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●プロローグ
ローマの黄昏時。サン・ルイジ・デイ・フランチェージ教会の古い石壁に、西日が淡い光を投げかけていた。1713年1月、私、アルカンジェロ・コレッリは、自らの最期が近いことを悟っていた。オットボーニ枢機卿の邸宅の一室で、窓辺に腰を下ろし、遠くに見える教会の尖塔を眺めながら、長い人生を振り返っている。
「音楽とは何だったのだろう……」
私は老いた手で、愛用のヴァイオリンの弦を優しく撫でた。60年の人生で、この楽器は私の分身となり、喜びも悲しみも、すべてを共に歩んできた。今、私の心に浮かぶのは、はるか昔、フジニャーノの小さな家で初めてヴァイオリンに触れた日のことだ。
そして38年後のライプツィヒ。トーマス教会のカントルとして、日々を送る私、ヨハン・セバスティアン・バッハもまた、静かに自問していた。
「神の栄光を讃えるため、人の心を動かすため、いったい私は何を作り出してきたのだろう……」
私たちは出会うことはなかった。しかし、音楽という永遠の言葉を通じて、魂は確かに響き合っていた。これは、二人の作曲家の内なる声の記録。時代を超えて交差する、魂の対位法の物語である。




