最終章:緑の丘
あれから、十年近い歳月が流れた。
インドから帰国した田中悠介は、その功績を認められ、北洋開発株式会社で新設された極限環境開発部門の責任者へと昇進した。彼は、スヴァールバルとデカン高原で得た経験を元に、世界中の困難な土地で新たなプロジェクトを指揮する、多忙な日々を送っていた。
そして、彼とエミリアの間には、新しい命が芽生えていた。ハナと名付けられた娘は、父親の冒険譚と、母親の故郷である氷の島の物語を聞きながら、すくすくと成長した。
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夏休み。悠介は、家族三人でインドを訪れていた。
ベンガルールの空港から車をチャーターし、かつて何度も通った道を進む。しかし、風景は悠介の記憶とは全く異なっていた。かつて赤茶けた不毛の大地が広がっていた場所は、アカシアやバオバブの若木が生い茂る、緑豊かな丘陵へと姿を変えていた。
「すごい…」助手席のエミリアが、息を呑んだ。「本当に、森が生まれているわ」
やがて、見覚えのある村へと続く分岐点が見えてきた。しかし、かつてのぬかるんだ道は、今は立派に舗装された道路に変わっている。その道の先にあるのは、悠介が記憶している小さな村ではなかった。何十ものEPSドームハウスが立ち並び、その中心には、太陽光パネルが輝く立派な学校の校舎まで見える。活気のある、小さな「街」だった。
車が街の中心に着くと、一人の女性が、満面の笑みで彼らを迎えてくれた。少し歳を重ね、指導者としての自信に満ち溢れた、プリヤだった。
「おかえりなさい、ユウスケ。エミリアさん、ハナちゃん、ようこそ」
プリヤは、今や数百人規模にまで成長したこの協同組合の、選挙で選ばれた代表だった。彼女の案内で、悠介たちは街を歩いた。拡張された温室では、トマトだけでなく、様々な種類の野菜や果物が育てられている。バイオマス発電所は安定して街の電力を供給し、養蜂と養鶏は、子供たちが管理する立派な産業になっていた。
最後に、プリヤは彼らを、かつて最初の苗木を植えた丘の上へと連れて行った。そこからは、緑の木々と、活気ある街の全てが見渡せた。
「あなたが植えた種は、こんなに大きな森になりました」
プリヤが、誇らしげに言った。
丘の上では、杖をついた村長が、穏やかな顔で悠介たちを待っていた。彼は、悠介の娘、ハナの頭を、深い皺の刻まれた手で優しく撫でた。
ハナは、眼下に広がる緑豊かな街を見下ろして、父親に尋ねた。
「お父さんがこの町を作ったの?」
悠介は、隣に立つエミリアと顔を見合わせ、微笑んだ。そして、娘の小さな肩を抱き寄せ、ゆっくりと首を振った。
「ううん。この町は、ここに住んでいる人たちが、自分たちで作ったんだよ」
彼は、プリヤと、村長と、そして眼下で働く人々の顔を見渡した。
「お父さんは、ほんの少しだけ、その最初の種を蒔くのを手伝っただけさ」
乾いた風が、緑の匂いを運んで、丘の上を吹き抜けていった。




