第六章:最初の対話
ベンガルールから持ち込んだ機材と、予備調査で作成した詳細な設計図。悠介とプリヤは、数日をかけて村の長老会へのプレゼンテーションの準備を整えた。これは、プロジェクトの成否を占う、最初の、そして最も重要な対話だ。
会合の場所は、村の中心にある、巨大なガジュマルの木の下に設けられた。ござの上に座るのは、白く長い髭を蓄えた村長をはじめとする、10人ほどの長老たち。全員が男性だ。その後ろには他の男たちが腕を組んで立ち、さらにその遠巻きに、女性や子供たちが好奇と不安が入り混じった目で見守っている。悠介は、この村の目に見えない社会構造を、その立ち位置の距離感から肌で感じていた。
プリヤが、まず現地語(カンナダ語)で口火を切った。彼女は、長老たちに深い敬意を示しながらも、Jal Sevaがこの村で長年行ってきた活動と、今回のプロジェクトがその延長線上にあることを、穏やかに、しかし力強く説明していく。
そして、彼女は悠介を村人たちに紹介した。
「…こちらが、北洋開発のタナカ・ユウスケさんです。彼は、地球で最も寒い場所で、食料を自給する奇跡を成し遂げました。そして今、その技術と経験を、この村のために役立てたいと、遠い日本から来てくれたのです」
悠介は立ち上がり、プリヤの通訳を介して語り始めた。彼は、技術的な話から入らなかった。
「先日、みなさんの井戸で、女性たちが何時間もかけて水を汲む姿を見ました。毎日、あれだけの重労働をされていることに、心を動かされました」
彼は、まず共感と敬意を示した。そして、タブレットを取り出し、クーバー・ペディで撮影した一枚の写真を映し出す。銀色のコイルから、水が力強く流れ落ちている写真だ。
「これは、私がオーストラリアの砂漠で、空気中から作り出した水です。この技術を使えば、皆さんが水汲みに使う時間を、ゼロにすることができます」
どよめきが起こる。長老の一人が、疑わしげに口を開いた。
「空気から水を作るだと?それは神の御業だ。人間のやることじゃない」
「おっしゃる通り、自然の力は偉大です」悠介は、相手を否定せずに続けた。「この技術は、神の御業を真似るものではありません。ただ、大地が持つ『冷たさ』と、太陽が持つ『熱』という、神様が与えて下さった自然の力を、少しだけ効率よく利用させてもらうだけです」
次に彼が示したのは、温室の設計図と、女性たちが笑顔で働く様子のイメージ画像だった。
ここで、最も厳格な顔つきをしていた長老が、鋭い声を発した。
「待て。我々の女たちを、そのガラスの家で働かせると言うのか?女の仕事は家を守ることだ。それに、女たちが仕事を始めたら、一体誰が水を汲みに行くのだ?」
来たか、と悠介は思った。プリヤと、何度も対策を練った質問だ。
プリヤが前に進み出て、長老に深く頭を下げた。
「長老のおっしゃる通りです。しかし、この計画が成功すれば、そもそも『水を汲みに行く』という重労働そのものが、この村からなくなります。女性たちには、新しい時間が生まれるのです。その時間を使い、自分たちの手で家族のためになる安全な野菜を作り、余った分を街で売って収入を得る。それは、家の仕事と両立できる、新しい『家の守り方』だと、私たちは考えます」
プリヤの、敬意を払いながらも凛とした声が、広場に響き渡った。
悠介は、彼女の横顔を見つめていた。彼女こそが、このプロジェクトと、この村の人々の心を繋ぐ、唯一の架け橋だった。
長い沈黙の後、村長がゆっくりと口を開いた。
「…よそ者の言うことを、そう易々と信じるわけにはいかん。だが、Jal Sevaとプリヤが、長年この村のために尽くしてくれたことも事実だ」
村長は、悠介の目をまっすぐに見た。
「よかろう。村の西にある、あの使われていない土地を使ってみるがいい。ただし、我々のやり方や信仰の邪魔はするな。お前たちの力が本物かどうか、この目で見させてもらう」
それは、完全な承諾ではなかった。しかし、拒絶でもない。
疑いと期待が入り混じった、試すような視線の中、悠介とプリヤは、この土地で戦うための、最初の、そして最も重要な許可を、確かに手にしたのだった。




