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学校祭

 

 それから数日が過ぎた。白松さんとのあの夜の出会い以来、何か二人の間に変化があるような、ないような……。


 クラスの活動でも、以前より少し話しやすくなった気がする。彼女は髪を切っていなかった。あの話は何だったのだろう。



「桜井くん、この本の分類をお願いできる?」



 彼女から声をかけられると、心臓が少し早く鼓動する。



「ああ、いいよ。どれ?」



「これ」



 彼女が渡してくれた本は、詩の解説書だった。



「詩に興味あるの?」



「うん。少しね」



 彼女の目が輝いてきたのを見て、俺は本の話をもっと聞きたくなった。でも、その瞬間に委員長が声をかけてきて、会話は中断してしまった。


 そんな中、学校祭の時期がやってきた。秋が深まり、キャンパスは色とりどりの装飾で彩られていく。どのクラスも出し物の準備に忙しそうだ。



「桜井、何の種目出る?」



 鈴木がそう聞いてきたが、俺は全く聞いていなかった。廊下からの景色に気を取られていた。校庭では体育の授業が行われていて、白松さんが走っている姿が見えたからだ。



「あぁ、鈴木が走るのを応援しようと思ってた」



「部活もやってない俺が走れるわけないだろ。ただ俺も応援ならできる」



 彼は肩をすくめて笑った。確かに俺たちは部活に入っていない。バイトが忙しくて、部活どころではなかったからだ。


 結局、俺たちは「応援」という安全な選択肢に落ち着いた。ただ応援するだけなら、特別な技術も必要ないし、負担も少ないはずだ。



 ……と思っていたら、応援団に入らないといけないなんて話を聞かされる。



「冗談だろ?」



 鈴木が驚いた声を上げる。担任から説明されたのは、毎年恒例の「色別対抗戦」という学校祭の目玉イベントだった。


 応援団は、ダンスや歌で応援を盛り上げるためのグループらしい。色分けされた5つの組で競い合うんだとか。そして俺たちのクラスは白組に割り当てられていた。



「俺、ダンスとか無理だって」



「俺も無理。声援送るだけかと思ってたわ」



 鈴木はそう言いながら、いつの間にか逃げるようにバイトへ行ってしまった。いつもなら一緒に行くところだが、今日は俺のシフトがない日だ。一人残された俺は、白組の集会に参加することになった。



「マイムマイムの練習を明日から始めます!」



 先輩がそう宣言すると、周りからは歓声と共にため息も聞こえてきた。



「マイムマイムってなんですか?」



 鈴木がいなくなった後で応援団の先輩に聞くと、フォークダンスのことだという。日本語だと「泉の踊り」と呼ばれるイスラエル民謡のダンスだと先輩は説明してくれた。



「男女ペアで踊るんだよ。最初は円になって踊って、それから男女でペアを組んで…」



 その瞬間、俺の頭に一つの可能性が閃いた。


 男女ペアで踊る——つまり、白松さんと踊れる可能性がある。



「やってやるぜ!」



 思わず声に出して言ってしまい、周りの視線を集めてしまった。でも気にしない。今は白松さんと手を繋ぐ可能性に、胸が高鳴っていた。



「おー、桜井、やる気だね!」



 先輩が肩を叩いてくれる。



「はい!頑張ります!」



 やる気が湧いた俺は、10日間の練習に本気で取り組んだ。最初は鈴木と共に練習をサボろうかと考えていたけれど、今は違う。どんなに忙しくても、この練習だけは絶対に参加する。


 初日の練習では、男女別々に基本的なステップを教わった。俺はリズム感がそれほど良くないので、最初は苦戦したけれど、必死で覚えようとした。



「桜井、そっちじゃなくて右だよ!」



 先輩に注意されながらも、何度も繰り返し練習した。何度も足を踏み外したけれど、諦めない。


 三日目の練習で初めて男女合同の練習があった。体育館に集まった白組のメンバーたちの中に、白松さんの姿を見つけた瞬間、心臓が大きく跳ねた。彼女も応援団に入っていたなんて。



「では、円になって並んでください。男女交互に!」



 先輩の指示に従って円陣を組む。俺は必死に白松さんの近くに位置取りしようとしたけれど、すでに彼女の両隣は埋まっていた。少し離れた位置からしか彼女を見ることができない。



「今日は円になって手を繋いで踊る練習をします。音楽に合わせて、みんなで足踏みしながら円を回していきましょう」



 いよいよ手を繋ぐ…と思ったら、俺の両隣はクラスの違う知らない女子生徒たちだった。少しがっかりしたけれど、彼女たちも真剣に練習に取り組んでいたので、俺も集中して踊ることにした。


