事を知って欲しいものです!」
セヴァルが言葉を荒げながら言う。彼曰く、五歳で魔力量を測る分には問題ないそうだ。けれども、属性を固定させてしまうのは止めるべきだと話す。
「五歳は特に魔力の揺らぎが現れやすい時期だと過去の研究で判明しています! ですから原始的な方法で適当に判別した者は、結構間違いが多かったりします。本当に残念なのは得意属性以外を固定させてしまった者たちは、大人になって伸び悩む可能性が高い事ですねぇ。ああ、私の研究対象が減っていく……」
そもそも得意属性だけを伸ばす方針も、良くないと言い出したセヴァル。得意属性は得意属性でより伸ばす方向は変えなくていいけれど、他の属性も訓練すべきだ、と主張し始める。
実際それを行ったところ、得意属性だけの時よりも魔力量が伸びる傾向にあるという事だ。現在帝国ではそれで進めているらしい。
楽しそうに話す彼は、留まる事を知らない。次から次へと言葉が溢れてくる。
それを疲れたような表情で見るシュゼットと、肩をすくめる公爵様。
「本当にセヴァルはぶれないわね……」
シュゼットの言葉に全員が同意した。
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