第十章:信頼の滴
ドームハウスの基礎と壁のコーティング作業を終え、チームには一体感が生まれていた。しかし悠介は、すぐに温室の建設には取り掛からなかった。彼が次に取り出したのは、温室の資材ではなく、一本の雨樋と、200リットルほどの小さな青い貯水タンクだった。
プリヤは、彼の意図を訝しんだ。
「ユウスケ?それは何に使うの?私たちのタンクは、もっと大きいはずでは?」
「これは、デモンストレーションです」悠介は答えた。「そして、村への最初の贈り物です。プリヤ、村長の家へ案内してください」
村長の家の前で、悠介は集まった村人たちに語りかけた。プリヤが、その言葉を丁寧に訳していく。
「これから、この村にたくさんの雨が降る季節が来ます。その天からの恵みを、一滴も無駄にしないための、小さな実験をお見せします」
悠介は、雇用した村の若者たちに手伝わせながら、村長の家の屋根に手際よく雨樋を取り付けた。そして、その先に「ファーストフラッシュ」と呼ばれる、彼が自作したシンプルな装置を取り付ける。
「雨の降り始めは、屋根の上の埃や鳥の糞が混じっていて、一番汚れています。この装置は、その最初の汚れた水だけを自動的に捨てて、きれいな水だけをタンクに溜めるためのものです」
村人たちは、その単純だが賢い仕組みに、感心の声を上げた。
全ての設置が終わると、まるで祝福するかのように、乾季の終わりを告げる最初の雨が、パラパラと降り始めた。
全員が、固唾をのんで雨樋の先を見守る。
最初に流れてきた濁った水が、ファーストフラッシュの装置から地面に捨てられる。やがて、雨足が強まると、装置が切り替わり、透き通った雨水が、青いタンクの中へと注がれ始めた。
数十分後、雨が上がった時、タンクは半分ほど満たされていた。村長がおそるおそる蛇口をひねると、きれいな水が勢いよく流れ出した。その水を手に受けた村長の驚きの顔を、悠介は忘れることができなかった。
彼は、洗面器一杯の水のために、女性たちが毎日何時間もかけていたことを知っていたからだ。
「…これが、あんたのやろうとしていることの、ほんの始まり、というわけか」
村長が、深い声で言った。
「はい」悠介は、力強く頷いた。「これを、この村の全ての家に。そして、温室には、この100倍の大きさのタンクを設置します」
その日、村人たちの悠介を見る目が、明らかに変わった。彼は、遠い未来の夢を語る男ではない。目の前の現実を、確かな技術で、今すぐより良いものに変えてくれる男なのだと。