 練習を重ねるにつれて、ステップも覚え、リズムも取れるようになってきた。そして、学校祭の三日前。ついに本番さながらの通し練習が行われることになった。



「今日は本番と同じように、男女ペアを組みます。最初は円で踊って、合図があったら近くにいる異性とペアを組んでください」



 先輩の説明に、俺は緊張と期待で胸がいっぱいになった。今日こそは白松さんと踊れるかもしれない。



「桜井!」



 鈴木が練習前に声をかけてきた。彼も最近は真面目に練習に参加していた。



「練習頑張ってるじゃん。白松と踊りたいからか?」



「まあな。でも本番で一緒になれるかどうかは運次第だよ」



「頑張れよ。俺も狙ってる子がいるからさ」



 彼は先輩ではなく、別のクラスの女子を見ていた。鈴木らしい。


 そして、通し練習が始まった。最初は円になって全員で踊る。俺は白松さんの動きを目で追いながら、自分のステップに集中した。



「では、ペアになってください!」



 合図と共に、皆が一斉に動き出す。俺は急いで白松さんの方へ向かったけれど、既に別の男子と組んでいた。仕方なく近くにいた別の女子とペアを組んで踊った。



「次の練習でこそ……」と思っていたが、練習で白松さんとペアになる事はできず……



 ――学校祭当日。


 朝から競技が始まり、白組は初戦こそ勝ったものの、午後の競技では負けが続いた。応援団の出番が重要だった。



「よーし、みんな!最後の応援で逆転だ!」



 白組の団長の掛け声に、全員が拳を上げる。俺も鈴木も、この日のために練習してきたことを思い出しながら、本気で応援する気持ちでいっぱいだった。


 日が暮れ、いよいよ男女混合ダンスの時間がやってきた。グラウンドの中央に設置された特設ステージ。照明が灯され、五色の応援団が円を描いて並ぶ。


 俺たち白組は先頭に立ち、音楽が始まると同時に手を繋いで踊り始めた。周りからの歓声、音楽のリズム、仲間たちの息遣い——全てが一体となって、不思議な高揚感に包まれる。


 そして、ペアになる合図。


 心臓が早鐘を打つ中、俺は白松さんの姿を探した。そして奇跡的に、彼女が目の前にいた。俺の目の前には白松さんがいて、自然と手を繋ぐ形になる。



「よろしくね」



 彼女が微笑む。頬が少し赤く染まっているように見えた。それは照明の効果だろうか、それとも彼女も緊張しているのだろうか。



「よろしく……」



 その瞬間、俺の頭の中には彼女しかいなかった。周りの音も声も、全て遠くに消えていくような感覚。


 手を繋いで踊る短い時間。彼女の手は少し冷たかったけれど、確かな温もりを感じた。彼女と一緒に回る、ステップを踏む、目を合わせる——これがずっと続けばいいのに——そう思わずにはいられないくらい、幸せな時間だった。


 ペアダンスの時間はあっという間に過ぎ、次の展開へと移る。順番が過ぎて別の相手と踊る時間がやってくると、途端に心がざわついた。他の奴に彼女を取られる気がして、落ち着かない。彼女は別の男子と組み、笑顔で踊っている。


 でも少なくとも、今日は俺の手を離さなかった彼女がいた。あの瞬間だけは、彼女は確かに俺のパートナーだった。


 この日の記憶だけは——この手の温もりだけは、忘れない。


 フィナーレが終わり、結果発表では白組は三位だった。優勝には届かなかったけれど、みんなで力を合わせて作り上げたものには、確かな価値があった。



「お疲れ!」



 鈴木が近づいてきて肩を叩いた。



「ああ、お疲れ。どうだった?」



「最高だったよ。あの子と踊れたし」



 彼は満足げに笑った。そして、少し声を落として、



「で、白松とは?」



「うん、踊れた」



 それ以上の言葉は必要なかった。この充実感は、言葉では表せないものだから。


 解散後、片付けを手伝っていると、白松さんとまた顔を合わせた。



「お疲れ様」



「お疲れ様。楽しかった?」



 彼女は少し考えるように俯いてから、小さく頷いた。



「うん、楽しかった。桜井くん、上手だったね」



「いや、全然。必死だっただけ」



 二人で笑い合う。この自然な会話が、少し前までは想像もできなかったことだ。



「そういえば、髪、切らなかったんだね」



 思い出したように言うと、彼女は少し驚いた表情をした。



「ああ、あのこと。やっぱりやめたの」



「そっか。でも、今のままでも似合ってるよ」



「……ありがとう」



 彼女は照れたように髪を耳にかけた。その仕草にまた胸が高鳴る。



「じゃあ、また明日」



 彼女はそう言って去っていった。俺はその背中を見送りながら、この感情が確かに「好き」という名前であることを、改めて実感した。


 バイトで貯めたお金で、クリスマスに何かプレゼントを贈れたら。そう思いながら、俺も家へと帰った。


 学校祭の興奮と疲れが残る夜。


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